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鋼の光   作者: イカ大王
第三章 第二基地降下作戦
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Episode15 反撃風塵

 

 足元から突き上げる衝撃と共に、戦術輸送艇は着陸した。

 砂埃が舞い、タイヤが酸化した砂を踏みしめる。

 パルス・エンジンの動力が切られ、唸りを上げて震えていた船体が落ち着きを取り戻した。


三等星尉(少尉)。到着しました」


 黒光りするバイザーに顔を覆われ、対Gスーツに身を包んだパイロットが、首を後ろにひねった。

 2人いる操縦士のうち『副』の方だ。機長はホログラムモニターに視線を落としたまま、コックピット上面の計器をカチカチといじっている。


「あー。ああ。わかってるよ」


「三等星尉」と言われたオットー・ラングスドルフは歯切れ悪くそう言った。

 コックピット後方にある同乗者席に腰を下ろす彼は、腕を組み、目を閉じ、身じろぎもしない。

 深く、なにかを考えているようだ。


「あのー。後続艇が指示を求めてますが…」


 副操縦士は右手に受話器を持ち、それを振る。

 おそらく、後続艇───戦術輸送艇ニ番、三番、四番艇のパイロットと繋がっているのだろう。

 指揮官であるラングスドルフがなにも言わないため、業を煮やして催促してきたようだ。


「………」

「もしもーし」


 彼は沈黙。沈黙。沈黙。困る副操縦士。


 ラングスドルフの心中には様々な懸念材料がある。

 一足早く掘削基地奪還に動いていた大隊本隊の全滅判定。

 火危生が使用したとされる『ビーム熱線』。

 自らが率いるD中隊の損害──特に、最年少で未来ある少女であったリ・スンシルの戦死。

 消耗し、万全ではない部隊。

 このような状態で第2掘削基地の火危生包囲網を崩せるかのか、という懸念。etc…。


 もしも懸念材料がこれらのうち一つや二つならば、ラングスドルフは威風堂々といった風の態度でいられたかもしれない。

 だが、小さい嫌なことが重なって鬱になってしまう人のように、ラングスドルフの心には不安が降り積もっていいた。


「チッ…」


 そんなラングスドルフの心情を知ってか知らずか、黙ってエンジン油圧をチェックしていた機長が露骨に舌打ちをし、それを聞いたラングスドルフはゆっくりと目を開く。

 小さく溜め息をつき、自らの宇宙気密服の手首の小型デバイスをタップし、通信チャンネルを立ち上げた。


「こちら一号艇のオットーだ。戦術輸送艇に乗船中の各部隊に告ぐ。各隊はただちに下船し、準戦闘態勢を維持しつつ展開。作戦始動に備えよ」

「了解」


 返答の直後、喧騒が増す。

 戦術輸送艇の左右と底面に備え付けられたハッチが回転灯の光と共に開口し、荷下ろしを始めているのだ。ラングスドルフの脳裏に、輸送艇を後にする多脚戦車や装甲ローバー、マーズジャッカルの姿が浮かぶ。


 全長120mにも及ぶ惑星降下舟艇 “スター・トランスポーター”を装甲化、武装化した戦術輸送艇は、一隻につき約500tの搬送能力を持ち、四隻もあればサーベイヤー大隊D中隊と多脚砲兵大隊A中隊の二個中隊を輸送するのは容易い。

 四隻の輸送艇が着陸した場所は、目標たる第2掘削基地の北北西30km地点。

 出発点であるフェアファックス居留地からの距離はおよそ100km。

 この場所まで、四隻は二個中隊の戦力を輸送したのだ。


 ラングスドルフは2人のパイロットを一瞥し、コックピット脇のハッチから地上に降りた。

 地上まではそれなりの高さがあったが、ラングスドルフは難なく飛び降り、着地する。

 火星の低重力と、鍛えた脚力が物を言ったようだ。


 四隻と護衛のガンシップ群が降り立った場所は広々とした盆地である。

 四方はながらかな登り斜面となっており、第2掘削基地を包囲している火危生の大群からは、うまい具合に視界外となる。

 司令部がこの場所を合流地点に選んだ理由としては、火危生に探知されないようにするためなのが大きかった。


「……」


 その正面の斜面に、D中隊とは違う人類の部隊がいる。

 D中隊と同じくマーズジャッカルと多脚戦車の混成地上部隊のようだが、数は少ない。

 傍目から見ても、かなり消耗しているのがわかる。


 ラングスドルフはそれを見て再び、再び溜め息をついた。


(居留地に帰ってショパンが聴きたい…)


 斜面の部隊は一足先に進撃していたマーズサーベイヤー大隊A、B、C中隊の残存部隊であった。

 ラングスドルフ率いるD中隊が居留地近郊に出現した超大型火危生を邀撃している最中、一足早く第2掘削基地を攻撃していたが、失敗。全滅判定の損害を受け、北北西30km地点まで後退していたのだ。


 残存部隊から1人の大柄な男が歩み寄ってくる。

 ラングスドルフも歩みを進め、2人はそれぞれ50mほど歩いたところで止まった。


「ご無事でなによりです。大隊長殿」


 ラングスドルフは大柄な男に敬礼する。

 大柄な男は、金髪のオールバックと黒い眼帯が特徴のサーベイヤー大隊長──アーネスト・アーチャー一等星佐(大佐)だった。

 鷹のように鋭い眼光は健在だが、戦闘で怪我をしたのか左腕を吊っており、表情もやや疲れたように見える。

 だが彼は敬礼を返し、淀みなく言った。


「今よりD中隊の居留地防衛の任を解く。原隊に復帰し、サーベイヤー大隊の増派戦力として、多脚砲兵第15大隊A中隊と共に第2基地奪還作戦に参加せよ」


 ラングスドルフの気遣いに対して何も言わず、アーチャーは事務的な口調で要点のみを言った。

 ラングスドルフはその無愛想ぶりに肩をすくめたが、今はそんなことは言ってられる状況ではないと納得する。


「指揮官が集まっている。来い」


 無言を肯定だと受け取ったのか、アーチャーは無機質に言い、踵を返す。

 ラングスドルフはアーチャーの熊のような背中を追い、残存部隊の指揮所の役割をしている簡易コンテナに歩いていった。





 2





 外では本隊の負傷者の輸送艇への収容や、残存部隊の各種兵器の補修が行われ、騒々しくなっていることだろう。

 だが、簡易指揮所は防音設備が徹底しており、そのようなことを感じさせないほどの静けさがある。


 ラングスドルフは与圧された室内に入ってバイザーヘルメットを収納し、赤みがかった髪の毛をかきあげた。

 だが、その動作の前に不快な臭いが鼻をつく。

 消毒の匂い。薬品の匂い。血や内臓の匂い…。

 一時間ほど前までここは野戦病院であったようだ。部屋の片隅には使用済みの担架や医療キットが山積みにされ、壁や床には血痕が目立つ。


 アーチャーは一切気にならないようであり、ラングスドルフも不快であるが、嗅ぎ慣れた匂いだ。

 唯一、ラングスドルフと共に室内に入った多脚砲兵中隊(D中隊に合流した多脚砲兵第15大隊A中隊)の隊長が嗅ぎ慣れないようで、顔をしかめる。


 ラングスドルフは簡易指揮所内を観察した。

 さほど広くない室内の中央に円卓があり、それを10近いパイプ椅子が囲んでいる。

 その円卓の中央からはホログラムが投影され、卓上の空間にモニターを映し出していた。


 そのモニターに映るのは、口内から赤白いビームを放つ火危生大型翼竜型の姿だ。

 ビームを発射した瞬間映像が乱れ、画面を光が包み込む。


「これは、先の戦闘でB中隊のマーズジャッカルが撮影した映像だ」


 2人の着席を確認するや否や、アーチャー自身は説明した。

 指揮所内には、アーチャーとラングスドルフ、砲兵中隊の隊長の他に、知った顔───C中隊の中隊長と、知らない顔の准士官が2人いる。

 3人のうちC中隊長は顔の半分以上を血の滲んだ包帯で覆っており、准士官2人もどこかしら重傷を負っていた。

 本来ならA、B中隊長が出席するべき場であるのだが、先の戦闘で戦死してしまったのだろう。

 知らない顔の准士官2人は、その代理として列席しているようだ。

 それら3人ともアーチャーと同じく、酷く疲弊した様子だった。


「簡易な分析だが、技術士からの報告では『荷電粒子加速器』ではないか…との意見が出ている。電荷した陽子を亜光速で解放する厄介な代物だ」


 アーチャーの言葉を聞いて、ラングスドルフは息を呑む。

 粒子砲の類は人類でも開発が進められているが、小型軽量化の不成功やコストの面で実用化が進んでいない。

 衛星戦艦に中性子砲を搭載した例はあるが、それはまさに例外で、単一的なものだ。

 なんら科学的な知識を持たないとされる火危生が、人類に先んじ、粒子砲を使用した。この事実は、ラングスドルフを震わせるのに十分だった。


「幸いにも、第2基地を包囲している火危生全てが荷電粒子砲を搭載しているわけじゃない。各隊の戦闘記録をコンピューターに分析してもらったが、20体に1体という結果が出た」


 ラングスドルフの思いを察したのか、C中隊長が苦しげな声で言った。傷が痛むらしい。

 そんな彼の言う通りならば、それでも、全火危生が事前情報通り400体として粒子砲個体が20体は存在する計算になる。

 20という数字が多いのか少ないのか判別としないが、ラングスドルフには多いと思えた。


「えーー。便宜上『熱線砲』と呼称しますが、その威力や射程は判明しているのですか?」


 砲兵中隊の隊長がたまらず質問した。「低威力低射程と言ってくれ」と言いたげな顔だった。


「大気圏で陽電子を使用した反粒子ビームを放った場合、粒子の対消滅が激しく、射程距離や打撃力の面で使い物にならない、というのが我々の科学だ。だが、火危生が搭載している熱線砲はその常識に囚われていない」

「と、言いますと?」


 砲兵中隊長は前のめりになって次の言葉を待つ。


「射程は水平方向に推定20km。打撃力は亜光速の初速か相まってアーレスメタルの装甲を容易に貫く。発射間隔は約3分とされているが、あてになるまい」


 中隊長はがっくりと肩を落とした。

 火危生は強靭な肉体や俊敏性、飛行能力などを有してはいたが、飛び道具は持っていなかった。

 レールガンやコイル銃器、ロケット砲などの発射兵器は人類の専売特許であり、それらを駆使してきたからこそ火危生と渡り合うことができたといえる。

 だが火危生は同じ土俵に上がってきた。

 人類にとって技術的に難がある高出力、かつ小型の粒子砲を多数繰り出してきたのに加え、距離が離れいても目標を叩くことができるようになったのである。

 これからの戦闘は、以前と比べ、より一層過酷なものとなるだろう。


「先の戦闘では、この熱線砲搭載個体にも苦しめられたが、火危生群の戦略的な動きによるものが大きい」


 アーチャーが言葉を続け、ホログラムモニターの内容が第2基地周辺の地形図へと変化する。


「我々の任務は、第2掘削基地を包囲している火危生群の観測データを衛星戦艦に送信することだが、地上から基地を一望できる高さを持つ高地は205高地しかない。我々は当然、観測データを収集するために、この高地を目指して進撃することになった」


 それを聞いてラングスドルフは思案した。

 205高地は防備が薄いとされる北面包囲付近に存在し、作戦始動当初からサーベイヤー大隊の主目標となっている小山である。

 その名の通り205mの標高を持ち、頂上から基地を一望することができる。

 飛行能力を持った火危生が基地上空の制空権を握っているため、回転翼機による空からの観測はできない。熱線砲も確認されたため、空から近づくのは非常に危険だろう。

 部隊は地上を進み、火危生に対処しながら205高地を目指さなければならない。


「我々が進撃を開始した時、北面包囲──特に205高地の周辺に火危生はほとんどいなかった。我々はそれを見て攻撃を開始したのだが…。奴ら、我々が高地の麓に到達した瞬間に、まるで潮のように押し寄せてきやがった」


 アーチャーの顔が歪む。


「そしてこのザマだ。凄まじい数の火危生による肉弾攻撃と、後方からの荷電粒子砲。結果、大隊の三個中隊は全滅判定。兵員は3割しか残っていない」


 その戦いに参加していたC中隊長も代理指揮官も、視線を落とす。

 若干の沈黙。


「我々D中隊は軟体触手型との交戦で被害を受けましたが、多脚砲兵中隊の増援を受け、定数以上の戦力に回復しています」


 ラングスドルフは励ますようにそう言って、手首の小型デバイスから、データをホログラムモニターに送信した。

 モニター上に、現在のD中隊の戦力が事細かく記される。


「多脚戦車38輌。マーズジャッカル10機。装甲ローバー8台。人員153名。戦術輸送艇4隻。ガンシップ多数…です。大隊残存兵力はどれほどですか?」


 それに対してアーチャーは何も言わず、C中隊長が代わりに答えた。


「多脚戦車19輌。マーズジャッカル12機。人員108名だ。多脚戦車とマーズジャッカルは、小破した機体も含まれている」


 それを聞いて砲兵中隊長は言葉を失う。

 サーベイヤー大隊A、B、C中隊の戦力は、合計で多脚戦車60輌、マーズジャッカル25機を有していた。

 それが今は、戦力の半分以下に減っている。

 それほど、先の戦闘で火危生の攻撃が熾烈だったのだろう。


「それだけの戦力があれば十分です」


 ラングスドルフは静かに、だが、力強く言った。

 アーチャーが顔を上げ、C中隊長が怪訝な顔をする。


「今の三倍の戦力を有していて、奴らの外郭すら突破できなかったんだぞ。どうするんだ」


 ラングスドルフは咳払いを一つ。


「単純な作戦ではありますが、お聞きください」


 彼は自らが温めていた作戦案を話し始めた。

 その無謀さ、危険度、賭けの要素に、C中隊長や代理指揮官たちの顔がみるみる驚愕のそれに変化していった。


「無茶すぎる。それが失敗したらそれこそ本当に大隊は壊滅だ」


 C中隊長は声を荒げ、握り拳で卓を叩く。


「しかし、これほどのリスクを負わなければ、第2基地奪還など実現しない」


 ラングスドルフも一歩も引かずに言い張る。

 二人は、腕を組んで目をつぶり、黙ってラングスドルフの作戦案を聞いていたアーチャーに顔を向けた。

「決断を」と言いたげだった。


「やろう」


 その一言で、大隊の方針は決まった。



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