Episode12 触手猛攻
やはり小説を書くのは難しい
こんな私ですが、完結までどうぞお付き合いしていただければ幸いです。
◇
輸送中、輸送対象の人間──多脚戦車の戦車兵や“マーズ・ジャッカル”のパイロットなどは、することがない。
ある程度の階級の職員ならば作戦概要の確認や部下の把握等に時間を費やすが、美沙希のような新米飛行士は特にすることもなく、緊張と不安で、これからの作戦に対する心配のみが募ってゆく。
「ハルキさんと…なんかあった?」
“マーズ・ジャッカル”の空輸が始まってから数分後、沈黙を突き破るようにしてスンシルが言った。
正面のホログラムモニターの右端には、心配そうな表情のスンシルが写っている。
それに対し、美沙希は言葉に詰まった。
飲食店で春樹と口論になった時、孤児院の仲間は全員その場にいた。
さっきのミーティングの時に美沙希が春樹の言動に反応したのも、スンシルは見抜いていたのかもしれない。
「あ…ああー」
美沙希は話して良いか迷う。
大切な作戦の前に、部隊の仲間と仲違いしたことを伝えて、この後に影響が及ばないか心配に思ったのだ。
「あー…ね。ちょっとね…。大したことじゃないんだけど」
言葉を濁す。
ティルトローターの空気を震わせる振動がコックピットにまで伝わってくる。それが心臓の鼓動と重なってゆく。
回転翼機の高度はどんどん上がり、地表のヘリボーン地点がみるみる小さくなる。
それらを横目で見つめながら、美沙希は友人に隠し事は良くない、という考えに至り、意を決して言った。
「春樹さんとケンカしちゃった」
「……原因は?」
控えめな性格なスンシルだが、食いつきを見せる。
仲間のこととなると、引っ込み思案な性格を跳ね返し、彼女は積極的になる。
月面学校での過酷な訓練のさなか、美沙希はそれに何度も救われていた。
その性格は、孤児院時代から変わっていない。火星に降り立っても相変わらずだ。
「私が…アニメの主人公に憧れて宇宙飛行士を目指した、て言ったら急に態度が固くなって。夢を持つことは悪いことじゃないと思うんだけど…春樹さんはどうも嫌みたい」
「…それは春樹さんが変だよ」
スンシルは瞬時に言った。
「目指そうと思ったきっかけじゃなく…結果を見て欲しいね。ミサは学年首席で卒業したんだから、それで十分だよ。これで最下位とかだったら言われても仕方ないけど…」
「そう…だよ。そうだよ!」
美沙希は『夢』を持って飛行士を目指したことは間違いではないと思っていたが、春樹に言われ、「やはり間違えなのか?」という思いを捨てきれずにいた。
しかし、年少期からの付き合いで信頼できる友人がきっぱりと断言してくれた。
それだけでも、肩の荷がおりた気がする。
「“セッター4”より“セッター1”。なにくだらない事で悩んでんだよ〜」
その時“セッター4”こと、四番機のエヴァが会話に割り込む。
別のヘリコプターに吊るされているが、美沙希とスンシルの通信を拾っていたようだ。
「えぇ!」
「周波数確認しろよ。ダダ漏れだぜ」
主モニターの右端に、悪童のようにニヤリと笑っているエヴァの顔が写る。
まさか…春樹さんに聞かれた…と美沙希は一瞬焦ったが、幸い、分隊周波数だった。“マーズ・ジャッカル”四機──スンシル、エヴァ、イネスにしか聞こえていない。
美沙希は小さく息を吐き、安堵する。
「飲食店でのケンカは、そんな原因があったのね」
イネスの得心したような顔が、モニターに加わる。
そして言葉を続ける。
「夢を持ったきっかけなんて自由じゃない。それに引っかかるとか、理解できないわ」
「ったりめーだろ。夢を持つ原因なんて、本人にも選べねぇのによぉ」
「大丈夫だよ。ミサ」
モニターに映るスンシルの顔が笑顔になる。
普段からあまり笑わない彼女であるため、少し緩んだその顔は、美沙希には満遍の笑みに見えた。
「誰がなんと言おうが、あなたは間違えてない。“マーズ・ジャッカル”の操縦桿を握っている今も、今に至る道筋も、今に至るきっかけになったことも全て…ね。人間は自由なんだから」
「スンシル…」
美沙希は少し潤んだ目でモニターを見つめる。
スンシルも他のみんなも、私を心配してくれていた…このことを一から十まで理解し、胸がいっぱいになる。
その刹那。
「───が」
んばるよ。みんな…と美沙希は言おうとした。
しかし。それは突然の衝撃に遮られる。
下から突き上げる大きな打撃。
爆ぜる火焔。バラバラになる友人の機体。
モニターに映るスンシルの姿が掻き消える。
少し緩んだ表情をしていた少女の姿はプツリと消え失せ、画面を砂嵐が覆う。
「───え?」
背面から襲いかかる爆圧。
轟く、何かが破壊される音。天地がひっくり返ったと思わせるほどの激震が機体をわななかせ、美沙希は正面モニターに頭をぶつける。
機体が軋み、危険を知らせるアラームがけたたましく鳴り響く。何かが唸る。
遠ざかる意識。迫る大地。
◇
「“ホーク7”が喰われた!」
地上から凄まじい勢いで伸びた触手が回転翼機を貫いた時、ラングスドルフはすでに状況を把握していた。
「ミサ!スンシル!!」
小隊通信内をイネスの悲鳴染みた声が響く。
多脚戦車の右側を示すホログラムモニターには、黒煙と巨大な火焔を引きずりながら、地上に落下するヘリコプターが写っている。
その底部には、“マーズ・ジャッカル”が吊るされているはずだが、黒煙で見えない。
凄まじい勢いて伸びてきた触手に直撃し、ばらばらに砕け散った可能性も考えられる。
「軟体触手型だ。デカイぞ!」
左前の砲手席に座る春樹が叫ぶ。
地上からは、次々とセコイヤの巨木ほどのサイズを持つ巨大な触手が伸びており、回転翼機や戦術輸送艇を鷲掴みにしようとしている。
「体長50…いや80はあるな。よりにもよってこんな居留地の近くに」
ラングスドルフは忌々しげに呟く。
触手のサイズから、大型種の軟体触手型火危生だと考えられる。
地中を移動し、フェアファックス居留地の近郊にまで近づいたところで特編第2連隊の空輸部隊に遭遇。攻撃を開始したのだろう。
「全機。上昇しつつ針路東北東に変針。繰り返す。上昇しつつ北東に変針」
アーネスト大隊長の冷静な指令が通信機から飛び出す。
地上から伸びる触手は数を増やしている。すでに何機かの回転翼機が捕まり、撃墜されている。
このまま進むのは危険だ。
ラングスドルフ、ハリス、ハルキを乗せた多脚戦車を輸送する回転翼機は、重量物をぶら下げているからだろう。動きは鈍い。
それでも、両翼の先端に搭載された二基のティルトローターが唸り声を上げ、合計30トンの機体を上へ上へと引っ張る。
多脚戦車、“マーズ・ジャッカル”を吊るしているのを問わず、他の回転翼機も上空へ退避する。
3隻いる戦術輸送艇も、鈍重ながらも、パルス・エンジンを振り絞り、上昇する。
それを、まるで一つ一つが独立した意思を持っているかのような触手が追う。
「触手くるぞ!」
ラングスドルフの多脚戦車を輸送する回転翼機にも、やはり触手は伸びる。それを見抜いたハリスが声を荒げた。
下部を写すモニターを見やると、確かに、一本の触手が凄まじいスピードで迫ってきている。
ラングスドルフや春樹にできることはない。
地上ならまだしも、自分たちの多脚戦車は空輸されている最中だ。
回転翼機パイロットに委ねるしかない。
触手が接触する寸前、回転翼機は左翼を空、右翼を地上に向け、機体を右方向に滑らせた。
機体が急旋回し、多脚戦車内は凄まじい横Gに見舞われる。
右視界を担当するモニターが、地上一色になる。
上半身が左に持ってかれそうになる。
だが、ギリギリで回避に成功した。美沙希やスンシルが乗っていた回転翼機と同じ運命を辿らずに済んだのだ。
回転翼機の左側空間を極太の触手が貫く。
火星の赤い砂が付着した肌色の触手だ。この近距離から見ると、巨木の幹のようにも見える。
だが、それは幸運な例だった。
すぐ後ろを進んでいた回転翼機はもろに触手の打撃を受け、下から上へと串刺しにされてしまう。機体は空中分解し、輸送中だった多脚戦車が落下する。
他に何機もの回転翼機が、高度を稼ぐ前に、積荷もろとも撃ち落とされる。
船隊の最後尾を進んでいた戦術輸送艇3番艇にも触手は迫った。
全長120mの巨軀を持つためだろう。10本近い触手が殺到し、尾部のパルス・エンジンのノズルに手がかかる。
動きは鈍いが、辛うじて危機を脱する。
加速が間に合って触手を振り払うとともに、底部のレールガン砲塔が対象先端部を焼き払ったのだ。
それでも、編隊が高空に逃げ延びるまでに13機が撃墜され、それとほぼ同数かきりもみ状態になりながら地表を目指している。
地上からは狼煙のように撃墜機からの黒煙が上がっている。
「ミサ!スンシル!返事してよぉ!」
「通信内で喚くな!」
イネスの悲痛な声が絶えず響く。
ハリスが叱咤するが、それは収まらない。
「これだから新兵は…!」
「軟体触手型、本体露出!」
春樹のぼやきとほとんど同時に、誰がの声が通信インカムから飛び出す。
ラングスドルフはそれを聞いて、反射的に下部視界を担当するモニターを見やった。
美沙希とスンシルが乗っていた回転翼機の墜落付近──何不自然のない火星の地表が、大きく盛り上がったように見えた。
いや、現に大きく盛り上がる。
火星の赤い土が上に押し上げられ、その下から丸みを帯びた巨大な何かが持ち上がってくる。
古の時代に大海原を跋扈すると考えられ、船乗りたちを恐怖のどん底に陥れた海の怪物──クラーケンのような風貌だ。
無数の触手を蠢かせ、海坊主のように丸みを帯びた頭部はゆっくりともたげる。
「大隊長より707小隊長。A、B、C中隊は進撃を続行する。貴隊はD中隊を率いて降下、眼下の軟体触手型を足止めせよ」
「こちらラングスドルフ。了解」
ラングスドルフはアーネストの考えを悟った。
今回の作戦目標は第2掘削基地の奪還であるが、居留地の間近に出現したこの軟体触手型大型種を放っておくわけにもいかない。
フェアファックス居留地やセントラルブロックには未だに多数の部隊が駐屯しているが、今すぐ攻撃に移れるのは特編第2連隊のみである。
それを鑑みて、ラングスドルフが隊長を兼任するD中隊を足止めに割き、残りは進撃を続けようというのだ。
「“タイガー1”よりD中隊全機。我々は進撃を中止し、軟体触手型を相手取る。…部隊はただちに降下。火危生と居留地を結んだ線上に展開せよ」
命令した瞬間、部隊内からはどよめきが広がったが、素早く動いたのは回転翼機編隊だった。
A〜C中隊を輸送する機体と戦術輸送艇は針路を東北東に変更して突き進むが、戦闘用胴体を搭載したガンシップは軟体触手型を取り囲むように展開し、D中隊輸送隊は低空へ舞い降りて多脚戦車や“マーズ・ジャッカル”を切り離す。
ラングスドルフ車を輸送する機体も降下を開始した。
いままで稼いだ高度が瞬く間に下がり、みるみるうちに地表がせり上がってくる。
高度20mで車両と機体を接合していたアームが切り離され、多脚戦車は地上に着地した。
スタビライザーと関節の緩衝によって大半の落下エネルギーは地面に逃がされるが、それでもそれなりの衝撃が突き上げ、多脚戦車は鋭い振動に見舞われる。
着地した位置どりは完璧だ。
真正面の稜線の先には、軟体触手型本体と跋扈する触手群がおり、背後には数十分前に出撃したフェアファックス居留地の電磁ドームが見えている。
ラングスドルフ車は火危生と居留地の中間地点に展開し、フェアファックスの街を身を呈して守る姿勢なのだ。
ラングスドルフ車の左右にはその『姿勢』に加わるべく、707小隊の多脚戦車2両と、“マーズ・ジャッカル”イネス機、エヴァ機。D中隊に所属する戦車、ジャッカル等が続々と展開しくる。
「どーします?」
D中隊が所定配備を完了するころ、左前に座る春樹が首をひねって聞いてくる。
ラングスドルフにはすでに考えがある。
「衛星戦艦に軌道上物体射出砲の支援要請。火危生大型種種の位置座標データを送信せよ」
彼はモニターを見ながら手元の計器をいじり、命令を口元のマイクに吹き込んだ。
多脚戦車に搭載されている人工知能が素早く目標の座標を算出し、衛星戦艦に自動送信する。
返信はすぐに返ってきた。
「『サウス・フランクリン』射撃指揮所より地上部隊。火力支援要請を受諾。弾着予定点N12-35-17 E58-61-11で変更なし。発射まで3分、弾着まで11分。弾着衝撃に備えよ」
雑音混じりに、低い男性の声が届く。
車長席正面と右前、左前にあるホログラムモニターのうち、正面モニターに位置関係を示す図が投影される。
図上の衛星戦艦側面から赤いラインが出て、カーブを描きながら地表に達している。
画面右上には弾着までの時間を示すタイマーが浮かび上がる。
レーダーは軟体触手型の居留地接近を捉えている。
D中隊はそれを足止めしつつ、衛星戦艦からの軌道砲弾着弾まで時間を稼ぐ。
これが、今ラングスドルフ達がするべきことだった。
「“タイガー1”より多脚戦車全車、稜線上にまで前進ののち統制連続射撃。弾種、対触手型火焔榴弾。目標敵脚部。対象の足を破壊して進行を遅延…軌道砲弾着弾までの時間を稼ぐ。“マーズ・ジャッカル”は戦車の護衛。戦車に触手を近づけるな」
「了解!!」
ラングスドルフは一息で言い切り、それに対する部下達の返答が唱和する。
多脚戦車は4本の脚部を駆使して稜線に登り、“マーズ・ジャッカル”は75mmコイルブラスターや高速振動波ブレードを振りかざし、地中から伸びる触手に挑んでゆく。
イネス機、エヴァ機も他機に負けじと突き進む。
「なんとしても、軟体触手型を倒して美沙希とスンシルを救い出す」という強い意思を、ラングスドルフは感じていた。
そういう物語なんですよね。これ。




