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鋼の光   作者: イカ大王
第二章 フェアファックスの砲火
12/57

Episode11 衛星戦艦


いやはや。1日遅れで更新です。

なかなか納得のいく文章ができなかったので、申し訳ない。

時系列的には前話の続きですが、今回は「火星の戦艦」にスポットを当てています。


次話も前話からの続きになりそうですね。

 



『衛星戦艦』という艦種が生まれたのは、核戦争が発生する以前にまで遡る。

 当時は冷戦期以来となる各国の宇宙開発競争が過熱していた時代でもあり、各国はこぞって月や火星に探査機を送り込み、所有者の定義が確立されていなかった宇宙空間の覇権を巡って関係悪化の一途をたどっていた。

 この時代の激しい競争によって生み出された宇宙開拓基礎工学が、今日(こんにち)の月面移民計画や火星開拓を支えていると言えるのだが、そんな状況下で、やはりというべきか、人間は争わずにいられない性を持っている。

 争いの準備をすることも、また然りであった。


 各国がほとんど同時に同種の兵器を開発したため、どの国の誰が一番最初にそれを建造したのかは分からない。だが、人工衛星に砲熕兵器を搭載した『衛星軍艦』なる人類初の宇宙空間兵器が完成したのは、戦雲立ちこめるこの時期だった。


 半世紀以上にわたって戦略兵器の玉座を守ってきた大陸間弾道ミサイルが、各国が長年かけて築き上げてきた最新鋭防空システムと強力なジャミング兵器の出現によってその価値を失ったことが衛星軍艦誕生に深く関係すると、専門家は指摘する。

 だが、それは間違いだ。

 衛星軍艦──主に『衛星戦艦』を保有した国は自らの国力を誇示し、『宇宙開発の先頭をひた走るのは我が国である。他国の見上げる宇宙には、我々の衛星戦艦がいつでも浮かんでいるぞ』というメッセージを否応なく他国に突きつけることができる。

 それは競争国への牽制に活用でき、宇宙開発の大きなアドバンテージにもなり得る。

 衛星戦艦は、いわば国威掲揚と軍拡の象徴であった。


 世界初の『衛星戦艦』の竣工が間近に迫る頃には、他の国々も『衛星フリゲート』『戦闘衛星』と呼ばれる中小艦のみならず、大型艦種──衛星戦艦の建造をスタートさせた。

 各国は国力に物を言わせて建造にしのぎを削った。利益を狙って衛星戦艦事業を売り込む宇宙開発企業も現れるほどに、建造競争は激しいものになった。

 そんな企業の一つ───“マーズ・ジャッカル”や多脚戦車の産みの親としても知られているクラーク・アイザック社が設計・建造した衛星戦艦が、ジブラルタル級衛星戦艦であり、現在火星軌道上に浮かんでいる「サウス・フランクリン」はその5番艦である。


 だが、ひとえにジブラルタル級とは言えない部分もある。1から4番艦は核戦争前に建造されたが、「サウス・フランクリン」は戦争後に建造され、武装も設備も異なる。

 目的も戦闘ではなく、開拓支援だ。


 それでも、世界…いや宇宙で唯一の衛星戦艦となった「サウス・フランクリン」の戦闘能力は相当に高い。

「火星」という故郷から途方もなく離れた戦場で、職員達が高い士気を保って戦えるのは、衛星戦艦の持つ高い火力が火星全土を支援可能範囲に収めていることへの安心感が大きいだろう。

 衛星戦艦の主力艦砲たる軌道上物体射出砲。

 発射されたことはないが、核に代わる戦略兵器として追加建造された超高出力中性子収束投射砲。

 いずれも、地表職員からすれば力強い存在だ。


 今回の作戦においても、軌道上物体射出砲──巨大質量実体弾を発射し、重力に軌道を歪曲させながら目標へ到達させる艦砲は、第2掘削基地周辺の火危生を覆滅するのに利用される予定である。

 何らかの影響で観測衛星のレーザーが歪み、現在は正確な砲撃が不可能な状態だが、サーベイヤー大隊からの観測データを受ければ、すぐにでも射撃できる態勢を整えている。

 当然、それ以前に地表からの火力支援要請があれば、即座に重質量弾を発射し、火危生を粉砕することもできる。

 地表職員や居留地の非戦闘員から"マーズ・ロザリオ"と呼ばれて親しまれている衛星戦艦「サウス・フランクリン」は、手ぐすね引いて戦いの時を待っていた。


 ───空中に投影されているホログラム画面上の赤い光点が、北への移動を開始する。

 赤い光点は部隊の所在を示しており、それが移動を開始したということは、部隊が進撃を開始したということになる。

 それを腕を組んで見上げていたアイリスは、ピクリとまぶたを動かした。


「航空隊、第六ヘリボーン地点にて特編第2連隊を収容、進撃に移りました。脱落機なし」


 女性オペレーターの機械的な報告が聞こえる。

 衛星戦艦『サウス・フランクリン』の作戦司令室に12人いるオペレーターの1人だ。ヘッドセットをつけたオペレーターたちは、アイリスの座っている艦長席を囲むようにして座り、手元のホログラム画面とキーボードを凝視している。


 司令室は巨大なドーム状をしており、垂直に設置された中性子砲の脇に位置している。

 孤高の高さに艦長席があり、その左下に副艦長席がある。そのさらに下をオペレーターが囲む。

 ドームは360度のモニターとなっており、地表映像や地図、作戦の状況が一目でわかるようになっている。加えてホログラムモニターが随所の空間に浮かび上がり、補足情報を随時更新していた。

 司令室の床には艦長席を中心としていくつかの四角い穴が開いており、そこに203mm合金弾すら受け止める強化ガラスがはめ込まれている。

 ガラスの向こう側には宇宙空間が存在し、火星の赤焼けた地表を直接見ることができた。


「艦長。多脚砲兵第11大隊(特編1連隊)は、すでに居留地南東で火危生狩りに入っています。作戦はすべて予定通りです」


 副司令官席に立っているケンゾーが言った。

 それに対し、アイリスは反応を示さない。お喋りな彼女の性格では珍しく、口を閉じ、思案顔だ。

 ややあって口を開く。


「やっぱり……ちょいとおかしいわね」


 ケンゾーは司令官席を見上げる。


 今回の作戦は、大きく分けて二つの目的がある。

 一つは居留地の防衛だ。南東地域で頻繁に出没している火危生の大群を撃破し、居留地の安全を確保する。

 二つ目は、アーレスメタルの供給をストップさせないために、第2・第7掘削基地の救援。──ひいても、目下火危生集団に制圧されつつある第2基地の奪還である。


 だが、このような大規模作戦は、本来ならば起こり得ないものだった。

 今回の攻勢において火星危険生命体は、今までにない非常に統率された動きを見せている。

 火危生──特にその大部分を占める大型翼竜型は少数、ないし単独での行動を好むはずだ。

 だが、ただでさえ小規模群をなして移動するだけでも不自然なはずなのに、ここ最近では数百体程度の大群が三つも出現している。

 それのみでも異常な不気味さを持っているが、加えて、『第2基地の包囲』という戦略的な、かつ合理的な行動をも行なっているのだ。


 今まで火星開拓を指揮し、火危生の性質を知り尽くしたアイリスが疑問を感じるのも無理からぬことだった。


「第117号報告書はお読みになりましたか?」


 ケンゾーはアイリスに問う。

『報告書』とは、火星開拓局司令部の指揮下に置かれている火星危険生命体研究所が定期的に提出している火危生の分析・考察報告書である。

 火危生出現初期から書かれているため、現在では250を越す数がある。117号報告書は、その中でも特異な内容だと局内で認識されているものだった。


「当然、目は通したわ。……まさか……『火危生を統制する存在』が、もう、すでに現れているとでも言うつもりかしら…?」

「左様です」


 アイリスはやや衝撃を受けたような表現になり、数秒間沈黙する。


「火星危険生命体の一群が第2掘削基地を包囲したのも、アーレスメタルの輸送ルートを断ち切り、AL計画を妨害するためだと考えることもできます。『火危生を統制する存在』に対抗することを目的に進められている計画が、プロジェクト“アーレス・ライト(AL)”ですから…」


 アイリスの額を冷たいものがよぎる。


「もしそうならば、彼らは我々の計画の全容をすべて把握し、理解しているというの?人類の計画を阻止するために、第2基地を包囲したとでも?」

「でなければ、火危生の統制された動きを説明できません。彼らは急速な進化を遂げています。身体的にも、頭脳的にも」

「『進化』はあなたの持論でしょう。私は『火危生を統制する存在』を警戒してAL計画を推進してきたけど、そんなことは考えたこともないわ」


 ケンゾーは何かを言おうとして口を開きかける。

 だが、それはオペレーターの緊迫した声に遮られた。


「特編第2連隊司令部より接敵情報!」


 短い警報が鳴り響く。

 中央のホログラムモニターに映し出されている対地表カメラの映像が拡大され、火危生を示すコマンドが表示される。


「早いわね」


 特編2連隊ことマーズサーベイヤー大隊は、回転翼機と戦術輸送艇に分乗して空を移動している。

 その部隊が火危生を発見し、「サウス・フランクリン」に通報したのだ。

 サーベイヤー大隊が第六ヘリボーン地点を出撃してから30分も経過していない。これほど早く火危生と遭遇するとは、アイリスも意外だった。


「数、種類、サイズを報告せよ」

「続報来ました。数1体、種類は軟体触手型、サイズは…超大型クラスです」


 ケンゾーが指示し、オペレーターが素早く報告する。


「対地表カメラも目標を捉えました。最大望遠で出します」


 男性オペレーターの声で中央モニターの映像が切り替わり、拡大された地表を映し出す。

 アイリスは腕を組み、モニターを注視する。

 赤々とした大地に蠢く影が見えた。粒子が舞っているのが祟り、解像度は高くない。

 それでも「それ」が相当のサイズを持つこと、古き時代の船乗りが恐れたクラーケンのような、長く巨大な触手をもつことは分かる。


(こいつが『火危生を統制する存在』…な訳ないか)


 アイリスは一瞬そのように考えたが、すぐさま否定し、その考えを頭の隅っこに追いやる。

 このサイズの軟体触手型は2年に一度出没するかしないか…といったレベルであり、珍しい存在ではあるが、以前から度々交戦している。

 第117号に語られているような『火危生を統制する存在』では到底ないだろう。


「戦術輸送艇各艇および回転翼機編隊、針路東北東に変針。迂回コースに入ります。回転翼機の一部が空域にとどまり、軟体触手型と交戦する姿勢です。すでに何機か撃墜されている模様。編隊乱れます」


 オペレーターの報告を聞いて、アイリスはサーベイヤー大隊長のアーネスト・アーチャーの顔を思い出した。

 部隊は、第2基地救援のために進撃を急がなければならない。だが、居留地の近郊に出現した超大型軟体触手型火危生を放っておくわけにもいかない。

 一部の部隊で包囲するにとどめ、本隊は進撃を急ぐことに決めたのだろう。

 地表では戦端が開かれている。詳細は分からないが、地表に小さい閃光が立て続けに走り、黒煙が上がる。


「対処部隊より火力支援要請きました。座標、N12-35-17 E58-61-11!」

「軌道上物体射出砲。発射用意」


 オペレーターの声を聞いて、アイリスは素早く命令を発した。


「軌道砲、発射用意。重第8、第10、第11射出筒、および軽第15、第18射出筒、諸元入力」


 詳細をケンゾーが命令する。

「サウス・フランクリン」の艦体は、大まかに直径4kmに及ぶリングとその中央から上下左右にのびるモジュールにて構成されており、軌道上物体射出砲はリングの外側に40基が配列されている。

 砲塔を持たず、リング内から直接伸びる砲身長約100m長大な単装砲であり、重砲と軽砲の2種類がある。

 射撃はそれら合計5門にて実施するのだ。


「こちら射撃指揮所。命令了解。射撃準備に入ります」


 リング外側に設置された指揮所から報告が上がり、極めて長細い5本の砲身が火星地表を睨みつける。

 砲身の長さに比べ、口径はとても小さい。映像から見る限り、裁縫で使う針のような細さだ。


「目標の乱数回避座標を算出。重力による砲弾軌道歪曲度数を算出」


 発射準備が進められる中、各砲のガンカメラの映像がモニターに映し出される。

 軌道上物体射出砲は直接に目標を捕捉しない。映像を見ると、見当違いの空間を狙っているように見える。

 だが、これが正しい。

 軌道砲は、重力に軌道を歪曲されるように砲弾を発射し、砲弾を地表の目標に命中させるのだ。

 従来の砲熕兵器は軌道を重力に歪曲され、その曲がり具合をいかに計算できるかで命中精度を向上させねきた。

 それは逆に、いかに重力が砲弾の命中精度を下げてきた元凶であったかを雄弁に物語っている。


 だが軌道上物体射出砲は、その重力を命中精度向上に利用した砲だ。

 搭載されているスーパーコンピューターによって火星の重力と砲弾の発射速度、砲身の指向角度を計算し、どんな遠方──たとえば火星の裏側だろうと、砲弾を届かせることができる。

「サウス・フランクリン」が火星全土を支援可能範囲に収められている理由は、この砲が存在しているからなのが大きかった。


「スーパーコンピューターによる砲弾軌道計算終了。砲身角度縦108度、横44度。砲弾発射初速、2150m/sで最終設定」


 映像の砲身がゆっくりと小刻みに動き、砲弾を指定軌道に乗せるための最終調整が繰り返される。


「重質量砲弾、発射予定全砲に装填完了。ローレンツ出力発生装置、電圧220%で規定観測」

「目標、移動せず。照準固定。砲弾軌道固定」


 オペレーターと指揮所からのきびきびとした報告が立て続けに入り、モニターの情報も続々と更新される。

 ホログラムモニターには衛星戦艦と火星の位置関係が表示され、衛星戦艦から黄緑色のラインが飛び出て、カーブを描きつつ地表に達している。

 それが、今回弾き出された砲弾のたどる軌道なのだろう。


「軌道上物体射出砲、発射準備良し」

「艦長」


 準備完了の報告が上がり、ケンゾーが確認するように聞いてくる。

 アイリスは小さく頷き、凛とした声で命じた。


「軌道砲。撃て」







[軌道上物体射出砲]


全長 重・104m

軽・ 78m

口径 重・2.55m

軽・ 1.8m


惑星の重力を利用して砲弾を軌道に乗せ、重質量砲弾を目標へ到達させるジブラルタル級の主力艦砲。重砲と軽砲の二種類がある。

砲弾は重力の影響を受けて軌道が歪曲するため、観測さえあれば星の裏側に砲弾を到達させることも可能。

核戦争中には当時国の保有物であった一番艦「ジブラルタル」が攻撃を実施し、敵国の三番艦「トラック」を重軌道上物体射出砲の一斉射撃で撃沈している。

砲弾重量は重で52t、軽でも35tに及び、単純な打撃力だけでも衛星軍艦、地上部隊にとっては大きな脅威となる。

今日の使用は火星での対地支援が主であり、火危生との死闘を繰り返す地上部隊にとってこの上なく頼もしい存在となっている。

余談だが、砲弾は磁石コーティングがなされており、破壊対象の破片がデブリとしてばら撒かれないように配慮されている。


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