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鋼の光   作者: イカ大王
第二章 フェアファックスの砲火
11/57

Episode10 蒼空騎行


〈今回の三大要素〉


戦場の狂気・ヘリコプター・輸送

 

 ◇



 ◇



 火星地表──それも居留地外での部隊の輸送は、主に空輸が用いられる。

 火星は月とは異なり、その大半の領域が未舗装だ。火星は地球の約4倍凹凸である、と言われているほどに高低差があり、そのような悪路を長時間進軍すれば機材、人員共に消耗する。

 調査等の任務ならば、走破能力の高い多脚戦車や8輪ローバーが陸路で目的地におもむくこともある。だが、目的が戦闘となれば、戦場に到着した際に部隊が疲労困憊な状態は避けるべきである。


「ヘリコプター隊、第六ヘリボーン地点に接近。戦術輸送艇各艇、部隊の積載を急いでください」


 大隊司令部付オペレーターの声が通信機に響く。

 “マーズ・ジャッカル”の操縦席は密閉されているが、大気を轟々と震わせる回転翼機の音は伝わってくる。

 美沙希は、それを聞いて顔を上げた。


「“タイガー1”より707小隊全機へ」


 “マーズ・ジャッカル”の対空カメラが、フェアファックス居留地の電磁ドームを飛び越えながらこちらに近づいてくる回転翼機の大編隊を捉える。

 ラングスドルフは命令を続けた。


「僕たちの足は回転翼機だ。回転翼機1機につき多脚戦車1両、“マーズ・ジャッカル"2機とする。各自接合部準備」

「了解!」


 美沙希、イネス、エヴァ、スンシルの返答が唱和した時、50機を数える回転翼機のうち36機が第六ヘリボーン地点を目指して降下を開始した。

 ヘリボーン地点とは居留地駐屯地から出撃した部隊が、輸送艇に乗り込む、ないし回転翼機と()()するための場所だ。セントラルブロックの離発着場と同様に白いラインが引かれ、コンクリートで舗装されている。だが、それだけだ。

 居留地のほとりにあるただの広場に、マーズサーベイヤー大隊の各部隊は集結している。

 やがて、回転翼機が低高度に舞い降りてくる。胴体はぽっかりとブロックを削り出した採石場のようにスペースが空いており、そこに巨大な短いアームが4つぶら下がっている。


「ハロー。君たちが今回のお客さんかな?」


 美沙希は自らの機体を、スンシルの“マーズ・ジャッカル”と背中を合わせるような体勢に持っていく。一機の回転翼機が美沙希機、スンシル機の頭上で停止する。


「707小隊、人型自律駆動兵装1番機の美沙希です!」

「同じく2番機!」


 美沙希は頭上の回転翼機のパイロットに所属を言った。スンシルも続く。


「お客さんで間違いないようだね。ちょっと待ってね。今降りるから」


 頭上で停止する回転翼機は火星開拓局の主力ヘリコプターだが、地球の空を駆けているヘリとはだいぶ形状か違う。

 コクピットの位置やローターで飛行しているのは同じだが、巨大な航空機のような形だ。

『逆ガル』と呼ばれる翼の仕様をしており、翼の先端には二重反転型のローターが1基ずつ、計2基が付いている。尾部も二枚の垂直尾翼を取り入れた特徴的なものだ。


「高度80……60……40……」


 パイロットの高度計を読み上げる声が聞こえる。数字が小さくなるにつれて風圧で飛ばされる砂が増え、ティルトローターが奏でるリズミカルな音が美沙希の鼓膜を震わせる。高度が30を切る頃には、さながら南半球で多発する砂嵐のようだ。

 

「30……20……10…よし!」


 高度計が10mを切った刹那、何かが噛み合う機械音が響き、“マーズ・ジャッカル”の頭からつま先へ鈍い衝撃が貫く。

 濃い灰色と紺色で塗装された回転翼機は、美沙希機とスンシル機に覆い被さんばかりの低空だ。


「第1、第2アーム、本機両肩部に接合完了」

「こちら2番機。第3、第4アーム、接合完了しました」


 美沙希は自機の状態を示すホログラム画面に目を向ける。そこには『接合完了』の文字が浮かび、“マーズ・ジャッカル”の肩と回転翼機のアームが接合したことを示している。


「じゃぁ、行くよー!」


 パイロットは若く、女性なのだろう。威勢のいい声で言い、機体を上昇させる。

 両翼の先端に搭載されたエンジンが唸りを上げ、プロペラが回転数を上げる。

 “マーズ・ジャッカル”2機──合計2トンの重量物をぶら下げながら、双発の回転翼機は浮かび上がった。


「ひゃあ!」


 “マーズ・ジャッカル”の両足が、ヘリボーン地点の舗装された大地を離れる。その瞬間に“マーズ・ジャッカル”は重力の支えを失い、大きく揺れる。

 美沙希の口からは、思わずそんな叫びが出てしまった。


「ふふ。ミサ、驚きすぎ」


 バディを組むスンシルが控えめに笑う。

 美沙希は顔を赤くして黙る。女性パイロットが何も言わないのは優しさなのだろうか。


 状況は他も同じだ。

 イネス、エヴァの機体も背中を合わせるような姿勢になって、回転翼機の胴体スペースにぶら下がっている。

 ラングスドルフ、春樹が乗る多脚戦車も同様だ。

 美沙希は左右を見る。

 何十機もの回転翼機が、“マーズ・ジャッカル”や多脚戦車、装甲ローバーなどを4本あるアームで掴み、ぶら下げ、輸送している。

 この火星開拓局が採用している回転翼機には、数種類の交換可能な胴体があり、誘導弾やロケットポットを搭載した戦闘用胴体、人員輸送用の座席が敷き詰められた輸送用胴体、センサーやカメラなどの計測機器等を積んだ観測用胴体がある。

 回転翼機はこれらの胴体がを交換して多彩な任務をこなすのだが、この3種類以外の仕様として、胴体を付けない、というのがある。胴体を機体にくっつけていたアームを直接使用して重量級の輸送対象を掴み、運ぶのだ。

 この手法は開拓局主力兵器の多脚戦車に多用され、素早い部隊展開などを可能している。今回の作戦では“マーズ・ジャッカル”も輸送対象となり、回転翼機にぶら下がりながら目的地へ向かうこととなっていた。


「いざ、第2基地へ!!」


 何十機もの回転翼機、何機もの輸送艇が編隊を組んで進撃する。そんな光景に興奮したのか、エヴァが叫ぶ。


「うっさいわねエヴァ!」


 すかさずイネスの叱責が飛ぶ。

 それらを聞きつつ、美沙希はクスリと笑った。孤児院にいても、月面学校にいても、火星にいても、彼女らは変わらない。

 スンシル、イネス、エヴァとなら、この作戦も無事に乗り越えられる気がした。


 赤焼けた大地を眼下に見ながら、彼女たちは飛ぶ。






ブクマ・感想・レビュー等をいただければ励みに

なります。

次回はいよいよ戦闘ですかね。

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