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銀の翼と虚空  作者: エウジャニデス
2/2

最悪の初任務

 空を飛ぶのは好きだ。

 あたり一面に真っ青な空の中を飛ぶとき僕は鳥のように空を自由に飛べたらどんなにいいだろうかと思う。残念ながら僕は人間であり文明が発明した道具を使わないと空を飛ぶことすらできない。この狭いコックピットに押し込まれて初めて僕たちは空を飛べるのだ。

 そんな思いに浸っていると耳につけている無線機から陽気な男性の声が聞こえた。

「アルファ1からアルファ2。どうした新人ニュービー初任務に緊張しているのか?」

どうやら何もしゃべらない僕が緊張していると勘違いしたらしい。

「アルファ2からアルファ1 そんなところです」

僕はそう無線で返しながら左斜め前方を飛んでいる機体を見た。灰色に塗装され機首にプロペラがついているこの機体は帝国の戦闘機。愛称はガルダ。長大な航続距離と、強力な機関砲が特徴だ。訓練課程を終え、初任務である僕も搭乗している機体でもある。

「なに、普通の哨戒任務だ。何もそこまで気張るもんじゃない。気を緩めすぎるのもよくないがこれくらいで気を張りすぎると戦闘でションベンちびっちまうぞ」

彼なりの気の遣い方なのだろうか。そういって今の僕の直接の上官であり、1番機に搭乗している中尉は陽気に声をあげた。

「だがこの哨戒で気を引き締めろって言うのも難しい話か」

 彼はこう言っているがあながち間違っていないだろう。いま僕たちが哨戒しょうかいのために飛行している空域は最大の敵国である連邦と唯一接する国境線がある空域でもある。本来ならもっとも警戒するべき場所なのだろうが、国境を隔てる山脈の山腹にはいたるところに最新鋭の電波探信儀が張り巡らされている。そのため敵が山を越えて領土に侵入するようならすぐに探知できる。だから、この哨戒もほぼ形骸化しているといえるだろう。だからこそ僕のような新人ニュービーの初任務にうってつけなのかもしれない。

 「よおし。行程の八割ほどは終わったな。もう少しで帰れるぞ」

 実際は半分ほどしか終わってないが上官である彼の言うことは絶対だ。

 「アルファ2 了解」

そう返し通信を終えた時、どこからか視線を感じることに気が付いた。こちらを伺う、絡みつくような視線。とっさに周りを見渡し視線の元を探すが、視界に入るのは雲一つない青い空と険しい山脈。気のせいだと思い込もうとしても、ぞわぞわとした感覚が消えない。

(見えないなら感じるまでだ)

そう考え僕は目をつぶり他の五感を研ぎ澄ました。すると聴覚が新たな情報を感知する。自分たちの機体が奏でるエンジン音とは違う小さな音。何かが高速で回転しているような……。少しずつ音が大きくなっている。音の出どころは……後ろ上方!?

気づいたとき僕は機体を急旋回させた。そしてその瞬間、甲高い射撃音を伴って山吹色の閃光が僕の乗機の真横と中尉の乗る一番機に殺到した。

「中尉!?」

機体を立て直しながら上官の安否を確認するも、一番機はコックピットを狙い撃たれ、キャノビーを真っ赤に染めていた。

「くそっ……!」

そう呟きながら僕は敵機の場所を探るも、何もない蒼穹が広がるだけ。しかしさっきまで聞こえなかった二つのエンジン音が自分の周りを「何か」が飛んでいることを教えていた。      

なんとか冷静になりながら、僕は状況を整理した。自分たちを襲った「何か」

はどうやら何らかの方法によって、こちらから視覚的に認識できない。それは二つエンジン音が周囲に聞こえることから二機いる。そして撃墜された中尉の機体が炎上しなかったところから推測すると、装備している機銃は炸薬のない貫通力を重視した徹甲弾を装填しているようだ。隠密性を活かしてコックピットを狙い撃ちする戦法だ。さらに悪いことにこちらの通信手段である無線機もなぜか先ほどから耳障りな雑音を流すのみ。敵の襲来を味方に知らせることも、救援を求めることもできない。

「ははは……最悪だ」

 あまりの絶望的な状況に乾いた笑いしか出ないが、まだ死にたくない。そう考え僕は自分の真後ろのエンジン音のする方向へ目を凝らした。すると虚空から突然閃光が煌めいた。攻撃だと頭で考える前に反射で機首をわずかに右にずらす。一瞬の後、僕たちを襲った同じ銃弾が機体の真横を駆け抜けていった。数発、自機の翼に命中するも小さな穴を開けただけにとどまる。

 (これは……いけるかもしれない!)「見えない」敵は徹甲弾で僕を狙っている。エンジンやコックピットなどの弱点を狙い撃ちされない限り致命傷にはならないだろう。このまま何とか粘って基地に向かっていけば味方に救援も求めることもできる。敵がどこまで追いかけてくるかは不明だが今よりは状況は改善するだろう。

 また後方から山吹色が煌めいた。今度は機首を下げてやり過ごす。その直後もう一機のエンジン音が後ろ上方から聞こえてきた。

(近い!)

たまらず機体を回転ロールさせながら右に旋回。なんとか銃撃を躱すことができたものの、すぐに真後ろから追撃の火線が迫る。素早く左に切り返し、なんとか致命的な被弾を避けることができたものの僅かに右主翼に被弾する。すると先ほどまでは小さな破孔が開くに済んだはずが、今回はメラメラと火炎が主翼から立ち上った。

榴弾りゅうだんか……!」どうやら別の弾種を装填した機銃を隠し持っていたようだ。榴弾は徹甲弾と違い着弾と同時に内部の炸薬を炸裂させて被害を与える弾種である。ガルダの主翼を貫通、内部で炸薬が破裂し、主翼内の燃料タンクに引火したようだ。防御力を犠牲に航続距離を伸ばしたガルダには榴弾でも十分貫通するのだ。真っ赤な炎は急速に機体にダメージを蓄積させていく。

「消えてくれよ……!」

そう願いながら僕はエンジン出力を上げながら一気に高度を下げた。エンジン推力と重力が合わさって一気に加速する。うまくいけば火災を消し飛ばすことができるはず。直進して少しでも速度を稼ぎたいところだが、見えない敵もおそらく降下ダイブしてこちらを追撃しているだろう。もう被弾は許されない。高度を急速に下げながらも後方を注視する。降下ダイブして突き放したからか、先ほどよりもかなり離れた場所から光が瞬いた。(これなら余裕をもって回避できる)そう思った僕は再度わずかに機首を下げることでやり過ごそうとした。少しの後に機体の上を火線が通るもかなり弾道が散らばっている。集弾性がかなり悪いようだ。いやな予感がしてさらに機首を下げようと操縦桿を倒したが、機体が反応しない。そっと尾翼を確認すると、案の定、水平尾翼に二発ほどだろうか、被弾していた。

(舵死んでる。運悪すぎるだろ……)

水平尾翼の動翼には昇降舵というのがあり、そこを上下することで機首の機首上げ、機首下げを制御する役割をもっている。つまりそこに被弾してしまうとあっという間に制御不能に陥ってしまうのだ。

もうかなり高度は下がっている。脱出するしかない。キャノピーを開け、尾翼に当たらないよう斜めに飛び出す。頭を下に向け、空気抵抗を最小限にして一気に地面に向かって体を滑空させる。コックピットをわざわざ狙い撃ちする敵だ。呑気にパラシュートをすぐに開いていたらあっという間に蜂の巣だ。

しかしそんな努力をあざ笑うかのように後方からエンジン音が追いすがってきた。どうやら僕を殺す気満々であるようだ。このまま地面に激突してぺしゃんこになるか、銃撃で蜂の巣になるか。

(ここまでか……。)絶望感が覆ったその時。大きな爆発音を伴って後ろで大きな炎が生まれた。思わず後ろを振り向くと、さっきまで見えなかった敵が煙を噴き上げながら墜落していくのが見えた。本来の機体の表面だろうか、漆黒の機体が高度を落としていった。その上を銀色の翼を煌めかせた見たことない戦闘機が駆け抜けていった。

(援軍……なのか?)自分を狙っている敵を撃墜したので少なくとも敵ではないだろう。そう考え僕はそのままパラシュートを開いた。大きく上に引っ張られる感覚と共に、落下速度が大きく下がっていく。

相棒をやられた敵は素早く旋回、銀色の戦闘機を追い始めた。目が慣れたからか、僕にもかすかに敵のいる場所に歪みがあるのが分かった。一方銀色の戦闘機はそのまま離脱するかと思いきや、機体を翻し、そのまま敵機の真正面に機首を向けた。お互いの相対速度が加わり見る見るうちに距離を縮めていく。

(ヘッドオンをするつもりか……!)お互いが向かい合った状態で撃ちあうヘッドオンは距離が非常に早く縮まる上にただ敵に向かって撃てばよく、偏差射撃を行う必要もないため非常に命中率がいいが、敵も同じ条件であるという非常にリスキーな戦法である。

二機の距離はますます近づき、もはや目をつぶっても当たるという距離になったとき両機は同時に発砲、相討ちかと思いきや、大きく煙を上げて墜落していったのはその漆黒の機体を表した敵だけであった。銀色の機体はそのまま勝ち誇るように翼を大きく振りながら飛び去って行った。

「なんて無茶な飛び方なんだ……」そう呟きながら僕は命が助かった安心感からかパラシュートにゆられながらそのまま意識を失った。



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