03
時間というものは逆行しないものなのだそうだ。
一介の、それも大して学のない高校生であるぼくにとって、到底理解の及ぶ範囲ではないが、どうもそうらしい。
精一杯、想像を働かしたところで精々、タイムマシンやタイムリープは実用化できないらしい、とがっかりする程度だ。残念。
「さて、山さん」と先輩が言う。
先輩は、ぼくのことを山さんと呼ぶことにしたようだ。山口だから、山さん。ならば、ぼくは先輩のことを何と呼べばいいのだろう。まあ、そのまま先輩でいいか。みやさん、とか言うと怒られそうだし。
「さて、山さん。ざっと説明したことについて、キミの理解度をチェックするためにいくつか質問をしたいと思う」
先輩はこともなげにそういうが、ぼくとしては勘弁してほしい。
ついさっき言ったように、ぼくは一介の高校生にすぎない。そのぼくに、エントロピーの増大がどうとか、因果律がどうだとか、問われても答えようがない。はっきり無理だ。
なにを言いだされるのかと、よもや「静的な現象と仮定し、空間軸xyz、時間軸tを用いて各個の現象について考察を述べよ」などと言いだしはしないだろうか、とぼくは戦々恐々としていたのだが。
だが、先輩はそんなぼくの予想の斜め上の問いを出した。
「山さん、私はいったい何者なのだろうな?」
そんな哲学的なことを言われても……。コギト・エルゴ・スム?我思う故に我様あり、だっけ?まるで質問の意図がつかめない。掴めないので「ええと、どういう意味です?」とりあえず、聞いてみた。
「いいか、山さん。考えてもみてくれ。キミと私の間には二十三時間三十分、およそ一日分の時間の隔たりがある。ここまでは理解できるな?」
まあ、さすがにそのくらいは。
「なら、私がいる時間軸と山さんがいる時間軸。その両方が存在していることもわかるね?」
うん?……ああ、先輩にとってはいまの時間が、つまりぼく主観の時間はすでに過去の時間で、逆に先輩が今過ごしている時間は、ぼくにとっては未来の時間になるわけか。
「その場合、キミと同じ時間を過ごしている私と、私。つまり、一日後の私とが同じように存在していることになる」
「今話している先輩は、ぼくが知っている先輩の一日未来の先輩だということですね?だけど、ぼくと同じ時間で過ごしている先輩もいるわけで……。え、あれ?今日と明日の先輩が同時じゃないけど二人いる?でも、こうやって――――」
時間という概念がゲシュタルト崩壊を起こしそうだ。
言葉に表そうとするとこんなにも分かりづらいものだったのか。
「そう、そこがわからない。でもまあ、それはわかりそうもないから置いておこう。それより、この現象についてだ」
私が思いついた仮定は、三つ。先輩はそう言った。
なんらかの事情で未来(ぼく主観で)と過去の間で時間情報が混線した。
並行世界的な何か。先輩のいる世界とぼくの世界とが、およそ一日分の情報の誤差を持ちながら並走している。
ぼくか先輩、どちらかの狂言。
ぼくとしては三番目を強く推したい。というか、ぼくが理解できそうな選択肢が三番目しかない。
「一体どういう理屈かさっぱり理解できないが、本来ならおよそ交わるはずのない時間が私とキミとの間で交差している。一本の線に例えるなら、私が左端で山さんが右端だ。パラレル的に考えても――――」
と、そこまで言って先輩は考え込むように黙った。
そして、もうそろそろ一時にさしかかろうかという時間には似つかわしくない、晴れやかな声で。
「そうだ山さん。ひとつ、実験をしてみないか?」
そう、悪魔めいた提案をしたのだった。




