12
みやこ先輩の家からの帰り道。ぼくは肩を落としながら帰っていた。
あの後なし崩し的に家に連れて行かれ、好奇心を隠しきれない様子でしきりに御用伺いに来るみやこ先輩のお母さまお手製のクッキーをいただきながら、すこしだけ話をした。
ぼくにとっては一大事だがみやこ先輩にしてみればそれも雑談のひとつにすぎなかっただろう。
最近、みやこ先輩が見かけたという不審人物。
何者かもわからないし、何をするつもりなのかもわからない。先輩は見ていないというその人物について、ぼくはみやこ先輩にそれとはなしにたずねてみた。
結果はわからずじまい。収穫はゼロだ。
いまも空が夜模様を帯びてきたこの逢魔ヶ刻を不審人物を求めて、あてもなくぶらぶらとしていたが、結局、なしのつぶて。
まあ、さすがに簡単に見つけられるとは思わなかったけど。
見つかってくれれば楽だったのに。
見上げる空は深みを増してきて、ぼくにもう帰るように促している。
時折、吹く風がコート越しに冷たい。
そういえば、今日の夜はひどく冷え込むと天気予報で言っていたっけ。
はあ、と白いため息をひとつ残して、ぼくは携帯を取り出す。
ポケットと外の冷気の温度差でうすく結露した画面を指でぬぐって状態を確認する。アンテナは三本。充電は大丈夫そうだが、先輩と話ができる時間まではまだまだ遠い。
今夜は長丁場になりそうだ。まずはコンビニで手袋とぼくの燃料補給をしておこう。
「馬鹿か?」
がちがちと歯の根を鳴らすぼくに先輩はそれだけしか言ってくれなかった。
まあぼく自身、馬鹿な事をしたと思う。冬の夜を舐めていた。本当に。
あれから数時間。今日は厚手の服装をしていたこともあって、ぼくはみやこ先輩の家を見回っていたのだった。
「山さん、キミには呆れたよ。一時間やそこらならまだしも……馬鹿か?」
先輩の呆れ果てた声にも反論しようもない。ぼくは馬鹿だ。
特に、いくつかの缶コーヒーをポケットに忍ばせた程度でこの寒気をしのげると思ってたあたり馬鹿以外の何物でもない。何度目かのトイレとインターバルに訪れたコンビニにカイロを見つけたときには馬鹿さ加減に呆れかえって、もう何もせずに帰りたくなったくらいだ。
幸いぼくの住んでいるところは雪の降り始めは遅いので助かったが、もしも振りだしていたら死んでいたな。
「いや、でもだいぶ回復したんですよこれでも」
回復したのはおでんと貼るタイプのカイロのおかげだが、口が裂けてもそんなことは言わない。
「そんことをせずとも、張り込むなら貼りこむでやりようならいくらでもあっただろうに」
はあ、と先輩のため息。
まあまあ、とそんな先輩をなだめすかして、ぼくは夜の散策を続ける。
「それで?何か収穫はあったかい?」
何度目かの曲がり角を回ったところで、ようやくとげの抜けた先輩の声がかかる。
「あると思います?――――あ、そういえば、あるといえばありましたよ。不審人物とはまるで関係のないことですが」
「ほう?」
その先を行けば先輩の家が見えてくる、そこまで来たところで歩くのを止めて、ぼくは電信柱に寄り添うように立っている街灯に体を持たれかけさせる。
「実直そうなお父様でしたね。夜分に街中をうろつく高校生を叱ってやれる、今頃なかなかいない素晴らしい大人でしたよ」
「は?」
ぽかんとした声。それからややあって猛然と先輩はまくしたててきた。
「ち、父にあったのか!?私の……!?馬鹿だ馬鹿だとは思っていたが、キミはやはり馬鹿だったな山さん!深夜までひとの家の周りを徘徊して、家族構成を掴んで!キミは立派なストーカーじゃないか!」
「彼氏ですよ。お父様にも疑われましたけど名前を言ったら、納得してもらえました。夕食はどうかとも誘われましたけど――――」
ああああ、と先輩からうらみがましい声がする。
「キミは、キミは、キミはっ!――――ああ、もうなんだよそれ!?」
「いえですから、夕食はどうかと誘われて」
「もういいっ!喋るな、話すな、言うな、察しろ!」
先輩はそういってぐわぁ、と断末魔めいた悲鳴を残してフェードアウトしていった。
「あ」
先輩が愉快なことになっているのを放置して視線を上にあげると、みやこ先輩の家の一室のカーテンが開いた。
二階のみやこ先輩の自室でパジャマ姿の先輩と視線がぶつかる。みやこ先輩はぼくがなにも反応できないうちに、まばたきする間もなくカーテンを勢いよく閉じた。
まずい、ストーカーと勘違いされたとか?
不審人物=ぼく、とか。何かそれっぽい感じの反応じゃなくないですか?
……あ、これなんか、いろんな誤解が加速してアレしちゃう?
ぞくり、と背筋が凍る感触がする。
「ちょ、ちょっと先輩!?質問なんですが!」
慌てるぼくをしり目に先輩は世界のすべてがどうでもよくなったかのようなうろん気な声で答える。
「あー……なに?」
「女性の上手いだまし方って、しってます?キスまでした関係ですが」