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三十分後の彼女  作者: 代理投稿 「師匠」
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デートは楽しかった。

 どうやら、ぼくがデートという行為に抱いていた敵対感は幻想にすぎなかったらしい。

 初めてのデートの後、こうして先輩を家までエスコートしている途中で、ぼくはデート前のぼくとデート後のぼくの心境の変化に驚きを隠せない。

 駅前で待ち合わせしていると、待ち合わせの時間を五分ほど過ぎたところで目染川先輩が慌てた様子で駆けこんできた。先輩が寝ぐせあとをしきりに気にしたまま、謝る先輩をなだめてから電車に揺られて遊園地へ。切符はすでに買っておいた。

 ――――それからの時間はまるで夢のようだった。

 ジェットコースターではしゃいで、遊園地のマスコットと戯れて、目染川先輩お手製のお弁当をいただいて、プリクラだって初めて撮ったし、最後の観覧車からの眺めは確かに最高だった。

 正直ずっと、デートなんて彼女がいる奴がするものと思い込んでいたけれど、その楽しさが今なら分かる。いままで遊園地の存在意義に常々疑問を抱いていたぼくも恋人と来たいまでは、そのありがたさに手を合わせてしまうほどだ。

 しかし楽しい半面、先輩の意外な一面にも気付かされた日だった。

 ゴーカートとお化け屋敷。この二つは鬼門だった。

 お化け屋敷では、おどかすお化けが気の毒に思えるほど目染川先輩は平然としていたし、あまつさえ機械仕掛けの一つ目小僧の目をぺたぺたさわってみせるなど、やりたい放題だった。ぼくが予想した方向とは別に、それなりに先輩は楽しんでくれていたようだったが半分ほど行ったところで、アルバイトの係員さんに目染川先輩が別室に連れて行かれてしまった。

 あとで聞いた話だと、うっかり一つ目小僧の電源を抜いて来てしまったそうだ。

 ゴーカートもすごかった。生でドリフトを決める女子高生をぼくは初めて見た。ぼくたちが乗ったのは二人乗り用の機体だったので、誠に申し訳ないがこれ以上は割愛させていただく。

 

 しかし、それでも本当に楽しかった。

 ぼくがこんなに楽しんでいいのかと、後ろめたくなるほど楽しかった。

 

 目染川先輩はぼくと交際を始めてから、毎日のように会いに来てくれる。学校ではもちろん、休みの日は街中の散策にぼくを連れて行ってくれる。

 今日もぼくが楽しませようと思う以上に、ぼくを楽しませようとしてくれた。

 目染川先輩はやさしい。ぼくがまだ先輩を好きだと知っているのにこうしてぼくの手を取ってくれる。

 どうしてだろう。

 つないだ手にほんのわずか力が入る。

 目染川先輩の手のひらの温かさを感じるのは、ぼくでいいのだろうか。

 ぼくは先輩ではない目染川先輩を好きになっていいのだろうか。

 

 「山口さん、今日は楽しかったですね?」

 突然、目染川先輩が立ち止りそう聞いてきた。

 「ええ、もちろん楽しかったです」

 ぼくは目染川先輩に答える。

 目染川先輩はすこしうつむきかげんに、ええ素敵なデートでしたね、と呟くように声にして――――がつん。と思いっきりぼくの足を踵で踏み抜いた。

 「あ、――――っつぅ!?」

 「でしたら、せめてデートの終わりまでは他の女のことは考えずにエスコートに専心してくださいません?」

 ぐりぐりとかかとにひねりを加えながら目染川先輩がにっこりと笑う。

 「お返事は?」

 一度足をすっと離してから、目を細めて目染川先輩が言う。

 くるりとぼくを回り込むように移動して反対方向のぼくの腕をつかむ。浮かせたままの足はそのままにもう一度。

 「きちんとエスコートしてくださいますね?」

 「はい!」

 今のはかなり痛かった。うすぼんやりと考えていた鬱思考が吹き飛ぶくらいに。もう片方の足も踏みつぶされれば今度は何か別のものに目覚めてしまいそうだ。それはたまらないと、ぼくは慌ててうなずく。

 「もうっ、そんな態度を女の子に取ったら嫌われちゃいますよ?」

 今度はぼくのほうから取った手のひらを、目染川先輩はぎゅっと強く握りながら頬を膨らませる。

 「いや、本当にすみません。でも別にぼくは……」

 「いいえ、いーんです。嘘なんかつかなくても。お顔にしっかり出てましたから」

 つーんと、そっぽを向いてにべもない目染川先輩。そして何かひらめいたかのようにいたずらっぽく目を輝かせて言った。

 「そうね。じゃあ、こうしてくれたら許してあげます」

 目染川先輩はそういうとそっと目を伏せた。

 「あ、あの?」

 「わたしたち、こ、恋人同士ですから。そういうこともしたいんです、ちゃんと」

 薄く染められた頬、閉じられた瞳と淡い色のルージュが引かれたその唇。

 不思議とそうすることに抵抗感は、なかった。

 

 「それじゃあ、私はここで。送っていただいてありがとうございました」

 目染川先輩の家が見えてきたあたりで、名残惜しそうに絡めていた手をはなした目染川先輩がそう言ってぺこりとおじぎをする。

 「今日はデートに誘ってくださってうれしかったです。また今度お誘いしてもらえますか?」

 「あ、えと。ぼくも楽しかったですから。また今度も――――先輩がよければ」

 目染川先輩の目をみないように、ぼくはごにょごにょと口の中でそう答える。

 これは恥ずかしい。だれにとかじゃなく、ぼくの根源的なところが羞恥に悲鳴を上げている。

 こんなことカップル的には初歩も初歩なんだからサラッというべきなんだろうけど、やっぱりぼくにはハードルが高い。……そういうことですから、また次の機会に。

 「あの、すみません。うまく聞き取れませんでした。もう一度おっしゃってもらえませんか?……それとも本当は、私なんかとでは退屈でしょうがなかったとか」

 踵を返してうやむやのまま逃げ出そうとしたぼくの気配を感じ取ったか、目染川先輩はにっこりと笑顔のまま最後通牒を切りだした。

 「い、いえ。そんな退屈だなんて。またデートに誘わせてください」

 「だれを?」

 言うのか?どうしても言わせたいのか?……言わないといけないんだろうなあ。

 「その、み、みやこ先輩をデートに誘わせてください!」

 どうやっても言わせるように仕向けたくせに目……みやこ先輩はまあ、なんてわざとらしく目を丸くして見せる。瞳の奥ではきっと良くできましたと、思っているに違いない。

 だって、そのあとすぐに

 「もうひと声!今度は先輩はつけないで言ってみましょう!」

 なんて言い出したんだから。

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