じりりん、じりりりん、じりりりり。
ベルが鳴る。いまではもう見ない黒電話機のベルの音。
ぼくはポケットから携帯電話を取り出し、そっと耳を当てる。
「やあ、山さん。今日のご機嫌はいかが?」
聞きなれた声。
時折混じるノイズの音もいまではさほど気にならなくなってきた。
「いまは可もなく不可もなくって所です。三十分前の先輩の機嫌はどうでした?」
ぼくの返事にくすっと先輩は笑みをこぼす。
「ああ、上々だったんじゃないかな。今日はなかなか悪くない日だったよ。いや、あんがいデートというのも馬鹿にしたもんじゃないな。おっと、こういうと山さんは気分を害するのかな?」
「いやいや、ぼくとしては正直に言ってもらったほうがいくらかマシです。――――その、なんというか今の先輩に慰められるとアレですね、立場がない」
「そうかい、それは結構。ならば他でもない山さんの為に恥ずかしながら、語って聞かせよう」
先輩はぼくの言葉に気をよくしたか、よく回る舌で懇切丁寧に、闊達に、必要以上に詳しく、今日のあらましを話してくれた。
今日は彼氏とはじめてのデートだったこと。デート先がテンプレ通りの遊園地でちょっとがっかりしたこと。ジェットコースターが思った以上に迫力があって思わず、叫び声を上げてしまったこと。腰が抜けて難渋していたら手を貸してもらったこと。そのあと帰るまでずっと手を握っていたこと。
二人で乗った観覧車からの景色が胸やけしそうなほど素敵だった、というあたりでさすがにぼくは声を挟んだ。
「ちょっと、すいません。いやあ、先輩が彼氏と何時間いちゃいちゃしてようとも、ぼくにはまるで関係がないんですがね。いちゃいちゃどころか、ラブラブしてからのちゅっちゅに突入してようが、ぼくにはまるっきり関係がないんですが」
一息。
あたりに人が居ないのを確認して、大きく息を吸い込んで携帯に叩きつけるように言う。というか、叫ぶ。
「それって、振った男にする話じゃあないですよねえ!!」
つくづく思う。
あの日、非通知でかかってきた電話。アレに出さえしなければきっと今より気楽な人生を送れたはずなのにと。