お題【浴衣】
高校生にもなって、17歳にもなって。
夏だというのに、祭りだというのに。
「ノブくん、今年も頼むなぁ」
そう言って、5千円札という高級品を俺に渡す、しわくちゃのばあちゃん。
なんで俺がこんなことを! そう思い始めたのはいつだろう。 思って思って、毎年このお金を受け取っている自分がいる。
「信成、お待たせ」
そう言って、玄関先に立つ俺の前に現れた浴衣の女。
「おやおや。 はぁー、麻里ちゃんよう似合っとる」
「えへへ… そうかな?」
照れ臭そうに俯く。 おーおー、祭りだから浴衣ですか。 ずいぶん本格的ですねぇ。
「ノブくんも、麻里ちゃん可愛いと思うよなぁ?」
ニコニコしながらこちらを向く。 ここで俺に振りますか、てか麻里もそんな真剣にこっちを見るなよ。
……まぁ、その、なんだ。 可愛い…… なんて思ったりもしてるけど。 それを口に出すのはなんか、なんか俺には合わない。 ……よし、ここはーー
「馬子にも衣装、だな」
言い終わって、麻里の平手打ちが飛んできた。
祭り話の1. 〜素直じゃないね〜
「……いってぇ」
「ふん! 自業自得だよ!」
カラン、カランと音を立て。 不機嫌そうに俺の横を歩く。 人混みの中、屋台からいい匂いがする。 すれ違う人に注意しながら、俺は幼馴染を、麻里を見失わないように注意する。
麻里は隣の家の女の子、だった人。 今や女と書いて怪物と読む、それくらい凶暴な生き物となっている。 しかし…… 親心というのは厄介で、麻里の両親、そしてばあちゃんは酷く心配するのだ。
大丈夫だよと俺からも言った。 多分、ナンパとかされてもその男たちが後悔する結果になるとも伝えた。 しかし、親は子を心配する生き物なのだろう。
近くて、同い年で、男。 その安心感からなのか…… 毎年夏祭りを麻里と一緒に行くことが義務付けられた。 最初は拒んだ、しかし俺の両親も快く承諾してしまい…… 決定打は麻里のばあちゃんだ。
(ニコニコしながらお金持って来られたらさ…… 逆らえるわけねぇじゃんか)
そんなわけで。 高校最後の夏も、俺は幼馴染と夏祭りに来ているのだ。
「信成。私、焼きそばが食べたい」
「……色気より食い気」
「なんか言った?」
「いーえなにも。 ささ、行きましょう行きましょう」
怖い怖い。 まったく、昔は後ろくっついてくるだけの泣き虫だったくせに…… 本当、成長したよな。 束ねた後ろ髪、普段は見えない首筋に、少しドキドキしてしまった。
「なんでお祭りの食べ物って、こんな美味しく感じるのかなぁ?」
「馬鹿、美味しく感じるんじゃなくて。 単純に美味いんだよ」
夜店の脇、ガードレールに並んで座り焼きそばを二人で頬張る。 …女らしさもなんもない、上品と言う言葉が見当たらない。 まったく……
「そういえばさ」
「んー?」
「信成って友達いないの?」
「いるわ、馬鹿にしてんのか」
「え、だってさ。 今日みたいな日は、それこそ友達と一緒にワイワイしたいでしょ? なのに結局、高校生の間夏祭りだけは私と来てるから」
「……しょうがねぇだろ。 お前のばあちゃんの頼みなんだし」
お金いただいてるし! …なんてのは冗談で。 麻里のばあちゃんは俺のことも可愛がってくれてたからな。 一種の恩返しだ、そうだそうなんだ。 決して、こいつと祭りに来たい訳ではないのだ。 断じて違うのだ。
「ふーん。 でもさぁ、彼女とか作ったらさぁ…… ねぇ?」
「現実甘くねぇんだよ。 お前こそ、彼氏でも作ればいいのに。 そうすりゃ俺もお役御免ってやつだ」
「……あっそ」
そう言って、残りの焼きそばをたいらげる。拗ねたな、余計なお世話だったか。 まぁそんな簡単に彼氏出来たら俺なんかと来ることもないって話だ。 こうして俺と祭りに来てる時点で麻里にはハードル高いのかも。
……別に、凶暴なだけで。 顔も悪くないし、意外と気が利くし、スタイルも…… って、なーんで俺がそんなことを考えてんだ。 夏か、暑さのせいか。 まずい熱中症かな?
「あ、信成さん。 お疲れっす」
不意に呼ばれて振り返ると、部活の後輩が何人かいた。 ……あまり、見られたくはなかった。 知り合いに会ってからかわれるのはすでに慣れてしまったが、こいつらはまだよく知らないはずだ。 だから………
「信成さん、彼女いたんですね⁉︎」
……こういった、めんどくさい反応をするのだ。 はぁ、説明することすらもはや怠い。 君たちもう何も見なかったってことで帰ってくれないか? しかし、そんな願いも通じず後輩たちは勝手に盛り上がり始める。
「まじかぁ、羨ましいっす!」
「そっかぁ。 そりゃ、信成さん狙いのマネージャーも断られるわけだ」
「信成さん、彼女一筋なんですね!」
うん、お前ら本当に一旦黙ってくれ。 そして180度回転してまっすぐ何処かへ行ってくれ。 そういったお話、私の隣の凶暴な生き物は大っ嫌いなんですよ! 恐る恐る、麻里の様子を確認する。
「………誘われてたのに、断ったの?」
真剣な表情で俺を見る。 怒っている、ようにも見えるけど。 手を出してくる空気ではない。 俺は麻里の目を見れないまま、視線をそらして答えた。
「まぁ、そう……だな」
「私のせい?」
せい? ……別に、麻里のせいではない。 後輩のマネージャーに誘われたが、面倒そうだったから断っただけだ。 麻里はまったく関係ないのだ。
「お前のせいじゃねぇよ。 ただ、お前のばあちゃんにも頼まれてっから……」
「そんな仕方なくみたいな事ならさ… もういいよ。 ちょうど後輩たちも来たんだしさ。そっちと楽しめばいいじゃん」
そう言って立ち上がりーー 人混みの中へと走り去って行く。
「………な、なんか。 すいません」
……うるせぇ。 どうしてくれんだっての。
「お、俺らこれで。 ま、また部活で……」
そう言って後輩たちも何処かへ行ってしまった。
祭りは賑やかなままなのに。 一気に一人になった気分だ。 実際、俺以外みんなどっか行った訳だけどさ。
別に付き合ってない、ただの幼馴染だ。 いやそもそも、家が隣なだけだしな。 幼馴染がいるってだけで、周りが勝手な妄言吐いてるだけだ。 ほんと迷惑な話だっての。
あー、そうですよ。 あいつのせいでこんな目にあってるんだよ! 三年間、気になる女子いてもさ、麻里と付き合ってると思われて一線引かれてさ。 結局17にもなって付き合ったことないとかいう状況になってんだよ!
麻里のせいだ。麻里の両親、ばあちゃん、俺の両親。 みんな、周りのやつらが悪いんだ。
「………言い訳並べても、虚しいだけか」
……ん? 言い訳?
麻里が走って行った時、嫌だった。 追いかけられない自分が悔しかった。 後輩たちが話しかけてきて、うっとおしかった。 …ぶっちゃけ、邪魔に感じた。
焼きそばを美味そうに食べる姿が可愛らしかった。 浴衣姿は、いつもより女っぽくて………
「……素直じゃねぇな、俺は」
間に合うかな? 間に合うといいな。 許してくれるかな? もう、傷つけたくはないな。 伝わるかな? ……伝えないと。
逃げたいな…… もう、十分逃げてきただろ?
自問自答を終えて。 俺はその場から走り出した。
♦︎♦︎♦︎
「…………」
馬鹿。 馬鹿馬鹿馬鹿。 信成の馬鹿、女の子一人にするなんてサイテーだ。 そもそもあいつは女心が分かってないんだ。 もっとこうさ、男はエスコートしてさ………
「はぁぁ……」
マネージャーに誘われたって言ってたな。可愛いのかな? 私なんかより……. 一緒にお祭りに来たら楽しいんじゃないかな? 友達とかとワイワイした方が、あいつにはいいんじゃないかな?
別に、おばあちゃんのお願いなんて断ればいいのに。 うちの親だって、もうそこまで心配はしてないって。 一応、高校生なんだし。
……そうしないって分かってる。 信成は、優しいから。 私はそれが分かってて、甘えてる。 この日だけは、私は信成の隣を歩ける。 ……ずるいなぁ、私。 でも………
「……好きなんだから。 しょうがないじゃん」
望んだ答えが返ってこないかもしれない。 そう思うと、言えない。 知りたいのに、勇気が出ない。 幼馴染だから、隣にいれる。 でも、恋人になれなければ…… 元には戻れない。 それが怖い、そんなの嫌だ。 だから私はずるくなる。 今って関係を、続けようとしてるんだ。
「……今年が最後かもしれないのに」
浴衣、頑張って着てみたのに。 褒めてほしかったな。 可愛い、なんて言われたら。 気持ち耐えるの、多分無理だっただろうなぁ…… このまま、終わっちゃうのかなぁ。 やだなぁ、嫌だなぁ…… 好きな人との最後が、泣いた思い出なんて。 まだ、なんにも伝えてないのになぁ……
「会いたい、なぁ………」
瞬間。 左手首を掴まれた。 驚いて、咄嗟に後ろを振り返る。
「……なん、で」
「…はぁ、まだ。 っ、祭り、終わってないだろーが!」
息を切らせて、信成はそう言った。 それだけで、単純な私の心は満たされていく。
「……は、花火まだ、かな?」
「ああ、まだだな」
こっちを見ないで、信成はそう答える。 お祭りからは少し外れた、小さな公園。 でも、花火を見るにはベストスポット。 私たち以外にも、何人か集まっている。 最後かもしれない、二人で見る花火。 ……やばい、必死に押し込んだのに。 また泣きそう……
「麻里、お前さ」
「……な、なに?」
さっきまでどこかを見ていた信成の視線は、真っ直ぐ私を見つめていた。 ドキドキしながら、次の言葉を待つ。
「男と、付き合ったことないよな?」
「………う、うん」
「…よし。 じゃ、好きなやつはいるのか」
「え、っと、その……」
「いるのか?」
信成は、驚いたような落ち込んだような… とにかく変な顔をした。
「…えっと、その。 い、今はいない、かな」
「……本当か?」
私の答えに、若干嬉しそうになる。 …なにが聞きたいんだろう。 その、流れとか信成の顔を見てるとさ……… 変な期待とか、しちゃうんだけど。
「…じゃ、男と手を繋いだことは?」
「…あるよ。 そりゃ、好きな人とはないけどさ」
「うん、じゃあキスは?」
「…… き、キスって! あ、あるわけないじゃん!」
な、なんなの? なんか怖いんだけど……
「あのな、麻里」
「…うん」
変わらずに、信成は私を見ている。 それだけで余裕はほとんどなくなっている。 そして、ゆっくりと話し始めた。
「色々、考えた。 結論…… 麻里の初めてを全部くれ」
「…………」
……そ、それは。 こ、告白? な、なんかなんか! なんか、嬉しいけど違う!
「……えっと、それは」
「嫌か?」
「嫌って言うか、その…… どう捉えていいのか…」
「好きだ、麻里のこと」
瞬間。 触れそうで触れないままだった手が重なってーー 優しく、唇が触れた。
「………あ、えっと。 そ、その………」
「…焼きそば味だな、ファーストキスは」
そう言って笑う。 その笑顔と、このキスを。私はきっと、忘れないと思った。 嬉しいけど、恥ずかしくて。 顔が熱くなって。
隠そうとしても。 意地悪な花火の光が、私と信成を照らしたんだ。
♦︎♦︎♦︎
「ち、ちなみに」
「なに?」
「ゆ、浴衣! どう、かな…」
「……似合ってる」
「ほんと?」
「……ほんと」
「……あ、ありがと」
「…おう」
カラン、カラン、カラン。
(……周りのどんなやつより可愛いよ、なんて思ってても)
言えねぇよなぁぁぁぁ……… まだまだ、完全に素直にはなれねぇな。 ……でもまぁ。
一番大事な部分は、素直になれたから。 そう思って、離さないように、小さな手を少し強く握ったんだ。
祭りの一 完
……お祭りの焼きそばって、美味しいですよね。




