08
深い紺色のコートを羽織った男だ。背丈はわたしより僅かに高いか。一七五センチくらいだろう。更に近づくまでもなく、わたしの接近には気づいたようだ。顔がわかる距離になると頭を垂れてくる。
「あなたの墓でしたか」
と静かに男が言う。見れば、墓には華と線香が供されている。それを視認し、
「あなたが、これを?」
「ええ、どうも行き場所を間違えてしまったようなのですが、それで持ってきたものを捨てるのも忍びなく」
と妻と先祖代々の墓を目で示し、
「こちらに供えさせていただきました」
「失礼ですが、ご親戚の方ですか」
とわたし。男の放った言葉の意味がわからなかったからだ。覚えがないから初めて会う人間のはずだが、他の言葉が思いつかない。
「人は皆、広い意味では親戚といえるかもしれません。人類皆兄弟とも言いますから。いや、失礼」
こちらの不快そうな表情に気づき、男が弁明する。
「他意はありません。それに新興宗教や既成宗教の伝道師でもありません。ただ、こちらのお墓に呼ばれただけで」
「呼ばれた」
「ええ、少し淋しそうに感じたのですね、ここが。それで供えさせていただきました」
こちらを見つつ、
「ああ、済みません。あなたも持って来ていますよね、故人への供物を」
と言う。
「どうぞ、どうぞ、こちらには構わずに。何と云っても、あなたのお墓なんですから。お気になるようなら、わたしの分は片づけます」
「いや、それには及びません」