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「だって嫉妬に駆られたのはあなたの方だもの。思い出を作り替えたのもあなたの方。あなたはわたしを失い、『わたし』を失ったのよ。だから……」
ソレがもうわたしの面前まで迫っている。息がかかる距離まで。無味無臭の息だが。それが感じられないのは何故……。
「あなたに『わたし』を取り戻させてあげるために、わたし、戻ってきたのよ」
ぞっとするような優しい笑みを浮かべてソレが言う。しなやかな、けれども歪な白い両腕がわたしの首筋に伸びる。ぐっと掴んで力を入れる。微笑は絶やさぬままに。
「ありがとう。『安らかに眠れ』」
最後にソレはそう言ったようだ。
自分の頚骨が折れる音がわたしの耳に聞こえる前に。
それから死んだ『わたし』をそのまま残し、ソレが立ち去ろうとする。近くで一部始終を見ていた女に気づくと素早い動きで殴り倒す。丁寧に服を剥ぎ、持ち物の幾つかを奪う。その後、ソレ自身に血が吹きかからないような的確さで女の首を引っこ抜き、何の感慨もないまま歩道に放り投げる。
翌朝、二つの遺体の第一発見者のビル清掃人の通報を受けて警察が現場に到着したとき、ソレは近くのホテルの一室で眠っている。おそらく安らかに……。
新しい『想い』の鎖が繋がり広がるのを感じながらかもしれない。(了)




