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9 スッピンで城下町へ

王都の城下町は、すっかりと闇が君臨し支配していた。

通りに立ち並ぶ家や店からは、ぼんやりとした淡いオレンジ色の灯が漏れてきて幻想的な雰囲気だ。


私とレダは歩道を歩く人々に溶け込むように、そんな夜の風景へと化していた。

あのベリル様と秘密の契約結婚の協定より、一週間が経過。

フォーマルハウトとカストゥール両家にて、予定通り水面下では婚姻の交渉が進んでいるだろう。

そのため、私は町へとやってきたのだ。

きっとフォーマルハウト家に嫁いでしまえば、今のように屋敷を抜け出して町に出るなんて出来なくなるだろうから――


「ストレス発散には、やっぱり美味しい食べ物よね!」

「羽目を外さないで下さいよ。貴方は目立つのですから」

「え? それは無いわよ。だって今、この恰好だし」

隣を歩くレダから言われたその台詞に、私は速攻否定。

今の私は夜光蝶と違い、完全に素。ただのセラフィになっている。

いつものように転んだら大怪我間違いなしの高いヒールではなく、ペタンコの地面を感じる靴。

そして体のラインに沿ったドレス姿ではなく、飾りっ気のないシンプルな鼠色のワンピース。

勿論、スッピン。


そのため、町の風景に違和感をもたらさずに済んでいる。

もし仮にフルメイクの私が歩いていたら、この辺り一帯は騒然となっているだろう。

そして駆けつけたゴシップ記事の餌食に。

でも今は素顔。そしてラフな服装。

そのため、今はそんな事を心配することなく心身ともに羽を伸ばす事が出来ている。

だからレダの懸念は不要。


「確かに貴方は、今はマリーです」

マリーとは、私が町で使用している偽名。

勿論これは敬愛する祖母から拝借している。

流石に城下町では、本名を名乗るわけにはいかない。

そもそもスッピンのため、いつもの夜光蝶のイメージが皆無。

そのため、知り合いとすれ違っても気づかれることはないだろう。


両親の嫌味から身を守るために武装した化粧という仮面。

それを外している時はただのセラフィだ。


「自分で鏡を見てわかると思いますが、素顔は可愛いんですよ。鈍感だからそういう視線気づかないと思いますが」

「はぁ!? 鈍感ですって?」

相変わらずのレダに対して、私はまたしても侯爵令嬢らしくない声を上げる。

褒めたかと思えば、いきなり下げる台詞。

だがしかし、ここで絶賛される言葉だけ紡がれても違和感しか残らないのも真実。

故にこれを日常として受け入れた。


「引っかかるのは後半ですか。前半気にして下さいよ」

「別に私は可愛くなんてないわよ。両親曰く醜い庶民顔だから」

「それで醜いなら、貴方の両親は美意識狂っています。……というより、あんな屑どもの言葉をまだ気にしているんですか?」

「屑どもって……たしかに毒な両親だけどさ……あの人達に訊かれたらどうするのよ?」

「こんな所歩いているわけないじゃないですか。選民思想の持ち主なんですから。はっきり言っておきますけど、道行く男達の視線を全て根こそぎ奪えるぐらいに可愛いですよ。両親に真っ黒に染め上げられているから麻痺していると思いますけど」

「ごめん、やっぱりわかんないや……」

私は苦笑いで答えた。

夜光蝶の時は化粧をお母様に似せているからあれだけど、スッピンは可愛いのかわからない。

物心ついた時からずっと容姿の事を両親に言われていたから、それがまだ根強く残っているのだろう。

だって「そんな醜い顔で外出るな。うちの家名を汚すのか」「本当にあの汚い女にそっくり。私の子じゃないわ」と、父親や母親に言われ続けてきたためか、未だに自分の顔に自信が持てないのだ。

なかなか呪縛から逃れられない。


「……まぁ、そんなお嬢様ですから、私が傍にいるんですよ。あの時……助けて貰ったあの日より、私の命は貴方のために使うと誓いましたから」

「別にそんな風に思って欲しくて助けたわけじゃないわ……」

少し苛立ちを含んだ呟きを漏らし、私は足を止めた。


レダとは七つの頃からの付き合いになる。

庭の銀杏の葉が祖母を失ったばかりの私と同じように鮮やかさを失い、地で葉を枯らしている季節。

暗闇を太陽が掻き分け始めた夜明け前。

離れの庭にて、見ず知らずの少女が倒れているのを私は発見した。


始め目に飛び込んできた彼女を見た時は、もう駄目かと思った。

真っ赤に染まった衣服に、荒い息。顔色は青を通り越して白っぽかったから。

それは、まるで羽をもがれた小鳥。

地面にうつ伏せになったまま弱々しい息を繰り返し吐き出し、死神の迎えを待っているようだった。

不審者。しかも一目でわけありとわかる。


それでも私はレダを保護した。

祖父母ならそうするという正義感からではなく、今にして思えば、弱者を助けて心を保とうとしていたのかもしれない。そんな醜い感情だったのかも。

後ろ盾を失い、両親の元に一人残された悲劇から逃れるために――


彼女が何者か。それを知る事が出来たのは、数時間後に訪ねて来たレインにより公爵家当主暗殺未遂事件を知らされた時だった。

きっと私が保護していると核心に近いものを持っていたのだろう。

「君が拾ったもの、必要なら持っていても構わないよ?」とだけ告げると、レインそのまま去って行った。どうして見逃したのか、未だにあの幼馴染が何を考えていたのか理解出来ない。

レインが裏できっと手を回してくれたのだろう。年上の幼馴染は、あの頃からずっと頭が良く大人びていた。

だが、そのお蔭で私こうしてレダと一緒にいられる。


「……わかっていますよ。だから馬鹿なんですってば、貴方は」

先を歩いていたレダは、私が足を止めたのに気付いたらしく振り返った。

その時に僅かに目元が優しくなっているような気がするのは、都合のよい幻覚だろうか。

あの時どうして自分が助けたのかわからない。

でも今は友達のように思っている。

願わくは、自分と同じように思っていて欲しいというのは我が儘だろうか。


「さぁ、行きましょう。白竜騎士団の見回りに遭遇したら面倒になりますよ」

「白竜……? あぁ、ベリル様ね。この顔だと会ってもわかんないわよ。それに、騎士団の見回り時間ってもっと遅いはずよ。大丈夫」

「なんか、運命的に遭遇とかありそうじゃないですか。お嬢様、時々変なトラブル運持ってそうですし」

「やめてくれない? 大丈夫だってば。ベリル様って騎士では上の役職だから、そんな人が自ら見回りなんてしないでしょ? なんか偉そうなしゃべり方していたし」

「しゃべり方関係ないですよね?」

「良いから行きましょう! マスターも待っているわ。早く卵サンド食べたいし」

私はそう告げると足を踏み出し、馴染みのお店へと向かった。





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