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7 ベリルの屋敷にて

ゆらゆらと揺り籠のように動く馬車内にて。

私はロロ様の横に並ぶように座っている。

屋敷の花壇をゼラニウムの香りが包む時期とはいえ、やはり闇に染め上げられた時刻では、風が肌を撫でつけ少々寒い。

だが、私はロロ様が羽織らせてくれたジャケットがあるためそんな思いをしなくても済んでいる。


「ロロ様。申し訳ありません、私事に巻き込んでしまいまして……」

「君は僕の愛する人だよ。それはつまり僕にとっても関係がある事じゃないか。何処にも遠慮する理由はないはずだ」

肩に手が添えられ、私はそれを合図のようにそのまま身を任せる。

狭い馬車の中で酔いしれるのは、彼の温もりだけ。

このまま二人だけの世界に良ければいいのに。なんの面倒もない。二人だけの世界――


だが、そうはいかないのが現実。数分後にはベリル様の屋敷へと着いてしまった。


――っつうか、でかすぎるんですけどっ!?


目の前に広がるのは、危うくキャラを忘れそうになって叫び出しそうなぐらいの大きな建物と敷地。

実家を出て独立し屋敷を構えていると伺っているけど、どんだけ金持ちなのだろうか。

商いには関与して無いはず。騎士ってそんなにお給料いいわけ?

いや、でもこの維持費は……

考えてもきりがないのはわかっているが、ますます謎の男になった。

あのベリル様が。


端と端が全く見えないぐらい大きな敷地内に聳えたつ館。

無駄に敷地だけあるカストゥール家は、貴族の中でも屋敷の面積だけは大きかった。

それは何代か前の先祖が上げた功績のおかげ。

王より下賜された土地だから。そのため無駄に広い。敷地だけは。

だから面積だけは自身があった。

その維持費捻出が難しいため、建物はガタが来ているし庭は荒れているが。

でも、うちよりもこちらの方が遥かに大きい。


「ここがあのフォーマルハウト家・次男の屋敷……」

石垣に囲まれた屋敷はまだ真新しさを残し、私達を歓迎している。

城のような存在感に、フォーマルハウト家の力を見せつけられた気がした。

数多くの貴族所有の屋敷や別荘を見てきたけれども、このように思わず呆然と佇んでしまう物件は初めてだ。

それは隣のロロ様も一緒だったらしい。

呆気にとられているらしく、言葉一つ口にすることを忘れてしまっていた。


「ロロ様」

「あぁ。そうだね……」

私がロロアルトの腕へ触れ促すと、彼は正気に返ったのか、はっと顔を上げ、ぎこちない微笑みを向けた。


二人してなんとか足を動かし、長く続く石畳みを歩き玄関へと向かう。

すると待ち構えていたドアマンにより屋敷内へ通され、そのまま流れるように執事の先導によって部屋へ。


辿り着いた先で扉を開けて貰い、室内へと足を踏み入れた。

すると左手にあるソファに、まるで玉座のように我が物顔で体を沈めているベリル様の姿が目に飛び込んで来た。

彼は私達を視線で捉えるや否や、「ようこそ」と明らかに棒読みで歓迎していなそうな声音を発すると、テーブルを挟んで反対側にあるソファへと席に着くように促してくる。

着席するのを見届ければ、執事に対し「ナセアにお茶を持ってくるように」と伝え、彼は足を組みかえた。


その上から目線に対し、挨拶する時は立ちなさいよ! と若干米神を引き攣らせたが、一応客なので口を閉ざす。心の中で「落ち着け。キャラ設定を忘れずに」という、呪文を繰り返し唱えながら。


「どういう事ですか? セラフィが貴方と結婚とは」

ロロ様が早速とばかりに切り出す。


「そのままだ。大体予想は付くだろう? 貴族と縁を結びたい実業家と、金が欲しい没落寸前の貴族。利害は一致している。先に言っておくが、侯爵家の負債額は貴方が立て替えるには、額が大きすぎるぞ」

ベリル様はテーブル越しのロロアルトを嘲笑う。

それを受け、ロロ様は歯を噛みしめ屈辱に耐えているようだ。

ロロ様とて貴族であるが、上級貴族ではない。

その上、金銭的な事を付属させれば分が悪いのは明白。なんせあちらは天下のフォーマルハウト家だ。


そして私自身もこの状況を打破する策も力もないのは身に染みている。

……さて、どうするかと、唇を噛みしめ思案しているとノック音が耳に届いた。

それと共に付随した「旦那様。お茶をお持ちしました」という、室内へと浸透していく可憐な声。


ベリル様がそれに許可を与えると扉が開き、メイド服姿の少女がワゴンを携えて現れた。

肩に付かないように綺麗に切りそろえられた髪に、夜空のような漆黒の瞳。

丸くふっくらとした輪郭は幼い印象。それがなおの事えくぼにより、拍車をかけ際立たせていた。


妖艶な夜光蝶を演じている私とは反対の属性を持つ少女だ。

かと言って、アトリアのようでもない。

あえて例えるならば、庇護欲駆り立てる自然の小動物のような愛らしさ。


彼女はやや緊張した面持ちで室内へと入るとお辞儀をし、さっそく準備を始めた。

どうやら先ほど執事に伝えていた茶の準備をしてくれるらしい。


「ナセア。お茶はいいからこちらに」

私は気づいた。そう告げるベリルの声音が、僅かだが角が取れている事に。

優しさを含んでいる上に、表情が緩くなっているように感じる。

メイドは一瞬だけ戸惑うような仕草を見せたが、顔の緊張を解き、ソファへと足を進めベリル様の元へと佇む。

だがすぐに立ち上がったベリル様に腕を引かれ、その隣へと強制的に座らされてしまう。

その様子に私でなくても気づくだろう。

現に隣のロロ様が目を大きく見開いていた。





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