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44 ガサ入れ

昼下がり。塔のように聳え立つカストゥール家の前に俺とレダはいた。

澄み渡る青空が天を支配し、時折吹く風が心地よく、昼寝をするには絶好のコンディションだ。


「相変わらず屋敷は素晴らしいな」

流石は旧貴族。今では目にする事ができない職人達の技が所々に窺え、質の良い屋敷だと一目瞭然。きっと途方もないぐらい莫大な時間と金をかけて築き上げたのだろう。細部にまでこだわっているのが理解出来る。


――それなのに勿体ない!


建物は素晴らしいものだが、劣化している箇所が多く見受けられるのだ。

外壁などには一切手をかけていないのか汚れやヒビなどが目立ち、貴族内でも上位の立派な屋敷と屋敷だというのに全く手入れが届いていない。こんなにも芸術性の高いというのに、なんてことだ。

自分達を着飾るために注ぐ宝飾品代を屋敷に回せばいいのに。


――やっぱり修繕したい。だが、あまり口を出すのもなぁ……


「――……旦那様。ここはフォーマルハウト家ではなくカストゥール家ですが」

隣に佇んでいたレダは、相変らずの表情筋が仕事を忘れてしまったままだ。

セラフィならば、レダが笑った所を見たことがあるのだろうか? 俺にはレダの笑顔なんて全く想像が出来ない。


「私はフォーマルハウト家の手伝いと伺っていたはずですよね?」

「わかっている。中で説明するからちょっと待っていろ」

俺はそう告げると、騎士服の胸元のポケットへと手を滑り込ませるようにし、とあるものを取り出す。硬質な感触を感じている掌を広げれば、日の光に反射してそれが輝きを放った。


「鍵ですか……?」

訝しげな声でその物体の名を口にしたレダに対して俺は頷く。


「あぁ。カストゥール家――この屋敷の鍵だ」

「何故旦那様がこれを持っているのですか? そう言えば妙だと思ったんですよね。人の気配が全く感じられない。これは一体どういう事ですか?」

「使用人は全員慰安旅行中。勿論、その間の賃金も俺がちゃんと支払っているから問題はない。侯爵達も同様に旅行に行って貰っている。そちらも旅行代はこちら持ちで」

旅費と小遣いをこちらで負担すると言ったら、セラフィの両親達は両手を上げて何の疑いもなく外出。

単純で助かった。これで俺のやりたい事がやれる。


「あぁ、なるほど……邪魔な奴らを追い払ってその間にガサ入れですか。そして私は案内役。なるほど……案件はこの間言っていたお嬢様の異母兄弟の可能性?」

「その通り。セラフィには黙っていろよ」

「勿論ですよ。これ以上背負わせる必要なんてありません。しかし、いいんですか? 不法侵入なんて騎士を首になりますよ」

「不法? ここは俺の家だ。税金の支払いをこちらで引き受けたいから、名義だけ俺に変えて欲しい。生活は今までのままで構わないと言ったら喜んで名変してくれたぞ。しかも、またあいつら借金して根抵当入っていたから返済して抹消しておいた」

「またですか?」

「あぁ、ギャンブルらしい。もういい加減に懲りればいいのにな」

「きっと一生治らないですよ」

「一応セラフィの両親達にバレた時のために、ガサ入れの許可も念のために貰ってある。白竜では難しいから、レイン様に頼んで蒼竜で。旧貴族だから捕まらないでいるが、結構侯爵達はあくどい事やっているからな。多少の後ろめたさはあるだろうし」

「あの腹黒も絡んでいるんですか……」

「腹黒?」

「いいえ。なんでもありません。すでに根回しは終えているようですね。わかりました。案内致しましょう」

「頼む」

何か出て来てくれれば、ここから先に進む事が出来る。

早く決着を付けてセラフィを解放してやりたい――


異母兄弟の件が見つからなくても、他に何か決定的な証拠でも構わないのだが。







レダにまず案内させたのは、侯爵の書斎。おそらく、あの男のことだから重要な書類を置くのは手元のはずだと考えた。

金庫かとも考えたが、金にルーズな人間なのでそこまで慎重にはなっていないだろうと推測。

さっさと探しだそうと意気込んでいたのだが、そうやすやすとはいかないようで、俺は集中力を途切れさせられてしまっていた。

この環境の中での捜索は結構キツイ。


「……おい。なんでこの部屋は贋作が多いんだ?」

フォーマルハウト家に生まれ、幼い頃から本物・偽物を見分ける真贋の鑑定力を身につけさせられたせいか、贋作などはすぐに見分けがつく。そのため、うちにあるものは全て本物。

だが、ここは違った。室内に入ってさっと周りを見て驚愕するぐらいにほぼ贋作ばかり。しかも、何故わからなかった? と首を傾げたくなるようなかなりの質が悪い代物。

そのため、ついそっちに意識と視線が向いてしまうはめに。


「え? 贋作ですか?」

「お前、気づかなかったのか。ちなみに廊下に飾られている調度品にも贋作が混じっていたぞ」

「興味ないんで見てないです。基本的に金貨とかの方が欲しいですし。しかし、流石はフォーマルハウト家。すぐに見分けられるんですね。騎士じゃなく、鑑定士になればいいのに」

「いや、逆に凄いのは侯爵達だ。紛い物をこれだけ収集できるとは……しかも、クォリティ低い。ある意味才能だ」

「そんな才能欲しくないです」

「この部屋にある本物より贋作を数えた方が遥かに多い。随分騙されたな」

売った奴らは随分と儲かっただろう。全く知識のない人間にこんな造りの甘いものを高値で販売していたのだから。

一体いくらで購入していたのだろうか? 深くは考えたくない。


「へー。じゃあ、この中で一番高価なものは?」

「……お前、持って帰るなよ」

「一応聞いてみるだけです」

肩を竦めたレダに対して、俺は嘆息を零す。

やりそうだ。この女なら――


「そうだな……」

辺りを見回し棚から陶板画を取り出した。ツルツルとした表面にはあどけない表情をしたままこちらを見ている少年の姿が描かれている。


「これだ。レゾという作家が作ったものだ」

「レゾ……? どっかで聞いた事があるような無い様な……」

レダは顎に手を添え、何か深く考えているようだ。

レゾは三十年ぐらい前に釜を構えてから活躍しているので、聞いたことがあっても不思議でもなんでもない。人気に火がついたのは昨今だが。


――まぁ、今は陶器よりも書類の方が先だ。恋文の類でも出てきてくれればいいのだが。


レダを放置し捜索を続けるために、机の引き出しに手をかけて引いたが、ガチャンという音だけが耳朶に届き、引き出しは微動だにせず。どうやら鍵が掛かっているようだ。

無理やり開ける事も可能だが、流石にそれではバレてしまう。後で道具を持ってきて開けるとしよう。そう思った瞬間、「あっ!」という声が室内へと響き渡った。


「どうした?」

「思い出したんですよ。レゾという名を。それを侯爵に渡した女性。その息子がレゾだったんです」

「女性?」

「えぇ。あれはお嬢様が十歳ぐらいの頃だったでしょうか。その時はいつも通りお嬢様を置いて侯爵達は外出。その時に尋ねて来た人がいたんです。とても綺麗な瑠璃色の髪の女性と漆黒の髪をした少年でした。衣服が上質でしたし、言葉遣いなどから察するに貴族。彼女がお嬢様に渡したんですよ。それが奪われてここに」

「昔からセラフィの両親はそんな感じだったのか」

「えぇ」

腸が煮えくり返る。実の娘になんて仕打ちをするのだろうか。


「しかし、何故彼女は自分の息子と同じ名前の作品を?」

「覚えやすいようにでしょうか?」

「わからない。だが、気になるな……瑠璃色の髪の貴族か。レイン様ならご存じか?」

そう呟いた時だった。


「僕の事よんだ?」

という軽い声と共に扉が開かれたのは。







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