43 残りの問題は
――……さて、どうするか。
白竜騎士団の執務室にて。
俺は椅子に深く凭れかかりながらカストゥール家について考えていた。
霧の失踪事件は無事解決したけれども、まだこちら――セラフィの両親の問題は未解決。
屋敷への訪問があった場合は追い返すようにとの指示を出しているが、それ以外で接触されてはどうしようもない。
このままセラフィとの関係を絶ってくれるのを願いたい。だが、そうやすやすと引き下がるような相手ではないだろう。
フォーマルハウト家がセラフィのバックに付いているのだ。
一番良いのはカストゥール家を廃止。だが、そんな事を旧貴族達が許さない。
カストゥール家自体は名家中の名家らしく、過去には宰相も務めた者までいるそうだ。旧貴族は尊き血。だから、彼らはセラフィの父親を見逃している。
ならばどうするのが良いか?
潰せないなら代替わりをしてしまえばいい。要するに、セラフィが継げばいいのだ。そしてセラフィの父親達を遠くの地に追いやり、二度と接触を禁じればいい。
爵位は主に男が継ぐのがここでは一般的だが、過去に例がなかったわけではない。
旧貴族が大事にしているのは血。それをセラフィならクリアできる。
または、セラフィが貴族で領地管理できる旧貴族と結婚して……――
そこまで考えて胸に棘が刺さったかのような違和感を覚えた。
この感覚には覚えがある。
「早くないか? 俺」
ナセアと別れて半年を少し過ぎたばかり。
それなのにセラフィを好きになっているとは。
途中から目が離せなくなったのは自分でも理解出来ていたが。
「衝撃だったもんな……あのスッピン……」
セラフィと共に一緒の時間を過ごして色々あった。
特に衝撃の度合いが高かったのはスッピン。
あの妖艶キャラが演技で実はあれは全て作りもの。しかも、普段は倹約志向。そんなこと、誰が想像できたのだろうか。
化粧後の顔があんなに変わるなんて!
そのため、一度あいつの正体を知らず町で遭遇した時は気付かず。
声は同じだったはずだが、顔を入れ替えたように別人だったためどっかで聞いた事があるような声だなという印象で終わった。
素顔から化粧後の工程が気になって、何度か俺の目の前で化粧をしてくれと言った事があるが、あいつは頑なにしてくれなかった。
どんな道具を使ってどんな方法でやっているのか、これが気にならないはずがない。
「思い切って長期休み取るか」
霧の失踪事件も解決し王都は平和。
カストゥール家の事で動くならば今だと思う。
――レイン様に少し相談しに行くか。
あの方はセラフィとアトリア嬢のためなら動くはずだ。
俺にはあまり好意的ではないような気がするが、セラフィのためならきっと協力してくれるだろう。
「よし、早速……――」
そうぽつりと零した時だった。何の前触れもなく執務室の扉が開いたのは。
乱雑に開けられてしまったせいで、「バンッ」と壁に当たった音で室内は包まれてしまう。
「大変ですっ!」
そこに佇んでいたのは、部下のイオだった。
「おい、なんだ。またセラフィでも来たのか? あのな、扉壊れたらどうするんだよ。うちはそんなに予算割り当てされてないんだぞ。修理代どっから出せばいいんだ……」
「セラフィ様ではありません! そんな幸運なら大歓迎です」
「じゃあ、どうした?」
「……マベルの奥さんが乗り込んで来たんですよ。ここに!」
「はぁ?」
イオの発言に、俺は眉を顰める。
「乗り込んで来た? もしかして、マベルの奴は夫婦喧嘩でもしていたのか? なら、さっさと落ち着かせろよ。ここ仕事場だぞ!」
「えぇ、そうなんですが……」
「夫婦間のことに関してはいくら部下だからとはいえ、よく事情を知らない外野が口を出すわけにはいかない。二人で話し合いをさせてやれ。会議室貸し出しの許可出してやるから」
「……ですよね。では、お願いします」
「それも上司の仕事なのかっ!?」
「怖いんです! もう、何言っても落ち着いてくれなくて……周りの物分投げまくっています……修繕費はマベルの給金から引いて下さい」
セラフィの事やカストゥールの事など色々と考えなければならないのに、まさかよその夫婦関係の修復の仲介をしなければならないとは。
騎士の仕事の苦労ならば、乗り越えて行けるのに。
「大体、なんで喧嘩しているんだよ?」
「浮気騒動だそうですよ。話を聞くとこの間霧の失踪の臨時給金出たじゃないですか? あれを黙ったまま飲み歩いていたのが原因みたいです」
「浮気騒動なら尚更外野が……――あ」
頭の中を光のようにとある案が駆け巡っていく。そうか。浮気だ。もしかしたら――
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「……え? 異母兄弟ですか……?」
夕食後に人払いをし、日課となっているセラフィと茶を飲みつつ彼女に尋ねてみた。「お前の両親に愛人が作った子供がいるのか?」と。
それを聞き、セラフィは小首を傾げている。
「いそうにないか?」
「可能性はゼロではないと思いますよ」
それに答えたのはレダだった。
「現に両者愛人がいますし。認知は別として」
「その愛人は貴族か?」
「貴族もいるんじゃないですか? ただ、旧貴族などの高貴な血筋はいないと思いますけど。だって、金のない没落貴族の愛人ですよ? プライド高い旧貴族は絶対にありえないです」
「そうだよな……そんな都合よくいかないよなぁ……」
俺はテーブルの上に置いてあった籠から、貝の形をした焼き菓子を摘まむ。そして、それを頬張った。
バターの焼け焦げた香りと口内に広がる素朴な甘さ。甘い物は別腹というがそれは本当かもしれない。
―― 一応、あの両親の身辺調査をしておいた方がいいのかもしれない。
あの時に執務室で浮かんだのは、セラフィの異母兄弟がいるかもしれないという期待だった。
旧貴族の連中はカストゥールの名を残したい。ならば、誰かカストゥールの血筋を引く者に爵位を継承させればいい。だが、上の人間を納得させるような血筋を持つ者がいるかが問題だ。
「何かあったのですか……? まさか、両親がまた……?」
青ざめたあいつが震える声で尋ねてきた。
「いや、何もない。ただ、相続関係などもあるからな。いざという時のために把握しておきたかったんだ。最近色々物騒だからな」
「……そうですか。何もなくて良かったです」
心からの安堵の息を零したセラフィに、俺は胸が痛む。
あんな両親に大切な指輪を渡す羽目になっても、こいつは誰かのために自分を犠牲にする。
だから、この件はセラフィには黙っているつもりだ。
「お前、カストゥール家をどうしたい? はっきり言って今のままでは没落まっしぐらだ。お前の弟が跡取りだそうだが、そこまで持たないだろうな。うちの融資で首の皮繋いでいるがそれ以上に金使っている上に領民からの評判もかなり悪い」
「正直に申しますと滅んでしまえばよいと思います。ですが、カストゥールの名は憎しみの対象であると同時に祖父母が守ってきた大切なものでもある。そのため、色々と複雑な感情が……」
「なら、誰か別の者が侯爵家を継ぎ領地を治めるのはどう思う?」
「それは歓迎いたします。領民の事を思えば今すぐにでも。ですが、今のカストゥールの名にそこまでの価値はありません。負債が大きいですから誰も手を上げませんわ」
「まぁ、そこは置いておけ。とりあえず、お前がカストゥール家をどう思ってどうしたいかが知りたかったんだ。あぁ、そうだ忘れていた。レダをちょっと借りたいんだがいいか? 来週か再来週辺りにフォーマルハウト家の方の手伝いをして貰いたくてな。いま忙しくて人手が足りないんだよ。日にちが決まったらまた知らせる」
「えぇ、構いませんわ。レダ構わないかしら?」
そのセラフィの問いかけにレダは一礼をした。