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42 金貨鑑定

「ベリル様! レダっ!」

「セラフィ?」

「お嬢様!」

視線が絡むと二人は目をひん剥いた。かと思えば、二人共目を細めて私の方へと足を踏み出そうとしたので咄嗟に叫ぶ。

敵の親玉がすぐそこにいるのだ。


「あっち! あっち!」

「え?」

と慌ててレダ達の後方を指で示せば、二人は同時に振り返った。


「金塊じゃないですか。お嬢様。これだけあれば一生遊んでくらせますよ!」

「お前、その前を見ろ。人がいるだろうが……」

「あぁ、諸悪の根源ですね。表ではいい人ぶって、裏では人身売買の親玉ですか。それでこんなに稼いで大層なご身分で」

「お前はセラフィと一緒に安全な場所へ避難しろ。あいつは俺が捕まえる」

「いいえ。ここは私が。旦那様はお嬢様を」

そこで自分がと言われると思っていなかったのだろう。ベリル様は一瞬だけ時間が止まったかのように固まり、不思議なものでも見るかのような表情でレダを見ている。


「それからちょっと伺いたいのですが、ここにある金貨とか本物ですか?」

「はぁ?」

この緊迫した状況の中で出たレダの質問。それに対してベリル様は、頭おかしいのか? という台詞を貼り付けたような顔をした。


「早くして下さい。蒼竜騎士団が来てしまいます。あいつら面倒なんですよ」

「……はぁ? むしろ、応援が増えて喜ばしい状況だろ。……お前、何を考えているんだ……?」

「いいから早く金貨鑑定して下さい。出来るんですよね? 家柄的に」

迫立てられ、ベリル様は渋々と屈み込んで足元に転がっていた金貨を一枚拾う。そして何やら角度を変え観察。


「本物の金貨だ。ライオンの刻印と番号が刻まれている。これは公的機関で保障されたもので、世界中の銀行で取引が出来る証拠。重さと触り心地から偽造でもない」

「そうですか。ありがとうございます。でしたら、やはりここは私に任せて下さい」

「お前に任せるのが不安だ。とにかくセラフィを連れて行け」

「絶対に嫌です」

何故か双方譲らない。なんだか、微妙な気持ちになってしまう。

結局押し問答が永遠に続きそうなので、ベリル様が身を引いたのだろう。嘆息を零すと肩を落とした。


「……大丈夫なんだな」

「問題ありません。ただ、殺さない加減が難しいだけです」

「お前の正体がなんとなくわかりかけたが、聞かなかったことにする」

「さぁ、早く。あぁ、侍女の給金に危険手当付けて下さいね」

「無事屋敷に戻って来たらな」

そう告げると、ベリル様は私の元へとやってくる。近くで交わったその瞳が一瞬泣き出しそうに見えたのは気のせいだろうか。


「行くぞ」

「はい」

私は首を縦に振ると、今度はレダの方へと視線を向けた。

「明日、針鼠の歯車の卵サンド食べ行こうね」

だから無事帰ってきて。その言葉に込められた意味を理解しているのか、レダはこちらに背を向けたまま片手を上げた。




どこからともなく血なまぐさい香りが漂い、私の心も体も戦慄いていた。

おそらく立ち止まったら最後。恐怖に蝕まれているこの身は動いてくれないだろう。ただひたすら走り続け、目の前のベリル様へとしっかりと着いていく。

秘密の部屋から抜け出て、商会の一階へと脱出することに成功。

だが、そこは戦場のようだった。柱や壁には刀傷が見え、転がっている敵の屍が深紅のカーペットを色濃く濡らしている。まだ息がある者もいるのか、うめき声も時折耳に入ってくる。


「どうしてこんな事に巻き込まれているんだ、お前は!」

「そんな…に怒らない…でよ。もうレインに……嫌味言われたからわかっている…わ」

荒々しいベリル様の叫びに対して、私はすでに体力が限界を越えてしまい呼吸も荒くなっている中、なんとか唇を動かし言葉を紡いでいく。


「迷惑かけて…ごめんなさい………ちゃんと…屋敷を出て行くから……」

居候の身でこんなに多大な迷惑をかけたのだ。彼の怒りも理解できる。


「わかってない!」

急に立ち止まり、振り返ったベリル様。その眼差しがあまりにも痛みを含んでいたので、心臓が締め付けられてしまう。


――……どうしてそんな目をしているの?


置かされている状況も忘れ、ただ自分とベリル様の存在をだけを感じる。まるでこの世に二人きりしかいないようだ。

強すぎるその視線が、まるでこちらの忙しなく揺れ動く心を見透かすようで、私が俯きかければ、急に腕をつかまれ引き寄せられてしまう。

そしてそのまま、あっという間にベリル様の背にかばわれていた。

次の瞬間、耳をつんざくような硬質な物同士がぶつかり合う音が場に響き渡る。


「え……?」

ベリル様と壁の隙間から覗くように顔を出して息を呑んだ。

明らかに破落戸だとわかる男の振り下ろした刃を、彼が剣で受け止めていた。

「ベリル様!」

「危険だから、少し下がっていろ」

その声に素直に従い、邪魔にならない場所へ。ある程度距離を取り、私は両手を組み彼の無事を祈った。


――お願い。お爺様、お婆様。


その祈りのお蔭か、実力か、ベリル様は男の刀を弾き、そのまま上体を少し屈めて男へ向かって剣を振り下ろす。すると空中を染め上げるように血飛泡が舞った。

そのため、わずかの間だけ思考を真っ白な布で覆われかけたが、何か大きな物が床に倒れる音により意識を取り戻せた。

体を横たえている敵。どうやらベリル様が倒したようだ。


目の前で初めて人が斬られるのを見たせいか、ベリル様が無事だったせいか、私の体はまるで骨が溶けてしまったかのように力が抜け、そのまま地面へとへたり込んでしまう。

「良かった……」

「おい、セラフィ!」

それに気づいたらしいベリル様は、慌ててやってくると屈み込み視線を合わせる。


「彼はもう……?」

「いや、生きている。急所は外してあるからな。それよりどうした?」

「申し訳ありません。腰が……――」

「お前、初めて見るのか?」

「えぇ……」

「なら仕方ないだろ」

そう告げるとベリル様はこちらに手を伸ばした。その後、ふわりと私の体が浮遊する感覚に包まれる。どうやらベリル様に抱きかかえられているらしい。

俗にいうお姫様だ。そう自分理解した時、羞恥心のあまり気を失いたくなった。

頬だけでなく耳まで薔薇色に染め上げられ、唇は戦慄いている。


「お、おっ、降ろして下さい!」

「黙っていろ。仕方ないだろ。こんな所に置いていくわけにいかないし」

「ごめんなさい」

「謝るな。行くぞ」

「ですが……」

こんな無防備な状態では、現れた敵に容易く斬りつけられてしまう。

自分のせいでベリル様まで死んでしまったら、私は自分が許せない。そのため、手を伸ばしてベリルの騎士服を掴んだ。


「このままではベリル様が怪我してしまいます」

「あぁ、それなら大丈夫だ」

彼はそう言って苦笑いを浮かべ、視線をこれから進むべく道へと向けた。

「ほら、問題ないだろ?」

それを追えば、「隊長―っ!」という声と共に十数人の影が。彼らは白い騎士服に身を包んだ屈強な男達。白竜騎士団。どうやら軍と合流できたようだ。






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