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40 イア

「マリーちゃん! マリーちゃん!」

声帯を傷つけてしまいそうなぐらいな悲痛な叫びにより、私は暗く沈んだ意識の底から段々と浮上していく。

後頭部から背中、ふくらはぎ等にかけてひんやりとした堅い感触を感じる。

ゆっくりと瞼を開ければ灰色の天井を背にし、ポニーテールを結った少女が視界に入ってきた。彼女は眉を下げ瞳には涙を浮かべている。

それは私が探していた少女だった。


「イアちゃん……?」

「よかった! マリーちゃん」

「無事だったの!? 探し……あれ?」

横たえていた体を起こすために動かそうとすれば、手足の自由がきかない。

よくよく自分の置かれている状況を確認するように視線をそこへと向ければ、両手足を縄で縛られていた。しかも歯で噛み切れなさそうなぐらいの太さ。

イアちゃんもそうだが、その後方にも自分達と同じような状況の少女達がいる。

どうやらここは人身売買のために捕えられた人々が集められている部屋のようだ。


「あー……そうだったわ。あのシンス子爵め。慈善活動に熱心な良い人ぶって、実は裏で人身売買の大本やっていたなんて。あぁ、どうして私、飴なんて食べちゃったのだろう……」

今更ながら後悔が襲ってくる。

知らない人間から食べ物を貰ったり着いていったりするな。それは幼い子供が口を酸っぱく大人に言われる台詞だ。

私は十七歳。それを教えられるというよりは、教える側。


きっとこの件をレインに知られれば嫌味を言われるだろう。君、いくつ? と。

しかも、捕まってしまった。首を突っ込むなとの警告を受けたのに。


――こ、これは不可抗力! だから断じて私は悪くない。全ては子爵のせいだわ。でも、生きててよかった。


「私、馬鹿だね。自分に囁いてくれた甘い愛の言葉が嘘だなんて気づかなかった。よくよく考えれば、私のような庶民を最初から相手にしてくれるわけがないのに……今にして思えば掃除に誘ってくれたのだって、騙されそうな都合の良い女だからだったんだろうね」

イアちゃんは顔を俯かせ肩を落としながら、震えた声で零れた呟き。

灰色の床にはぽたりと雫が落ちシミを作っていく。

それはいつぞやの自分と重なった。ロロ様に駆け落ちされ、絶望の淵においやられたあの時と――


「今すぐ気持ちの切り替えなんて出来ないだろうけど、きっとイアちゃんの事をわかってくれる男性が現れるよ。だから、元気だして。その前にここから脱出しなきゃ始まらないけどさ」

「……そうだね。助かったら、色々と愚痴を聞いてくれる?」

イアちゃんはゆっくりと顔を上げると、くしゃりと無理やり笑顔を作った。

「勿論。でも、良かった。無事で……」

「輸出用の木材の定期船と一緒に運ぶみたいなの。だから、すぐに売られると思ったけれども、まだここに……王都で色々と調査が入って厳しくなっているからそのせいみたい。食事を持って来てくれる連中が愚痴っていたわ」

そう言って彼女は嘆息を零す。

「とにかく逃げなきゃだよね……」

「うん。でも、逃げようにも縛られているし……他の子達も……」

イアちゃんの言う通り、私達は縄で拘束されている。辺りを見回しても、自分達と同じような状況の少女ばかり。年の頃はそう変わらないので、やはり霧の失踪者達なのだろう。


――何か縄を切れる物ないかしら?


硝子の破片などがあったら嬉しいんだけどなぁと思いながら、部屋の中を隈なく視線でなぞるが全く見当たらない。見張りがいない今が絶好のチャンスなのだが……


「あーっ、もうっ! レインのように魔法が使えたらこの状況をなんとか出来るのにっ!!」

唇を噛みしめ、幼馴染を思い浮かべる。

性格はあまり良くないけれども、窮地に立たされるといつも助けに来てくれた。

子供の頃、招かれた公爵の別荘で迷子になった時もふらりと風のように現れて、「レイン迷子になっちゃったの。お願い助けてって言ったら助けてあげる」と、わざわざ目の前で告げた。そんな事を平然と出来るぐらいに性格が捻じ曲がっているが頼れると思う。


――あれ? 性格の捻じ曲がった男? 最近そんな話をどっかで聞いたような……


ぼんやりとそんな事が浮かんでいると、「僕の事、呼んだ?」という、思い浮かべていた男の声が背中に届いた。そんな都合がよい現実なんてない。だからきっとこれは幻聴だ。

……そう願いたい。ここにレインがいれば絶対に助かる。だが、それと同時に自分に身の危険が及ぶ。それは主に精神的攻撃によって。見たくない。絶対に。逃げたい。


「彼は君に伝えなかったのかな? 首を突っ込むなって言ったはずなんだけどなぁ。それとも君の頭が鳥頭なのかな。昔からやるなと言われた事やっていたし」

「レイン様っ!」

イアちゃんの驚愕の声により、それが事実だと告げる。

ゆっくりと後方を振り返れば居た。レインが。


名のある芸術家が作り上げた芸術品のような、人を魅了する笑顔を浮かべ佇んでいる。だが、瞳はガラス玉をはめ込んだかのように温もりを感じない。これは完全にブチ切れている。それを見て、終わったなと自分へ声を掛けた。


「闇歴史の刑」

「不可抗力! 今はそれよりも、逃げるのが先だと思うわ。違う?」

「……そうだね。その点だけはセラフィに賛同するよ」

レインは肩を竦めると右足を軽く上げたかと思えば、今度はそれをそのまま地面へと降ろし軽やかな靴音を一つ響かせる。するとそれと共に私達が座っている床に大きな魔方陣が広がっていく。それは青白く光を放ち、この灰色の箱を照らした。


「全員突入。予定とおり第一、第二、第三は犯人の確保。それ以外は少女達の身の安全を」

レインそう言葉を終えると魔方陣は跡形もなく消えた。どうやら他にも蒼竜騎士団が既に潜入しているようだ。


「それで? レダは?」

しゃがみ込んだレインが何処からともなくナイフを取り出し、私の両手足を拘束している不愉快な縄を切ってくれた。ほんのりと縄の痕がついた手首が痛々しい。肌に空気が触れ、やっと自由になったと安堵の息を漏らした。だが、まだ気を緩んでは駄目だと自分に喝を入れる。


「ありがとう。レダは仕事よ。私だって街中ぐらい一人で歩けるわ」

「ふーん。それでこの様。確かに歩くだけならセラフィ一人でも問題ないよね。歩くだけならば」

「私が悪いわけ!? 違うでしょ。全ては子爵! 諸悪の禍根はシンス子爵!」

「たいして親しくもないのに、警戒心を持たず着いて来たんだろ?」

「不審者に追いかけられたの! そこを助けてくれて……送ってくれるって言うから、甘えて馬車に乗せて貰ったんだってば。それで子爵に貰った飴を舐めたら……」

さすがに自分に落ち度があるため、どんどんと言葉が弱々しくなっていく。

馬車に乗って送って貰った所までは問題ない。でも、飴はさすがに自分でも悪かったかなと思っている。


「あまり知りもしない相手に貰ったお菓子食べたわけ? セラフィはまだ子供なんだね。僕が手とり足とり教育してあげようか?」

「結構です! 以後気をつけるから――って、そんな話は後よ」

「確かに一理あるね」

レインは頷くと、今度は隣にいるイアちゃんの拘束を解き始めてくれた。すると、「レイン様」という音域を感じない声が上から降ってきた。


弾かれたかのように顔を上げると、自分達のすぐ傍に青いローブ姿の人が佇んでいた。人の気配がしなかった事にも腰を抜かしそうになったが、その人物を見て驚愕。


――……綺麗な人。


神殿等に飾ってある女神像のような容姿をしていて、とても目を引く人が佇んでいた。


「予想外に囚われた少女達の人数が多すぎます。一端一部の少女達を地上へ退出させたいと思うのですが」

「そうだね、アッシュ。君が主となり指示を頼む。僕はここに残って指揮を取る」

「畏まりました」

仰々しく頭を下げるとアッシュと呼ばれた彼は顔を上げ、既に縄を切られ自由の身になった少女達へと集まるように声を掛ける。空気のように静かで浸透するかの声音。だが、それは少し低く男性的にも感じる。性別が全くわからない。


「さぁ、マリー様達もご一緒に」

「はい。イアちゃん、行こう」

私は立ち上がると、イアちゃんへと手をさし伸ばした。


「マリー。気を付けるんだよ。くれぐれも余計な事はしないように」

「大丈夫。レインも気をつけてね。怪我しないでよっ!」

それに一度目を大きく見開いた彼は、やがて顔を緩めた。今度こそ心から溢れるものなのだろう。その瞳には優しげに細められた。





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