4 蒼豹の魔術師・レイン登場
「レイン様っ!」
真っ先に反応したのは、ロロ様。
世界で一番愛しく毎日でも聞いていたいその声。
だが、今の私には耳を塞ぎたい衝動にかられてしまう。
現実を認めたくない。
だがそうはいかないとばかりに恐る恐る後ろを振り返れば、やはりあいつがいた――
「やぁ、ロロアルト。それから僕の可愛い幼馴染のセラフィにアトリア」
心なしか意気消沈としている男性達とは打って変わって、今まで空気だった女性陣が今度はこちらの出番ですと言わんばかりに黄色い声を上げた。
中世的な甘い顔立ちは見る人々の心を優しく解し、海を凝縮したかのような鮮やかな髪は一つに束ねられそのまま肩に流されている。
絶やすことない慈悲深い微笑みに、雨音ように体に染み渡る声。
誰よりも優雅にまるでこの屋敷の主のように威風堂々と現れたのは、私達の幼馴染・ウェズン公爵嫡男・レイン。
ウェズン公爵と言えば国王の妹姫を妻に持ち、代々王の右腕となり長年支えてきた旧貴族の中でも名家。
従ってレインは国王の甥という深い間柄だ。
けれどもそんな事とは関係なくまだ若干二十という若さなのに、四騎士団の一つである蒼竜・騎士団長として名声を得ている。
蒼竜騎士団はレイン自体が王太子と密接な関係を持っているためか、隠密的な部分を補う組織であるという噂もある。
その上彼は高魔力保持者。
そのため、『蒼豹の魔術師』と呼ばれ、他国にも知れ渡るぐらいの実力と実績を持つ。
とどのつまり、家柄、容姿、資産、才能……全てを持っているのでご令嬢達にとっては先行きが安定している優良物件。
そのような彼がこの場に現れたのだから、注目を集めないはずがない。
だが、私もアトリアもこの幼馴染が苦手だ。というのも、幼き頃よりこの男に煮え湯を飲まされたから。
見た目と人当りだけは良いこの男、それゆえ人を騙すのが大得意。
それは彼の両親すらもいとも易々と。
傍から見れば手のかからない優秀な子供。
だが、それが私とアトリアの前ではなぜかいつも仮面が剥がれる。
要するに地を出すのだ。
意地悪で人の嫌がる顔が大好きな鬼畜。それがレインだと思う。
――あー、顔見たら嫌な物を思い出しちゃった。五歳の頃レインに木登りをけしかけられ、降りられなくなったのよね……そんでお爺様にすっごく怒られて……しかも、「降ろして欲しいなら、ちゃんとお願いしないとね」って、あの時のレインがめちゃくちゃ良い笑顔だったわ。
「アトリア。お誕生日おめでとう。どうしても僕自身で渡したいから、プレゼントはこちらへ直接持ってきてしまったよ」
そう言ってレインがアトリアへ渡したのは、大振りの白百合のブーケ。
純白のそれは一輪だけでも十分な存在感を与え、両手で抱えきれないぐらいだ。もしかしたら年齢と同じ数なのだろうか。
「レ、レインどうしてここに……?」
それを今にも倒れそうに体を小刻みに震わせ、引き攣った顔で呆然と見ているアトリア。
それを見て、私は小首を傾げる。
たしかにアトリアは私と同様レインを苦手としているが、本来ならこんな人前では取り繕えるはずだ。
あのいつものように「ありがとう」と貼り付けた笑顔を。
それなのに何故こうも挙動不審に?
「あぁ、そうそう。僕宛ての招待状が不手際で届かなかったようなので、顔パスで通らせて貰ったよ。この間の件、まだむくれているのかい?」
――また喧嘩したの!? それで、招待状出さなかったと。まぁ、アトリアっぽいけどさぁ。
私は憐れんだ視線を幼馴染へ送った。
アトリアは、つい先ほどまでバラ色だった頬が真青になってしまっている。
どっからどう見ても怯えている。取り繕えないぐらいの恐怖が襲ってきているのだろう。
「おや、どうやら顔色が優れないね。皆に失礼して控室に行こうか」
そっとレインが肩を抱けば、アトリアは「ヒッ」と小さい悲鳴を上げた。
個室にでも連れて行かれたら最後。あの微笑みで何を言われるのだろうか。
レインは自分達の封印したい恥ずかしい記憶――闇歴史を書庫いっぱいに出来るぐらいに所持している。
ねちねちと昔話でメンタル削られる可能性も無きにしも非ず。
そうなってしまえば、この場へは絶対に戻って来られない。
――仕方ないなぁ……
私は肩を竦めると、口を開く。
「あら、まだパーティーは始まったばかりよ? 殿方は雪の妖精姫を楽しみにしているのに取り上げては可哀想だわ。暫く休めば大丈夫よね? アトリア」
私が送った助け船。その言葉に、アトリアの首は何度も何度も縦に動く。
「……そうだね。では椅子を用意して貰おう。そこで休むんだ。安心していいよ。僕とセラフィがずっと一緒に居てあげるから」
その宣告に、今度は私の口元が引き攣った。
――なぜ私までっ!? 関係ないじゃんかっ!
「私もかしら?」
と尋ねれば、レインのアクアマリンのような瞳とかち合う。
ややたれ目のためか、少し気が弱そうな印象を持つ。
だが、船員を深海へと引きずり込む魔物のような底知れぬ恐怖感が襲ってくるのは、彼の性格を知っているためだろうか。
「大事な幼馴染が心配じゃないのかい?」
「勿論心配よ。でも申し訳ないけれども、私はロロ様とご一緒なの。せっかくのパーティーですもの。ロロ様だって、お仕事関係の方にご挨拶などがありますわ。ねぇ? ロロ様」
視線で助けて! と告げるが、ロロ様は首をゆっくりと左右に振り、私の肩に手を添え、「僕は平気さ。アトリア様についていあげて」と優しく告げた。
彼の優しい所は好きだ。好きだけれど……今ばかりは気づいて欲しいと肩を落とした。