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39 犯人

「え?」

「君は確か掃除の時の……――」

驚き戸惑う私。それに対して、どうやらシンス子爵も同様らしい。

こちらに向かって手を差し伸べながらも、驚愕の表情を浮かべていた。


「もしかして急ぎの用でも? でも、ここは人通りが多いから疾走するのは賛成出来ませんね」

「申し訳ありません。その……あの……不審者に追いかけられていまして……」

「なんですって?」

そのフレーズに、シンス子爵の瞳に鋭さが走る。

彼はすぐに私が走って来た方向へと顔を向け、視線を彷徨わせた。だが、すぐに肩を竦めてしまう。


「どうやら逃げてしまったのか、それとも君が撒いたのか、もういないようですよ」

「そうですか。良かった……」

「君が可愛いから狙われてしまったのかもしれませんね。すぐそこに馬車を止めています。よろしかったら送りましょうか?」

「え? よろしいのですか? お忙しいのでは?」

途中で待ち伏せされても嫌だ。甘えられるならお願いしたい。

今日は厄日か何かだろうか。レダが居ないというのに、こんなトラブルに巻き込まれてしまって……

しかもベリル様に外出禁止出されている期間中。


「もう打ち合わせは済んだから平気ですよ。ねぇ、スミスさん」

そうシンス子爵が告げ、彼が出てきた店へと顔を向ける。

するとそこには男性が佇んでいた。どうやら彼は一人ではなかったらしい。

店主なのか、年の頃は五十後半から六十前半の恰幅の良い男性だ。彼はぐっと眉を中央に寄せ、深く皺を作りながら私を見た。


「こんな白昼堂々不審者とは……王都の治安に関わる。騎士団に巡回を強化して貰わねば! お嬢ちゃん、大丈夫かい?」

「はい」

「今日はあの美人な子いないのかい? ほら、あのちょっと猫目の……」

「レダをご存じなんですか?」

「覚えてないか。まぁ、たった一度会っただけだもんなぁ。噴水前の清掃で一緒だったんだがね」

「すみません、参加していた人までは……」

「そうだよな! しかも子爵様が声を掛けてくれたから、あの時は若い子達も多かったし。これも全て子爵様の人望のお蔭だ」

そう言ってスミスさんは豪快に喉で笑った。


「いいえ。みなさんの熱意に感化されたのでしょう」

そう言って微笑むシンス子爵を見詰めながら、私は改めて思った。

シンス子爵はやはり犯人ではないだろうと。

こんなに優れた人が失踪事件に絡むわけがない。むしろ、心を痛めて自ら捜査に参加するだろう。たった一度清掃活動で一緒だった人間をわざわざ送ってくれるぐらいだし。






揺れ動く馬車の中で、私は馬車に乗せて貰ったのを後悔していた。


――い、居心地が……


それは対面するように座っているシンス子爵のせい。

彼に頭のてっぺんから足先まで体のラインをなぞるかのような眼差しで見られ頬が熱くなってしまっている。


――どうしてこんなに見ているの? もしかして、私の事が好きとか!?


レダが聞いたら、「自意識過剰ですね、お嬢様」と言われてしまいそうだ。だが、それ以外に導き出せる答えがない。方程式を解くかのように、それがぴったりと当てはまる。

だがしかし、相手には婚約者がいる。なので、やはり私の勘違いである可能性も……

けれども、彼の口から放たれたのは衝撃の発言だった。


「マリーさんは本当に可愛いですね。まるで愛玩人形のようだ」

腕を組みながら、シンス子爵が感嘆の息を零す。

その言葉と態度はもう完全にそうだ。確実に心を奪ってしまったと私は思った。

これはもう言ってしまった方がいいだろう。自分は結婚していると。

勘違いをさせたままでは、シンス子爵のためにはならないし。


「あの、申し訳ありません。私の事は諦め……――」

「食べませんか?」

「は?」

自分の事は諦めて下さい。そう言おうとしたのに、言葉が覆いかぶさってしまったせいで間の抜けた声が出てしまう。

彼はそんな私を気にすることなく、自身の胸ポケットを漁ると何かを握ったまま手を差し出してくれた。その掌を広げれば、丸い小さな物体が転がっている。レモンイエローの紙で包まれ、左右を絞られている。紙に印字されている文字を見れば、どうやら貴族御用達菓子店のキャンディーらしい。

レダがいれば、「え? 一個だけ?」と言いそうだ。


「どうぞ」

「いえ、子爵様がお食べになられた方が」

手中のものは一つのみ。そのため、ここでいただきますと頂戴するのは気が引けてしまう。


「僕、甘い物が苦手なんです。だから、気になさらないで下さい」

「そうなんですか? では、遠慮せずに頂きます」

私は手を伸ばすとそれを取った。くるくるとねじられている両端を捻り、包みを開くとそれを口元へと持っていき、唇を開き受け入れた。舌の上で転がせば、葡萄の芳醇で深い味が広がっていく。


――あれ? ここって葡萄味のキャンディー発売してたっけ?


「あぁ、本当に全てが完璧。特にその瞳。宝石にも引けを取らない美しさ。抉り出したい」

「え、抉る……!?」

なんだか、風向きがおかしな方向に……


「でも、生物なので腐ってしまいますから無理ですね。あぁ、売ってしまうには惜しい気がしてきました。ですが、煩い連中が嗅ぎまわっているので、諦めるしかない。それに貴方は気に入られ高値がつきました。歩く純金です」

「あの……さっきから話がよくわからないんですが……」

「そのままです。先ほど貴方を追いかけていた瑠璃色の髪の青年。彼が貴方のご主人様になるんですよ。可愛がってもらって下さいね」

「……え?」

それには言葉を失った。シンス子爵は不審者を目撃していないと言っていた。

その上、自分が追われた男の特徴を伝えてないはずだ。それなのに何故――?


「まさか……!」

それが正解とばかりに彼の口角は、片側だけ気味が悪いほどに上がった。

完全に嵌められた! だが、怪我を覚悟で馬車から飛び降りればまだ助かる。


「そうだよ。蒼竜が追っている人身売買の元締めは僕」

「最低。貴方、絶対に捕まるわ」

「心配ない。暫く大人しくしているから。そのために新しい犯人を演出するために君を購入する顧客――……彼に派手に騒いで貰ったんだ。それに誰が僕を疑う? 今までこのために慈善活動に熱心な子爵を演じ積み重ねていたんだ」

「レイン舐めないで欲しいわね。そんな馬鹿じゃないわよ。それに、私を見くびらないで。馬車の中だから逃げられないと思った? お生憎様。わた――っ!!」

何の脈絡もなく、頭を鈍器のようなもので殴られたかのような衝撃が走った。


「何、これ……」

かと思えば、胃の中の物が全て溢れ出てしまいそうなぐらいに気分が悪くなってしまう。

段々と抜けて行く体の力。そのため重力に抗えず、そのまま前のめりになるように倒れこんでしまった。一体何が起こっているのだろうか。

体だけじゃない。意識も黒いベールで覆われ始め、私は恐怖に浸食されていく。


「あぁ、飴に薬を混ぜていたんだ。どうやら効いてきたみたいだね。そこの店、葡萄味なんて売ってないんだよ。まぁ、君のような下働きは食べた事がないだろうから知らないようで助かった。気づいて吐き出されたら上手くいかなかったから」

そんな嘲笑う声を聞きながら、私は助けを求めた。

頭に浮かんだのは三人に。


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