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38 城下町は危険がいっぱい

「……旅行なんてそういう気分には慣れないのよね」

私は手にしていたものから顔を上げ、唇を開きそう言葉を零した。

何を見ていたかと言われれば、それはフォーマルハウト商会経営のホテルや別荘などが記入されている冊子。

このまま王都に居れば嫌でもイアちゃんの事を考えてしまう。だから難しいかもしれないが、気分転換に旅行にでも行って来いと昨夜ベリル様に渡されたのだ。


諸外国に別荘が十軒、別邸が五軒。フォーマルハウト家経営のホテルを合わせたら、宿泊に困らないだろう。

旅費も全てベリル様が面倒をみてくれるそうだが、やはり気分が乗らない。イアちゃんの件が解決しない限り、心から楽しめるなんて出来ないから。


体にすっかりと馴染んだソファに身を沈めている私は、そのまま体を横たえると瞳を閉じた。


――犯人は一体誰なのかしら? レグス様にはアリバイがある。シンス伯爵は人柄的に論外。ゼイル商会は白竜騎士団が調べ済み。あとは引き継いだ蒼竜騎士団がどこまで調べているかよね。


絡まった糸を一本一本解いていくように整理していく。

明らかに情報が不足している。白竜騎士団ですら捜査の手詰まり感を感じていたらしいから、専門でもない私はそれ以前の問題だ。


――やはり情報が欲しいわね。もしかしたら、何か新しい情報が入っているかもしれないわ。ちょっと針鼠の歯車にでも行ってこようかしら?


私はふと思いついたその案を行動に移すべく、立ち上がると寝室へと向かった。そして真っ直ぐ奥に配置されている机へと足を進める。

そこには便箋と羽ペンが置かれていた。紙は風で飛ばないように、ガラス製の鳥の文鎮でとめられている。そこから一枚だけ取ると、羽ペンで文字を綴っていく。

『レダへ。マリーには針鼠の歯車へ使いに行って貰ったわ』と記し、自分のサインを残す。レダは今はアトリアの屋敷に出向いて貰っているため不在。

町に出る時はいつも護衛代わりに一緒だが、日中だし問題はないだろう。深夜ならば酔っ払いに絡まれたりするだろうけど……


「さて、化粧を落としてマリーなろうかしら」

私はすぐに化粧を落とす為に、また私室へと戻った。







町に出れば縦横無尽に馬車が駆け巡り、賑やかな活気溢れる力強い日常が広がっていた。こういう風景はとても好ましい。

人々が生き生きとして優しさに溢れている。祖父母によくお忍びで連れてこられたせいか、私にはこの風景の方が貴族社会より馴染みがある。

新鮮な空気を肺へと取り込みながら、心の栄養分とばかりに町の景色を堪能している時だった。ふと視界の端に、仲睦まじい老夫婦が飛び込んできたのは。


見ず知らずの二人だが、お互いを大切にしているのが瞬時に見て取れる。

歩幅を合わせ、穏やかな笑みを浮かべながら手を繋ぎ寄り添いあっていたのだ。

その情景に祖父母を思い出し、懐かしくも物悲しい気持ちになってしまう。それと同時に過ったのは、暖かな眼差しを向けてくれた自分の元から去ってしまった男性の姿。


――年を取っても仲良く一緒に。ロロ様とはそんな風になれると思ったんだけどなぁ。


あの時は永遠の愛が続くと思ったのに、まさか駆け落ちされるとは……

けれどもそれは過去の事だと少しずつ消化し始めている。どこかで幸せに暮らしていて欲しい。そう願えるぐらいに。


「……まぁ、でもまたそう思える人と巡り合えるわよね」

そう呟けば、何故か浮かんだのはベリル様の姿。あの時、指輪を取られて泣いていた自分を抱きしめて慰めてくれた彼の存在。

そのせいで、私の体は異常をきたしてしまうことに。体の血液が一瞬にして沸騰してしまったかのように、一瞬にして体温が急上昇。


「な、なんで!?」

全く自分でも理解できない。どうしてベリル様なのだろうか。

あんなに最初は嫌悪感があったのに。実に理解しがたい。

確かに今回の件で急速に仲は変化しているのは確かだが。


それはきっとお互い素に近い部分で接したせいで、夜光蝶の境界線が曖昧になりぼやけてしまったのだろう。彼は夜光蝶としてではなく、セラフィという一人の人間として接してくれたから。


――そう言えば、頭撫でられたり、抱きしめられたりしたわよね。あの時。


「……なっ」

自分で思い出してたまらず叫びたくなった。それを無理やり呑み込み、代わりにその衝動を打ち消すためにすぐ傍にあったガス灯を抱きしめた。

こんな状況で傍にいるなんて出来るの? 忘れなければ……と、何とか平常心へと戻しかけている最中に馬車が横付けされた。


「こんにちは」

止まった馬車の窓から、一人の青年が顔を覗かせた。深く帽子を被っているせいか、瞳が隠れてしまっている。ただ、すっと高めの鼻と奇妙なぐらいに上がった口角が認識できるのみ。特徴と言えば、耳下まで伸びている瑠璃色の髪ぐらいだろう。

目で会話をするという話があるように、瞳というものは感情などを読み取る事も出来る。だが、彼はそれを拒絶しているのか、意図的なのか定かではないが、窺う事が出来ず。そのため私は警戒心むき出しで身を固くした。


「あの……?」

「マリーさんですよね? さぁ、乗って下さい。貴方の主が何者かに誘拐されました」

「はぁ? 主ぃ?」

「えぇ、そうです。セラフィ様です。安心してください。怪しいものではありません。僕はセラフィ様の友人です」

待て。待て。待てーっ! んなわけあるか! と心の中でついツッコミを入れてしまった。


そんな事が起こるはずがない。そもそも、その夜光蝶自体が自分なのだから。

従ってこの男に何か裏があるという事は嫌でもわかった。ここ最近、何故こんな騒動に巻き込まれるのだろうか。


「ご厚意感謝いたしますが、申し訳ありません。ご迷惑になりますので一人で向かいます」

私は深く一礼をすると、すぐさまこんな怪しさ満点の人間から逃げてやると、後ずさりし距離を取った。まさか、こんな白昼堂々犯罪なんてしないだろう。

……なんて思っていたのが馬鹿だった。


チッという舌打ちが耳朶に届いたかと思えば、今度は続くように馬車の扉が開く音が。それには男の手が伸びる前にすぐさま全速力疾走。


「嘘でしょ!?」

人々を縫うように私は両手足をがむしゃらに動かし引き離しにかかる。

ここの通りをもう少し行った先に小道へと抜けられる箇所がある。そこへ逃げ込めば安心。蜘蛛の巣のように張り巡らされているため、地元の人間以外は確実に迷うから。それを狙う。

運動神経には自信がないが、あんな怪しさの塊に捕まったら最後。色々詰んでしまう。


「巡回中の騎士とかいないのっ!?」

どうやら以前二度ほどベリル様が助けに来てくれたのは運が良かったらしい。辺りを見回したが、その姿を捉える事は出来なかった。だが、幸いな事に街中。しかもお日様の出ている時間帯。そのため人々の通りも多いので、誰かが通報してくれる可能性に期待している。でもその前に――


「私の体力が……っ!!」

日頃の運動不足が……しかも、結婚以来食事とおやつが……

だから、もう既に体が悲鳴を上げ始めてしまっている。脇腹は殴られたかのように痛み、呼吸は空中の酸素を求めて乱れまくっていた。足は気合いで動かしているが、時々もつれてしまっている。


正直、このまま地べたに寝てしまいたい。だが、ここで捕まりでもしたら、永遠に目覚めない未来が待っている可能性高確率。

自分は色々と限界。相手も同じだろうか? と、振り返った瞬間だった。ほんの一瞬視界を外していたせいで、前方にあった何かにぶつかってしまう。

そのせいで弾かれてしまい、我に返った時には地面へと尻もちをついてしまっていた。


「痛っ……」

「申し訳ない。僕がちゃんと気をつけていれば……大丈夫かい?」

ふわりと風に乗った心配する声。きっとぶつかってしまった相手だろう。

その人物に謝罪するために顔を上げれば、私の瞳が限界まで大きく開かれてしまう。


「子爵様!?」

それはシンス子爵だった。





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