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36 お茶会

ベリル様に茶会の許可を頂いたけれども、私は一切主催した事なんてない。

そのため、アトリアや執事に手伝って貰いの準備となった。

幸いな事に準備も滞ることなく、みんなの協力のお陰でスムーズに進み、なんとか無事当日を迎えることに。


天も味方をしてくれたのか、雲一つない澄み渡った空。

燦々と注がれる温かな日差しは、庭師により手入れの行き届いた庭園を包むように照らしてくれている。

いつもならばキャラ設定的に自室のバルコニーから窺うだけだが、今日はこうしてお茶会と称して堂々と綺麗な花々が咲き誇る姿を眺める事が出来るのが嬉しい。


……はずだったのだが、実際は違っていた。


純白のクロスが敷かれた細長いテーブルには、私が招待したご令嬢達が集結。

皆、フリルがふんだんに使用された目に優しい可愛らしい色のドレスなどで着飾っていてお茶会に相応しい。

だが、彼女達の口から奏でられるのは、小鳥のような軽やかな音色ではなく、ゴシップ記者顔負けの攻めの質問。隙間なくぎっしりと言葉は続いていく。


「セラフィ様。ベリル様との結婚生活はいかがですか?」

「ロロアルト様とのご関係はどのような間柄でしたの?」

「挙式はもう?」

「あのフォーマルハウト家との縁談は、どういった経緯で?」

勿論、それは一番端に座り、テーブル席を隈なく見渡せる主催席にいる私へと注がれている。

矢継ぎ早に訪れる質問。それに口を挟む余裕もなく、私はただ蠱惑的な笑みを意識し浮かべるだけ。


一見余裕のようだが、実際は違う。答える隙が見当たらないのだ。ぎちぎちに詰め込まれた部屋に、「どうぞ」と促されてもただ困惑するのみ。

どうやって会話のキャッチボールをすればよいのか。

まだこの状態を保てるならば良い。だがしかし、ご令嬢達がヒートアップし、身を乗り出し始めたのを見て、私は視線で助けを求めた。これを打ち破ってくれる救世主であるアトリアに向けて。


「ねぇ、皆さん」

それが通じたのか、心落ち着く声が波紋のように広がり場を鎮静化してくれた。

それは、すぐ傍に座っているアトリアが発したもの。

彼女はいつものように意図的に化粧で作り上げられたタレ目をより下げながら、小首を傾げつつ再度その可愛らしい唇を開いた。


「セラフィに質問も結構ですが、まずはお茶会をはじめませんか? せっかくの紅茶が冷めてしまいますわ」

そう言ってテーブルの上へと視線を落とす。

庭で摘んだ真紅の薔薇が飾られ、白磁のティーカップに映えている。他にもケーキや焼き菓子などが盛られた銀食器も並べられていた。


「まぁ! 流石はフォーマルハウト家。ブランカの陶磁器だわ」

「こちらのお菓子はマカラね。三年先まで予約が埋まっていると断られてのに、手に入れるなんて!」

口々に名が上がるブランド名。どうやら興味が逸れたようで、私はふうっと静かに深く息を吐いた。


「それから――」

そう言ってアトリアが視線を指したのは、庭園の一角にある薔薇のアーチ。

そこへ顔を向けると、天使のような微笑むを向けた。


「宜しかったらご一緒致しませんか?」

その言葉に、がざがさと葉が擦れる音が奏でられ、黒い影がぬっと現れる。それを認識して、私は遠い目をした。どうやら早速おいでなさったようだ。


――やっぱり来たのか、ゴールデン・ガラー社所属カメラマン・スレイ。


今回は、アトリアからの案でいつもより屋敷の警備を緩めにしている。それはこの茶会を世に広めるためだ。ご令嬢達の噂も頼りになるが、大衆に向けてはここを利用するのが一番。いつもは好き勝手に書かれているが、第三者がいるお茶会では真実を記事とするしかないからと。


「これはこれは麗しの雪の妖精姫。相変わらず可憐で儚げだ。私のような者がお傍に近づくのも畏れ多い」

スレイは、真っ直ぐアトリアの元へと向かい仰々しく跪く。

「ふふっ。口がお上手ね」

待て。どうしてそんなにアトリアには好意的なんだ!? 私は地を出して叫びたくなったのを呑み込んだ。決して嫌われるような事した覚えがない。むしろ、逆に嫌がらせレベルの記事を書かれ名誉を棄損されている側だ。

前途多難な茶会の行方に、私は頭が痛くなった。





初めての茶会なのに、どうしてこうも居心地が悪いのだろうか。ティーカップを持つのさえ苦痛に感じる。それもそのはず。ずっと傍でシャッター音が耳障りなぐらい切られているのだから。

アングルを変え、ただひたすら撮りまくっている。そのため、全身の神経を張り巡らせ、夜光蝶を演じる。きっと今日の夜は爆睡間違いなしだろう。


「私だけではなく、皆さんも撮って差し上げたら?」

「生憎ですが、記事にするのは一人だけなんで」

――私かよっ!

と、手にしているカップに怒りが伝わり、琥珀色の波紋が広がっていた時だった。


「ねぇ、そう言えば聞きました? 例の集団失踪事件の話」

という、とあるご令嬢が口にしたフレーズにより、私の痙攣はぴたりと止まる。

――失踪事件ですって?

まさか、こんなご令嬢達のお茶会で、その話が出るなんて思ってもいなかったので、セラフィは虚をつかれた。

「えぇ、勿論ですわ。恐ろしいですわね。なんでも十六から十八ぐらいの女性が狙われているとか」

「でも、狙われるのは庶民だけでしょ? 私達は大丈夫よ」

「けれども、物騒なのに変わりないわ」

「そうね。犯人早く捕まえて欲しいですわね」

「実は、その件で面白い噂を聞きましたの。犯人はグラン伯爵子息・レグス様だというのを。なんでも、香木が見つかったけれども、それを取り扱っているのが王都では五社だけ。その中の一つがグラン伯爵の会社なんですって」

「あの方ならやりそう。ところ構わず女性に手を出しているようですし」

馬車に連れ込まれそうになったあの時の光景がふと頭に浮かぶ。

もし、あのように女性を連れ込み、何処かへと監禁・軟禁しているのならば? 

そんなあり得る想像に、私は頷いた。犯人はやはりレグスで決まりではないのかと。


素行・女癖の悪さも皆が知っている。怪しげな奴こそ犯人。

だがしかし、その一方で犯人ではないとも思う。証拠品も残さずに犯罪出来るような頭脳の持ち主には思えないのだ。すくなくても、白昼堂々馬車に引きずりこもうとしたり感情で行動をしている。口元に手を当て思案した。

すると、「あぁ、彼は犯人ではないですよ」という、あっさりとした言葉がこの場を静寂で包んだ。それには、全員の視線がスレイへと絡めつく。


「……ねぇ。どうしてそんな事が言えるの?」

「さぁ?」

――なんだ、この男! どうしてこんなに私にだけ態度が悪いんだ!? いつも新聞ネタになっているでしょうがっ! ここは掲載費代わりに情報寄越しなさいよ!


その根拠が知りたい。そうすれば、犯人候補から一人外れる事になる。きっと犯人に近づけるはずだ。

だがしかし、ここで頭を下げて教えてくれる相手でもない。それに、夜光蝶のキャラでやったら、お茶会どころか貴族の世界に衝撃が走る。

かくなる上は色仕掛けかと私が唇を噛みしめれば、「ねぇ、スレイさん」というアトリアの猫なで声が浸透していく。まるで蜂蜜を砂糖でコーティングしたかのような凄く甘い声音。それに対してこれは作っているなと思いながら、私はアトリアへ顔を向けた。


すると瞳を潤ませ、首を傾げている彼女の姿が目に飛び込んでくる。自分が一番可愛い角度を知り尽くしている必殺技だ。


「レグス様とは、夜会でもお会いするでしょ? 彼が犯人でない証拠があるのなら知りたいわ。もしご存じなら教えて……? あんな恐ろしい事件が王都で起きていて不安で仕方ないの……」

アトリアは俯き、小さな肩を小刻みに震わせた。

こんな芝居で騙されるか! と、私が心の中で毒づけば、スレイは顔をこれ以上ないぐらいに染め上げていた。テーブルに活けられている真紅の薔薇にも負けないぐらいまでに。


――こういうのがタイプなのか。だから私の事は嫌いなのね。腑に落ちたわ。


納得。純真無垢な雪の妖精姫を演じているアトリアとは対極なのが私だから。


「申し訳ありません。特大スクープなんです。ですから、今は教える事は出来なくて。ですが大丈夫です。必ずアトリア様は俺が守りますから」

すぐさまスレイはアトリアの元へと向かうと跪きその手を取り、絵物語の騎士のような台詞で不安を取り除こうとした。だが、そんな事がアトリアに通じるわけがない。

雪の妖精姫は仮の姿。実は、男達を手玉に取るのが上手な氷の女王様なのだから。


「でしたらお願い……教えて……今、頼れるのは貴方しかいないの……」

そっと空いているアトリアの手がスレイの頬を撫でる。

これには速攻白旗を掲げ、彼は望む真実を出してくれた。いいのか? そんなに簡単で。と、私は心の中で思ったが、結果よし! という事で流した。






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