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31 白竜館

「ベリル様。今日もいらっしゃいました……」

俺の執務室へとやってきたルデンが来客を告げた。

執務机の前に半泣きになりながら佇み、げんなりと肩を大きく落としている。

誰が? と尋ねずとも、もうわかってしまう自分が嫌すぎる。それだけ彼女が俺の生活に馴染んでいるという事だ。


「そうか。またリーナ様が来たのか」

一度ルデンに視線を固定させていたが、すぐに手元の書類へと戻す。

そして走らせている羽ペンを動かし出した。今日はいつもと違い、セラフィが来るため幾分落ち着いている。


「そうかって……何、落ち着いているんですか? 今は騎士達が応接室に案内し説得していますけど、どうせいつものようにここまで勝手に来ますよ」

「あぁ、その件なんだかもうすぐ解決する。お前に言ってなかったが、あいつがここを訪れる事になった。団長の許可もちゃんと取っている」

「え? 待って下さい。誰ですか? あいつって」

きょとんとしたルデンは、小首を傾げながら尋ねてきた。


「セラフィだ。もうすぐ来るはずだ」

そう告げれば、こちらを責めたてる怒号が響き渡り俺は呆気に取られてしまうことに。

「何故、そんな大事な事をもっと早く教えて下さらなかったんですかっ!?」

「……は?」

眉を吊り上げながらルデンは、そのまま机をバンッと両手で叩きつけるようにしてぶつけた。かと思えば、「あ~」と言いながらいきなり頭を抱えだしてしまう。


「おい、どうしたんだ?」

「いいですか、ベリル様。来るんですよ? あの夜光蝶が。このしょぼい白竜館に!」

「お前、しょぼいって言うなよ……」

確かにここは騎士団の中でも質素な方だが。


「あの絢爛豪華な夜光蝶がこんな場所に来るんですよ?」

「こんなって言うな。馴染みある場所だろうが。それにあいつは気にしない」

「駄目です。僕はセラフィ様親衛隊の一員なんです。隊員番号489番! そのプライドが許しません」

胸を張るルデンに、俺は溜息を零した。

まず、その番号は全体の中でどれぐらいの位置なんだ?

それよりもまず、自分達の騎士団の施設をしょぼいって言ったり、こんな場所発言しているのはマズいだろうが。


「それで、いつ頃いらっしゃるんですか? 時間があるようでしたら、町に買い物に行ってきますし」

「そろそろじゃないか?」

「そんなっ! では、焔竜館に行って茶葉と菓子を分けて貰って来るしかありません!!」

「やめろって。大体あっちだって一々そんな理由却下するだろ」

「ベリル様。セラフィ様の親衛隊をなめて貰っては困ります。隊員の中には騎士の階級が上の者もいるんですよ? 茶菓子ぐらいどうでも――……」

ルデンの言葉はその途中で遮られてしまう。それは悲鳴にも似た男達の野太い声によりかき消されてしまったからだ。


「あぁ、来たか」

恐らくセラフィだろう。団長以外この件は誰も知らなかったから。


俺はセラフィなのかを確認するために、窓際へと足を進めていく。そして窓を開けて下を見下ろせば、建物へと続く石畳みにフォーマルハウト家の家紋が刻まれた馬車が止まっているのを発見。

そしてそのすぐ傍には、太陽の下が似合わないような恰好をした女とその侍女が佇んでいる。

無論、セラフィとレダだ。


「……というか、あいつらは何をしているんだ?」

俺が気になったのは、外でセラフィ達に遭遇した騎士達。そいつらは、何故が全員地べたにひれ伏していたのだ。


「仕方ありませんよ。雲の上にいる人なんですから」

ルデンは俺の隣にやってくると、憂いを帯びた深い息を零す。

「ほら、見て下さい。あの美しさと気品。まるで一つの芸術品のようですよ。あぁ、騎士になって良かった」

「そんなもんなのか」

「えぇ。そうですよ。それよりもお出迎えに行かなくても?」

「あぁ、そうだな」

俺は頷くと、セラフィを出迎えるために下へと向かう事に。




一階へと向かえば、ちょうど開けっ放しの玄関ホールでセラフィと遭遇した。

あいつは俺と視線が絡むと、男達の心を蕩けさせるような笑みを浮かべる。それにやられたのが、俺の少し後方にいたルデン。腰が溶けたようにその場に膝をついてしまったのだ。


――おい、初対面じゃないんだぞ? 先日町で会っただろうが。あいつスッピンだったけど。


「悪かったな。出迎えが遅れて」

「いいえ」

そう言いながらセラフィはこちらに腕を伸ばし、俺へと凭れ掛かるように抱き付いてくる。

すると、外からドンドンという木槌で叩くような音が響き伝わり、そちらへと視線を向ければ、外でひれ伏している男達の恨めしい視線が俺に注がれているのを理解した。そしてその音の正体も。

それは、あいつらが羨ましさのあまり地面を拳で叩いている音だったのだ。それを見て、俺は何も見てないし聞かなかった事にした。


「おい、どうした?」

抱き付いてきたセラフィに尋ねれば、あいつは険しい顔を浮かべた。

「……申し訳ありません。今回の騒動は私のせいかもしれませんわ」

小さな声で呟かれたそれに、俺はどういう事かと聞きかえそうとすれば、第三者の声に阻まれてしまう。


「何の騒ぎですの?」

それは応接室に通していたリーナ様の声だった。どうやら外の騎士達が騒々しすぎたらしく、何事かと見に来たらしい。振り返れば、階段脇の廊下に彼女がいた。騎士も二人ついているが、あいつらもルデンのように骨抜きになり、目をハートに輝かせセラフィへと釘づけ。


「セラフィ=フォーマルハウト……っ!」

忌々しそうにセラフィの名を告げると、リーナ様は盛大に顔を歪めた。

「……」

それにはセラフィは無反応。俺の耳に届いているのだから、聞こえていると思うのだが。

だが、その代わりレダが口を開いた。


「トフ侯爵令嬢・リーナ様。貴方は、いま誰を呼び捨てにしたのか理解していらっしゃるのですか?」

「わかっているわ。たかが、侍女に言われなくても。この女が誰かって事ぐらい」

「トフ侯爵はお嬢様の教育をちゃんとなさってないのですかねぇ。まぁ、所詮はただの侯爵家。互角だと勘違いしているのが片腹痛い」

「なんですって!?」

「カストゥール家は由緒ある旧貴族。それをお忘れのようですね。お嬢様は旧貴族の主要人物とも懇意にされています。旧貴族は何より絆を大切にする。ですから、貴方様の家ぐらい潰せますよ。よろしいのですか? そんなに綺麗なドレスも屋敷も全て手放す事になっても。そうなったら、ロドノ様とも一生会えなくなりますねぇ」

「は? ロドノって、ディアロ伯爵子息のロドノ様の事か?」

「えぇ、そうです。お嬢様に二か月ほど前に猛アプローチし、断られたロドノ様ですよ」

「あぁ、だからリーナ様は服装や香水等でセラフィの真似をしていたのか」

レダの言葉にやっと今回の騒動が繋がった。

リーナ様はセラフィに嫌がらせをしたかったのか……俺を寝取り、彼女に恥をかかせるために。


――だから、あいつはさっき「私のせいかもしれません」と言ったんだな。


さっきまで傍観に徹していたセラフィが俺から体を離し、リーナ様の方へと向く。そしてその艶のある唇をゆっくりと開いた。


「リーナ様。私への喧嘩でしたらいつでも買いますわ。ですが、ベリル様……夫を巻き込むのならば私もそれなりに対処しなければなりません。それに、貴方はこんな事をなさっている場合ではないのでは?」

「まさか、私の家に!?」

「いいえ。交渉が決裂したらわかりませんが……」

「だったら何よ」

「失恋したての男性は精神的に落ち込んでいると思います。そこへ心の隙間を埋めようと彼に恋心を抱いている女性がいらっしゃったら?」

「お嬢様。はっきりと言って差し上げたらどうですか。お嬢様に嫌がらせをしようとしてリーナ様が旦那様に付き纏っている間に、失恋中のロドノ様がケール男爵のご令嬢に慰められて良い雰囲気になっているって」

「まさか!!」

「さぁ? 私も男爵家で使用人として働く知り合いに聞いただけですしねぇ」

「……っ」

リーナ様は唇を噛みしめると、そのまま俺達の横を足早にすり抜けていく。

それにやっと安堵。これで明日からは、ゆっくりと仕事が出来る。

俺は肩の力を抜くと、セラフィを見た。


「よくわかったな」

「香水の件などが引っ掛かり、レダに調べて貰ったのですわ。それよりも、今回の件は申し訳ありませんでした。私のせいで……」

「いや。それは気にしなくていい。手間取らせた」

「いいえ。お役に立てて何よりです。あぁ、そうでしたわ。差し入れに菓子を持って参りましたの。多めに買いましたが、騎士全員に行き渡るかわかりません。馬車に積んでありますので」

「わかった。運ばせる。茶ぐらい出すから、飲んでいけ」

「ですが……」

「飲んでいけ。じゃないと、お前が帰った後がキツイ」

騎士達の視線が一気に突き刺さって仕方ない。

実は影で妬まれていたのか? と思えてくるぐらいに痛い。

夜光蝶は雲の上の人物だから、結婚しても変わらないって言っていたのに……



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