3 雪の妖精姫・アトリアの誕生日パーティー
私が住む屋敷の近くには、グラフィラス侯爵邸がある。
その敷地内には、つい先日完成した白亜の建物が存在をアピールしていた。
それは侯爵が溺愛する娘・アトリアへと送った十六歳の誕生日プレゼントだ。
『雪の妖精姫』という異名を持つ可憐な愛娘をモチーフにした別館。
そこで、本日そこで侯爵主催のアトリア誕生会が開催される。
勿論、物心ついた頃から懇意にして貰っている私も招待されていた。
愛する男性――ロロアルト様に迎えに来てもらい、共に会場入り。
二人仲良く白銀のような大理石製階段を昇り辿り着く先には、もうすでに数百人の招待客が集結していた。流石は侯爵。招待客も膨大な人数だ。
ヒールを鳴らし颯爽とその輪の中へと突き進んでいけば、「おい、蝶が来たぞ」と波紋のように、私の登場を告げる言葉とざわめきが広がっていく。
そして突如として降り注ぐ無数の視線。
それはまるで無数の矢のように四方八方より飛んでくる。
だが、身の縮みあがるようなそれも、夜光蝶モードの私は慣れているため気にも留めず。
ただエスコートしてくれているロロ様の腕に身を絡ませ、表情を蕩けさせていた。
ロロ様は私の秘密をまだ知らない。夜光蝶こそ、私だと思っている。
「セラフィ。君があまりに魅力的すぎるから、みんな見惚れてしまっているよ」
「いいえ。ロロ様が素敵だからですわ」
「いや。僕ではなく、君だよ」
「いいえ、ロロ様です。私以外に心移りさせては許しませんわよ?」
「そんな心配不要さ。僕にとって一番の女神が傍にいるのに」
「嬉しい……」
きっと他人から見れば、砂糖菓子の甘さなんて目じゃないぐらいの空気を醸し出しているだろう。
レダがこの場にいれば、「バカップルが!」と毒を吐きそうだが。
――この空気を引き裂く者がいるならば、出てくればいい。そんな人居ないけれども。
そんな事を思っていると、「ふふっ」という、少女の笑い声が耳朶に届いてきた。
「相変わらずの熱愛ぶりね。セラフィ」
突然私達の桃色空間を割って入ってきたのは、鈴を転がしたような愛らしい声。
咄嗟に顔を上げ正面をみやればその声の主と視線が絡み合う。
するとそれと同時に、「アトリア様」という人々のどよめきが会場を揺らした。
まるで波が引くかのようにさーっと人々が道を譲り、その中央へと頭を下げている。
その間を幼馴染であり、侯爵令嬢のアトリアが降臨。
淡い小さいピンクの薔薇の蕾を思わせる、裾が広がり丸みを帯びたドレスに映えているのは、透き通るような白い肌。
ふんわりとカールされた小麦色の髪は、付ける人を選ぶ大きなリボンで纏め上げられている。
澄んだ湖のようなの瞳でこちらを映し出している少女。
彼女が私の前に佇むと、会場の歓声が最高潮に達し揺らすかのように爆発。
愛らしく庇護欲を駆り立てる社交界の雪の妖精姫――アトリア。
そして妖艶な美しさで虜にさせる夜光蝶――セラフィ。
相対する二人だが、夜会の男達の人気を得ているという点では共通している。
……と、いつぞやにゴシップ記事に書かれた事がある。
二人が揃って喜ばない男などこの世に存在しないだろうと言っても過言ではない。
皆、甘さと憂いさを含んだ眼差しを注いでいる。なんて、ちょっといい記事書いてくれていたと思ったのに、次の行には私の根も葉もない件が書かれていた。
上げて落とされた気分と言ったら、もう……
「セラフィ。今日は私のために来てくれてありがとう」
「いいえ、他でもない大事な幼なじみのためですもの。今日は素敵なパーティーに招待してくれてありがとう」
アトリアが頬を染め、私へと飛び込むようにハグをしてきたので、私は自然とそれを受け入れる。
麗しき友情。周りの連中はそう思っているだろう。
だが、それは彼女達の性格を知らないから――
『あら、またそんなに厚化粧して。乾燥してパキパキと剥がれませんこと? 本当は童顔のくせに』
『あんたこそ、そのメイク何? 顔ががらりと変わっているじゃない。本当は猫のような目と薄唇のはずでしょ!? 妖精じゃなくて女豹じゃない。なぜわざわざ幼くしているのよ。詐欺レベルね』
無論、周辺には聞こえないぐらいの声音。
抱き合いながら私もアトリアも同性でも見惚れるぐらいの笑顔でお互いを罵っている。
身に着けてしまった不必要な技術。
幼き頃は手を繋ぎ一緒に遊んでいたのに、今ではこのように変化してしまっている。
それは自ら置かれた環境によるものだろうか。
その原因はわからない。けれども彼女の態度がこうなってしまってからは、それに付き合うようにこうなってしまった。
「二人共仲がいいよね。いつも会うと必ず抱き合っている。少し妬けてしまうよ」
そのロロ様の声に、私達は反発する磁石のように離れた。
こうしないと会話出来ないのでという言葉をお互い笑みで隠して。
「ロロアルト様も、ようこそお越し下さいました」
アトリアがお辞儀をしそう告げると、エスコートしてくれていたロロ様は目を細め、柔らかく笑うと深々と腰を折った。
ロロ様は、まるで春の陽だまりのような人だ。
顔立ちも醸し出す空気も温かい。その穏やかな雰囲気こそが私が強く惹かれた所でもある。
あの人に似ているから――
「本日は素晴らしき祝いの席にお呼び頂き恐縮です」
「いいえ。私の大事な幼馴染であるセラフィの大切な方ですもの」
アトリアの言葉に、私とロロ様は瞳を交わらせ微笑み合う。
――もっと言って! アトリア!
私は心の中で煽った。当然だ。自分が選んだ相手なのだから。
ロロ様とはずっと一緒。二人が死を迎えるまで、永遠に別れる事はない。
そう。自分が選んだ運命の相手なのだもの。
「――ねぇ。勿論その大切な幼馴染に僕も当然入っているよね?」
突如割って入った第三者の声。それに私とアトリアは呼吸を忘れてしまう。
血液が通ってないような指先で背をなぞられたように、体の芯からがぞわっとした寒気が襲ってきた。
声の方向を振り返りたいけれども、振り返りたくない。
むしろ、出来るなら今すぐドレスの裾を掴んで、この場を去りたい。
嫌な汗がドレスからむき出しの背中へと伝い、心臓が嫌なリズムを刻んでいる。