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29 ベリルが知る真実

――……何故、あの時祖父は針鼠と歯車にいたのだろうか?


辺りはすっかり黒いヴェールに包まれる中、天から月が王都を優しく照らしてくれていた。

町々には店先に明かりが灯されている。

特に酒場が活気で賑わっているらしく、通路を歩いている自分の耳に届き伝わっているぐらいだ。


騎士の仕事を終えた俺は、屋敷とは反対側の路地を歩いていた。

それはとある店に向かうため。

今日の午後、外回りの最中にセラフィ達に遭遇した時に、部下であるルデンと合流したのだが、あいつが言った針鼠と歯車にて目撃した人物。

その特徴がどうしても気になり、城に戻る前に寄ってみた。


店はやはり臨時休業だったようだが、ノックをすれば店主が出てきてくれ応対。

だが、その時にカウンターには一人の客が。

それが祖父だったのだ。


「中に入れ」と言われたが、あいにくと職務中。

様子を見るためなら数分だけだが、話となるとかなり時間はかかるだろう。

そのためまた仕事が終わってから訪れる事を約束し、こうして業務を終了させ足を運んだ始末。


しかし、最近色々あり過ぎだと思う。

まだ半年も経過してないのに、一年分以上の出来事があった。

自分の契約結婚。それから、ナデアの駆け落ちに謎の失踪事件。


そして何より、あの夜光蝶のスッピン。あれは本当に度胆を抜かされた……


まさか、あんなに人の顔が変わるなんて。目の大きさから、輪郭まで全く違う。

あのスキルは是非、潜入捜査に役立てたい。

現に白竜騎士団に忍び込んだ時には、堂々と正面から入ったというのに、騎士達は誰もあれが夜光蝶だとは気づかなかった。

夜光蝶の親衛隊も多かったはずなのに、誰一人見破れなかったのだ。


そんな数か月の間の濃い出来事に、祖父の件が加えられようとしている。

仕事が多忙で国外にいるため、セラフィの顔合わせもしていない。

それなのに、どうしてこの王都にいるのだろうか?


祖父が一体何を考えているかわからない。

だが、針鼠と歯車は、セラフィの祖母と縁があったと聞いた事がある。

ならば、その延長線上の関係に、祖父はいるのかもしれない。


そんな事を考えながら歩いていたせいか、あっという間に目当ての店・針鼠と歯車に無事到着。

店先には丸まった針鼠のプレートが掲げられ、カーテンは閉め切っている。

これは昼間と同じ状況。けれども、カーテンの隙間から中の明かりが零れ、うっすらと道路に光の線を形成していた。


俺は腕を持ち上げると、意を決し扉をノックする。

これから祖父の口から話されるであろう事柄に、ほんの少し警戒しながら――



すると、わずかな時間まてば、ゆっくりと扉が開かれていき、そこに現れたのは店主だった。

彼は穏やかな笑顔を浮かべながら、「お疲れさまです。さぁ、どうぞ」と労いつつ中へと促してくれる。


「すまない。店休みなんだろ?」

「いえ。ジルラ様から手紙を頂き、貸しきりにしたのでお店は一応営業はしております。ですが、もうお帰りになられましたので」

「そうか、なら良かった……って、ちょっと待ってくれ! 祖父はいないのかっ!?」

「申し訳ありません。セラフィちゃんが失踪事件を調べていると知ると、計画を早めるためにお戻りに」

「計画……?」

「えぇ。隠居計画です」

「隠居っ!?」

寝耳に水だ。

そんな大事な事、いくら商いの方には一切関与してない俺にも、一応知らせてくれればいいのに。

生涯現役宣言までした祖父が、急に隠居とは……

本当にあの方は何を考えているのだろうか?


「全てを話すよう言付けを承っております。ですから、どうぞお座りになって下さい。何か飲み物と食事を用意致しますか?」

「あぁ、なら卵サンドを頼む。あと、適当に何かお勧めのアルコールを」

「畏まりました」

そのまま店主は会釈すると、カウンターの中へと入っていった。






「さぁ、どうぞお召し上がり下さい」

数分後にカウンターに並べられたのは、この辺りで良く飲まれるサザの実を漬けた果実酒と卵サンド。

卵サンドはふっくらと焼き上げた黄身を玄米パンで挟んでいる。早速それを手に取り、食す。すると、口内に広がったのは優し気な味。

鼻を掠めるバターの香りに混じり、何か瑞々しい香りがする。


「これがセラフィの祖母の味か。うまいな」

「ありがとうございます。ですが、あの方の味には到底追いつかない」

そう寂しそうに答えた店主。

その表情は、痛みをこらえている子供のようだった。


「あの方――セラフィちゃんの祖母・マリーさんは、優しさの塊のような方でした。それにセラフィちゃんの祖父・前侯爵様も、大変人望がある方でした。お二人に救われ、恩を感じている者達は数えきれない程おります。その中の一人に、貴方の祖父・ジルラ様も。それが、今回の貴方とセラフィちゃんの結婚に強く関与していますので、今からご説明いたしますね」

その後、彼の口から語られた今までの経緯。

祖父とセラフィの祖父母との関係、それから偽装結婚の発端となった出来事など……――


「まさか、俺の知らない所でそんな事が起きていたとは。この結婚をやたらと急いでいた印象だったが、そういう経緯があったのか。しかも、あの浪費家の侯爵達は最低だな。病人を見捨てるとは。……だが、以前にセラフィが行く場所がないと以前に言っていた理由がやっとわかった」

「セラフィちゃんがそんな事を?」

「あぁ。そんな両親ならば、確かに居場所がなくなるだろうな。実家だろうと」

「えぇ。ですから、貴方と結婚して家を出てほっとしているんですよ。私達は。あんな所にいたら、また売られてしまうかもしれません。あの……この話はセラフィちゃんに黙っていて下さいね。特にブラガ伯爵の愛人の件は特に。皆、内々に処理するようにと取り決めがなされましたので」

「それが良いだろうな。しかし、両親の件はなんとか出来なかったのか? セラフィはレイン様や王太子と顔なじみなんだろう? レイン様辺りは動きそうだが。あの方はドス黒いから、適当な罪状つけて捕えそうなのに」

「……旧貴族ですから。カストゥール家は」

そう告げると、店主は深く項垂れた。


「マリーさんが亡くなった時に、声を上げた方の中に大物の方達もいらっしゃったんです。特に懇意にしていた公爵様の怒りは恐ろしかった……でも、旧貴族のしがらみがそんな彼らを止めたんですよ。カストゥールは名家中の名家なんです。彼等も同じ旧貴族ですので」

「あの没落寸前のセラフィの実家が?」

「えぇ。今は想像できませんが……その上、私達庶民からしてみれば、貴族はひとくくりですし。ですが、彼等にとっては違います。旧貴族はこの国が建国した時から存在する由緒ある貴族。ただそれだけではない。築き上げた功績がある。カストゥール家は過去に宰相も輩出した家柄で、代々重要な役職につき国益を増やすために働いてきました。前侯爵も民の為に様々な事業を行い、王より勲章をいくつも頂いております。ですので、それがセラフィちゃんを苦しめる要因の一つになってしまいました。全く手が出せない。旧貴族は尊き血。故に、ある程度までは見逃される。それは罪さえも――」

確かにそうだ。ある程度ならば、揉み消せる。

現にそれをいいことに、傍若無人な振る舞いをしている奴も多い。

例えば昼間のあの伯爵子息。


だから、騎士団も色々と分類されるのだ。

高位貴族出身ばかりの焔竜。庶民出身ばかりの白竜。

そして黒竜は、半々。

蒼竜に関しては、騎士団の間でも謎過ぎて不明。


「現侯爵――セラフィちゃんの父親は、金儲けのために結構危ない橋を渡っています。何度かそれを利用できないか? という話にもなりました。ですが、旧貴族でそれを捕まえるには弱かったんですよ。不謹慎な話になりますが、とんでもない犯罪に加担しなければ無理です」

「そうか……だから、誰も動けないのか……」

「はい。残念ながら」

俺は深く嘆息を零した瞬間、頭の中にセラフィの顔が過ぎった。

そんなもの背負っているような素振りは見せず、日々生活しているあいつ。

むしろ、失踪した友人のために動いているぐらいだ。

人の為に動いている場合じゃないだろうが……


「あぁ、そうですね。ジルド様の件もお伝えしないと。ジルド様の隠居計画ですが、セラフィちゃんのためです。ですから、色々と諸外国に出向きその準備をなさっているんですよ」

「残りの余生をセラフィのためにか?」

「えぇ。償いなんだと思いますよ。マリーさんを救えなかったからと」

「……頭の中が混乱しそうなぐらいに色々な出来事が起こり過ぎだ」

「そうですよね。ご自分の件でも大変なのに」

「は?」

待て。待て。俺の身には別に何も振りかかっていないはずだ!

それなのに、大変ってどういう事だ?

と小首を傾げかけると、ふと浮かんだ件があった。

それを思いだし、頭をガツンと殴られたかのように、どんよりと重い空気が身を包む。


「トフ侯爵令嬢の件か……?」

「えぇ。レイン様より伺いました。付き纏われているそうで。しかも、白竜の軍施設にまで押しかけられていると」

「知っているなら、なんとかして欲しいのだが。強く言っているのだが、言う事を聞いてくれないし、侯爵家を主張されて困っているんだ。セラフィと結婚したが、爵位は俺は持ってないからな」

「仕事以外でレイン様が動くのは、セラフィちゃんを始めとした限られた者だけのためです。残念ながら、ベリル様はその対象外ですので」

「……だよなぁ」

俺は本日何度目かわからない嘆息を零すと、現実逃避とばかりに残りの卵サンドへと手を伸ばした。

その旨さで誤魔化すために。








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