25 またお前らか?
――よりにもよって、息子の方っ!?
引き攣る顔が抑えられず。なんて面倒な!
別に私は占い師ってわけではないけれども、これから絶対に厄介事に巻き込まれるのは目に見えている。
勿論、彼の噂だけじゃない。それは私と彼の最初の出会いがあまりよくなかったせい。
レグスは、上から目線で自分主義だったのだ。
どうしようとレダへと視線を送れば、彼女は鬱陶しさを隠さない目でレグスを眺めていた。
そして軽く頭を抱えると、そのまま首の凝りでも解すように回してストレッチし始めてしまう。
――え? 臨戦態勢っ!? ちょっと待ってよ!?
ここは大通りのため、人々の目もある。
さすがにレグスとて馬鹿な真似はしないだろう。腐っても伯爵家だ。
大丈夫! 大丈夫……だと思う。
段々と自信がなくなってきた私は、ゆっくりと唇を開き尋ねた。
「あの……私達に何かご用でしょうか?」
「乗れ」
「え?」
いきなり何を言っているんだろうか、この男は。
あまりに突然なその発言。それには、私はつい反射的に言葉を漏らしてしまう。
「申し訳ございません。誰かと勘違いをなさっているのではありませんか?」
きっとそうだ。
だって初対面の人間にいきなり馬車に乗れ! なんて言うはずがない。
「間違ってない」
なんでそんなきっぱりと……
「マリー。貴方は、最近面倒事ばかり引き寄せますね」
「私っ!?」
「行きますよ。構ってられませんから」
「……うん」
レダに促され、私はそのまま足を目的地の方向へと踏み出したその時だった。
ぐっと右手の手首に痛みが走り、たまらずに足を止めたのは。
「無視するつもりか? 俺を誰だと思っているんだ! 折角俺が声を掛けてやっているのに。さっさと乗れ!」
「はぁ!?」
いやいや……乗るわけないでしょうが。普通。
困惑を通り越し怒りさえ覚え始めてしまった。
つい先ほど清掃をして心がすっきりとしたのに、同じ貴族でも男爵と全く違う。
絶対に自分が中心で世界は回っていると思っている人種だ。
「私が乗る理由がありません」
「そっちの侍女はきつそうだが、お前は俺好みだ。俺がお前の事を気に入ってやったんだ。ありがたく思え」
思えない。空から金貨が降って来たらありがたいって思うけど。
むしろ、迷惑以外感じない。
「いいから来い。俺が可愛がってやる。欲しい物なら、なんでも買ってやる」
「え、ちょっと!?」
まるで荷物でも引きずり込むように無理くりと馬車の中へと連れ去られそうになり、頭の中が一気に真っ白になってしまった。
いくら貴族と言えども、こんな狼藉許されるわけがない。
だが、体は幸いな事に馬車内へと入る事はなかった。
それはレダがレグスと反対側の腕を掴んで阻止してくれたお蔭だ。
そのため、辛うじて私の足は地へと着いていた。
「うちの馬鹿に手を出さないでくれませんか?」
「ちょっと! 馬鹿って言わないで!」
「馬鹿ですよ。貴方が命じれば、私はこの男を地へ伏せさせる事が出来るのに。さっさと命令を」
「だって、怪我しちやったら……」
「こんな下種な男の事を考えているんですか? 本当にどれだけお人よしなんですか、貴方は。怪我の一つや二つ構わないのに」
「だって……」
「貴方は本当に馬鹿ですよ。あの時――私を助けた時からずっと。そんな馬鹿な人だから放っておけない。守ると誓ったんです。あの捻じ曲がった腹黒男に言われたからじゃない。私が自分で選んだ道です」
「え? 捻じ曲がった腹黒男って誰? ……って、今はそれどころじゃないっ! なんとかしてっ!」
「わかっています。それよりも、暴れて舌噛まないようにして下さいね」
そう言ってレダは私を掴んでいるレグスの腕へと手を伸ばし、その手首を掴んだ。そしてそのまま捻りあげれば、彼から短い悲鳴が上がった。そのお蔭で、私は難なく自由に! 脱出成功!
だが、ほっと息を吐き出したのもつかの間。
怒りで顔を染め上げているレグスに気づく。
まるで刃物のように目を鋭くさせ、レダに捕まれた箇所を擦り私達を睨みつけている。
「侍女風情が!! この俺を誰だと思っているんだ。殺してやる」
「どうぞ勝手に。ですが、貴方に出来るものならば。それよりも前に、私達がどこの侍女なのかご理解していますか?」
私は、レグスの未来を想像でき憐れんだ。レダに勝てるはずがない。
それ以前にこちらは侯爵家出身だ。しかも、今はフォーマルハウト家という大資産家の後ろ盾がある。
それを知らずに喧嘩を売るような真似をして――
貴族としての家柄はこちらの方が遥かに上。
しかも、旧貴族と呼ばれる古い家系。
金は無いが、家柄だけは本当に優れているのがカストゥール家。
今は正体を明かせないから、侍女のまま。だが、「火急の主の命を受けている」と告げれば、それを妨害したレグスは私の主であるセラフィの不興を買う事になる。従って、間接的にセラフィを敵に回していることに。セラフィも私でごちゃっとしているが、とにかくどこの使用人か聞かなかったこの男が悪い。
「レダ。やるのは構わないけど、怪我させないでね」
「いいえ。大事な高級菓子の仇は討ちます。形崩れちゃったじゃないですか。まぁ、味は変わりませんが」
「え?」
と、地面へと視線をむければ、そこには見るも無残な形になった菓子が……
どうやら暴れてしまったせいで、踏みつぶしてしまったようだ。
「ちょっと! 私じゃなくて、菓子で切れていたの!? さっきのかっこいい台詞どこ消えたのよ!」
と、私が肺に空気をめいいっぱい送り込んで叫べば、
「またお前達か」
という、聞き覚えのある声が響き渡ってきた。