24 子爵と伯爵子息
何がそんなに私の目を引いたのか、それは人々の中心になって指示している青年だ。
シンプルな服装に身を包んでいる人々に混じり、遠目でも上質な衣服を纏っているので目立つ。
少しふっくらとした輪郭に、少しだけ申し訳なさそうに下がった眉、やや小さめのアーモンドの瞳。
人の良さそうな容姿と雰囲気を持つ彼は、周りと同じように素手でゴミを拾いながら笑顔を振り撒いている。まるでそこだけ身分差がないかのように、気さくに話しているのが衝撃的だった。
「あれは……シンス子爵だわ」
それを見ながら私は呟いた。
「シンス子爵ですか……? あぁ、そう言えば、子爵は奉仕活動として王都内を進んで清掃をしているそうですね」
「そうなの! 流石よね。慈善活動家として知られているだけはあるわ」
シンス子爵は誰にでも等しく慈悲深いため、庶民に慕われ信頼が厚い。
その上、相談や孤児院訪問等を積極的に行っている。
「そう言えば、子爵もあの香木業者リストにありましたよね?」
「えぇ。一年ほど前かしら? 新規事業として、材木の輸入業を起こしたの。カリオン商会っていう所。地元の人間を積極雇用しているそうよ。会社の景気も良くて、孤児院などへの多額の寄付もしているわ。それが同じ慈善活動家として名高いデュー伯爵に気に入られ、水面下でご令嬢・アンヌ様と婚約が決まりそうなんだって」
「随分とお詳しいですね」
「そりゃあ、勿論。夜会でご令嬢達の格好のターゲットだったから。ほら、彼って見た目押しに弱そうじゃない? しかも、業績うなぎ登りの会社経営。だから、結構強気にアピールしている子達も多いわ。でも、あれなら庶民に絶大なる人気があるのがわかるわね」
「そうですか? 胡散臭いですが」
「それってレダが捻くれているだけじゃない?」
少なくても自分の両親はゴミ拾いなんて絶対にやらない。むしろ捨てる。
残念な事に私の両親だけではなく、貴族主義の人々が多いため、身分差というものは根強い。
勿論、中にはそれとは正反対の人々もいるけれども……
それを身を持って知っているために、シンス子爵の行動と信念を尊敬。
「……お嬢様はほんと単純ですね」
「はぁ!? なんでよ! あの人は、見たまんまの良い人でしょうがっ!」
「声押さえて下さい。相手に聞こえてしまいますよ……って、もう遅いようです」
「え?」
不自然に固定されたレダの視線を追えば、話の中心人物がじっとこちらを凝視。
どうやら聞こえたらしい……
シンス子爵は穏やかな春の陽気さを思わせるような柔和な表情を浮かべると、私達に向かって軽く頭を下げる仕草をした。
「あ~あ。お嬢様のせいで」
「私!?」
それを誤魔化すために無理やり笑みを張りつけ、そのまま会釈をする。
すると何故かシンス子爵は足を踏み出し、こちらへとやってきてしまう。
「こんにちは。もしお時間がありましたら、ご一緒に如何ですか? ゴミを拾って町が綺麗になると心が洗われますよ」
「え、あ、その……」
時間はあるかと問われれば、あると答えられるだろう。
だがしかし、今は屋敷を抜け出している最中。
そのため、私は口ごもってしまう。
「皆さん、町の治安維持に熱心な方々です。ご覧のように、お二人と年齢が近い女性もいらっしゃいますよ」
そう言ってシンス子爵は視線で先ほどまで自分がいた場所を指した。
確かに、噴水広場には老若男女様々な人々が清掃に励んでいる。
そのため、自分達の存在が浮く事はないだろう。
「やりましょう。マリー」
「は?」
隣から聞こえてきたレダの言葉に、最初は空耳かと思った。
即答で「嫌です」と断りそうな性格をしているではないか。
それなのに、やるって――?
もしかしたら、意外とレダには博愛精神があったのか。
私は、信じられないと彼女の方へと視線を向ければ、
「この間、ちらっと聞いたんですよ。掃除をやると、子爵様から菓子が貰えるって。しかも高級品」
という返事が。
「レダ……貴方……」
私は頭を抱え、項垂れてしまう。
めっちゃ黒い。己の欲望のためではないか!!
しかも、思いっきり物欲。本心だとしても黙っていて欲しい。明らかに胡散臭いかもしれないが、町のためという盾前ぐらい語れ!
きっと呆れているだろうとシンス子爵へと視線を向ければ、案の定苦笑いしていた。
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シンス子爵に誘われたゴミ清掃を終わった私達は、針鼠と歯車へと向かうために再び足を進めていた。
実にすっきりとした気分だ。
晴れ晴れとした空が気持ちいい。
ゴミと共に自分のネガティブな気持ちが捨てられたのか、草原を歩いているかのような実に爽快感を感じる。
今回初めて参加したが、奉仕活動も良いものだ。
どうやらそれは隣のレダも同じだったらしい。
「いやー。たまに奉仕活動というのも悪くはないですね」
と、腕に抱えている菓子袋を眺めながら口にしている。
「……菓子目当てだったくせに」
「いいんですよ。動機なんて不純で。一緒に参加していた女性陣も、子爵様目当ての人達もいたじゃないですか」
「そうなの?」
「えぇ。マリーは掃除に夢中で気づかないようでしたが。まぁ、私と同じで菓子目当ての人もいましたけどね。子爵が配っていたのは、庶民が口にできないような高級な菓子です。子爵と菓子。人を集めるには格好の撒き餌」
「まぁ、それでも若い子達が集まってくれるならいいんじゃない? 本当に素晴らしい人だわ」
そう言って私は感服。
子爵が用意してくれていたのは、菓子だけではなかった。
昼が近いという事もあり、軽食も準備してくれていたのだ。
こんなに人々のために金銭も時間もつぎ込んでくれているとは、素晴らしい!
「しかし、本当にいい人ね。彼の悪口を言う人を聞いた事がないけど、その理由がわかったわ。自腹でこんなにして――……ん?」
ふいに間隣で大きな気配と共に、キィという耳障りな音が耳朶に触れ、私は眉を顰めながら足を止める。
そしてそちらへと顔を向けそれが何かを確認。どうやら道に馬車が停まったようだ。
「ディペル……?」
馬車に描かれた紋章は、重なり合うような二つの斧に、蔓が絡まっている。
それは、ディペル家の紋章。
これを知らない貴族はいないだろう。今、夜会を賑わせているのだから。主に、お騒がせな方向で――
当主のグラン伯爵は癖が強いが、統治力があるため信頼もある。
その次期当主が問題なのだ。その第一子息・レグス。
女癖が最悪。手当り次第に漁っている。
無論、私にも誘いがあったが、「伯爵家の分際で、この私を?」と、傲慢かつ威圧的に一刀両断。
断り方も、あのプライドの高い母ならこうするだろうと想像して演じてみた。
それが功をせいしてか、しつこく誘われる事はなくなった。
その代償として、ゴシップ記事一面は飾ったけど……
――関わらないように、さっさと離れよう。巻き込まれると面倒になるし。
そう思って足を進めようとした時だった。
馬車の扉が開き、「おい」と、ふとそんな声を掛けられたのは。
反射敵に顔をそちらへと向ければ、そこには、無造作に髪を撫でつけた灰色の瞳を持つ青年の姿が。
しかも悪い意味で夜会を賑わせているグラン伯爵子息・レグスだった。