23 今度は侍女として城下町へ!
時間の経過が鈍く感じる昼下がり。私は自室にいた。
ぐっと眉間に皺が寄っているのを感じながら、手中の資料を眺めて。
座っているソファは名のある職人が作り上げたのか体にフィットし、とても違和感なく長時間座れるようになっている。
そんな私を開け放たれた窓から吹き抜ける風がカーテンを揺らしながら、頭を冷やせと新鮮な空気を運んでくれていた。
「……少し休憩するわ。レダ、お茶をお願い」
私は傍で控えていたレダへそう告げると、手に持っていた書類をテーブルへと置き、ぐっと両手を天高く伸ばし首をぐるりと回す。すると肩に血液と疲れが溜まっていたのか、流れていくように感じ、若干すっきりとした気分に。
「お嬢様。それで何かわかりましたか?」
レダはティーカップなどをテーブルへと並べながら、そう尋ねてきた。
私が見ていたのは名簿。
ずらりと羅列されている会社名と住所は、アーセル王国で香木を扱っている業者だ。
これはベリル様に頼んで用意して貰ったもの。
フォーマルハウト家――彼の実家より、資料として借りて来てくれたらしい。
イアちゃんが持っていた木の欠片。
私は色々考えた結果、もしかしたらそれは香木なんじゃないかって思ったから。
だが、香木は身近なものに加工され生活へ浸透している。例えば、香水などがそうだ。
そのため、取り扱っている業者が膨大な量となり、ますます困惑。
ここから一つ一つ絞るとなれば、気の遠くなるような時間。
「せめて香木の種類を特定出来れば、振るいにかけられるのですが。それにあれが香木なのか、それすらわかりませんし。やはり新しい情報を探した方が早いかと思いますよ」
「そうね。白竜騎士団も探して下さっているけれども、手がかりが全く掴めてないみたいだし……」
私はふぅっとゆっくりと嘆息を零すと、ティーカップへと手を伸ばす。
そしてそれを掴むとそのまま唇へと触れ、傾けた。
鼻腔を掠めた瑞々しい香りと、口内に広がった甘味と酸味が程よい。
どうやらアップルティーのようだ。
「もしかして、蜂蜜入っている?」
「えぇ。疲れた時には甘いものが一番ですので」
「レダって時々優しいよね」
「時々ですか? いつもそうだと思いますが」
「それ、気のせいだから」
「お嬢様はいつも優しいですよね。ですが、お嬢様に関してはその優しさは短所だと思いますよ。使う人を選ばなければ、貴方が傷ついてしまいます。特にあの毒にしかならない両親に対して」
「ありがとう。大丈夫だから。だって、もう結婚して家を出たのよ? あの人達だって、家を出た私の所に来るわけがないわ。顔が見たいなんて言い出さないし。ふふっ、なんだか疲れが取れたわ。蜂蜜入りの紅茶のお蔭ね」
レダの気遣いに心が緩んでいく。
胸に温石を抱いているかのように、じんわりと広がっていく温もり。
それがとても嬉しくも気恥ずかしい。
だからここは蜂蜜入り紅茶のせいにしておく事にした。
「それは良かったです。私、これから城下町へ行って参りますね」
「針鼠の歯車に?」
「えぇ。もしかしたら、新しい情報が入っているかもしれませんし」
確かに進展はない。
ならば外へと出て、調査をした方がいいだろう。
けれども、今はフォーマルハウト家の人間。
以前は侯爵家の離れに住んでいたため、抜け出して外出するのは安易な事だった。
両親をはじめ、使用人も自分の事を気にしてなかったから。
けれども、ここではそうはいかない――
「ねぇ、私も一緒に町へ行きたいわ」
「え? お嬢様もですか?」
そうですねぇ……と呟きながら、レダは顎に手を添えしばし思案。
そして何か思い浮かんだのか、一度大きく頷いた。
「では、侯爵家から侍女が訪れた事にしましょう」
+
+
+
澄み渡る青空の下。城下町は人々で賑わっている。
そんな中を、私はスッピンで侍女服に身を包みながらレダと共に歩いていた。
髪は三つ編みにし、眼鏡で軽く変装をして。
レダが考えたのは、架空の侍女の存在。
侯爵家より私――セラフィの元へ時々手伝いに訪れる設定として、それらしい理由づけをして作り上げた少女だ。
屋敷で見ず知らずの者を見かけて不審に思われたが、「侯爵家の使い」と名乗れば納得された。
そして、本体――夜光蝶は体調不調のため寝室で休む事にして、人払いし誰も近づけないように。
これでバレない!……と、願いたい。
「この間のメイド服もだけれども、制服って着るとしゃきっとするわね。なんだか、デキる侍女って感じがするわ。しかし、私って結構なんでも着こなせている気がしない?」
「気がするだけですよ。それよりも、今回のイアさんの件、やはり駆け落ちの線は外した方が良いでしょうね」
「どうして?」
「騎士団が調べてもまだ何も見つかってないなんておかしいです。恋人の痕跡すらない。そんなの異常ですよ。例えゴシップ対策としても、必ず何かしら出るはずですって。とても素人が出来る細工とは思えない」
「じゃあ、どういう事……?」
それを耳に入れた私は、つい先ほどまで浮かべていた呑気な表情を引っ込めレダを見遣った。
なんだか陽気な空気だった街並みが、一気にひんやりとした空間になっていく。
「何か犯罪に巻き込まれている可能性が無きにしもあらず。そういう事ですよ。ですからこの件は私に任せて、お嬢様は手を引きませんか?」
力強い瞳。それに一瞬怯みかけたけど、私はぐっと堪える。
「引くと思う?」
「……ですよね。貴方は妙に頑固な所があるから。それに、無駄に優しい」
「心配しなくても大丈夫よ。私だって自分の限界を知って……って、あら?」
私は視界の端を掠めた風景へと意識を奪われてしまい、ふと言葉を中途半端にしたまま唇を閉じてしまった。
丁度噴水広場前を通りかかったのだが、そこに人々がたむろしていたのだ。
いつもはベンチに座り日向ぼっこをしている人々などで、まったりとした空間となっているのに。
今は箒や袋を持った集団で占拠されている。
人々は何やら腰を屈めながら地面に手を伸ばし、何か掴むと、もう片手に握っている袋へとそれを入れていっているようだ。
「掃除……?」
清掃活動自体はさも珍しくない光景。
けれども目を引く人物がそこにいるせいで、釘づけになってしまったのだ。