19 怪しむ彼の視線を掻い潜れ
――な、なんでこうなっちゃうのっ!?
水色のワンピースにブラウス、それからフリルの付いた純白のエプロン姿の私は、箒を抱きかかえながら肩を落としていた。
騎士団に潜入するために、スッピンでとあるルートからメイド服を借り、無事何事もなく白竜の本陣へ潜入! と、ここまでは良かったって思う。
疑われる事無く、これまたとあるルートで作って貰った身分証明書で建物内へ入れた後が問題だった。
廊下掃除をした振りをして資料室へと思っていたのに、どういうわけか窮地に立たされている。ガチムチの騎士達に周囲を囲まれてしまっているのだ!
最初は一人に声を掛けられただけだったのに……
それをきっかけに角砂糖に群がる蟻のように集まって来てしまっている。
――なんで? 夜光蝶ならわかるけど、スッピンなんですがっ!?
「ねー、名前なんていうの?」
「見た事ないけど、新しく配属された子?」
「可愛いね。今度一緒に飲まない?」
次から次へと体に浴びせるように届く質問の数々。
それに対して、私は対処出来ず。
いつもはレダがいてくれるけど、今は別行動。
彼女は今、城下町で情報収集をして貰っている。
視線が迷子の子供のように彷徨い、じんわりと視界が滲んでいく。
完全装備中の夜光蝶の時ならば、どんな場面でも切り抜けられるだろう。
あれは化粧という仮面とドレスという鎧で身をがちがちに固め、舞台女優のように心から役に徹しているからだ。
けれども今はスッピン。完全に素だ。
もし色々と突っ込まれて正体がバレてしまえば、元もこうもない。
だから、なんとか切り抜けなければならない。
「すみません……仕事中ですので……」
と、柳眉を下げ、瞳を困惑に染め上げている時だった。
突如として雷のような怒号がその集団に落ちたのは。
「なんの騒ぎだ!」
「ヒッ」
その怒号に私を囲んでいた屈強な男達は情けない声を上げ、肩を大きくびくつかせた。
そして、そのまま氷象のように固まったかと思いきや、一目散に壁際へと逃げていく。
それから一列に整列すると、腰痛くない? というぐらいに頭を深く下げた。
そのお蔭で私は周りの風景がやっとクリアになり、見渡せるようになった。
もしかして、騎士団長でもきたのかしら? と左右に割れた視界の先へと視線を向ければ、そこにはこの場で一番逢いたくない人物の姿が。
――そうだった。白竜って、あの人がいたんだったわ……しかも、第一隊長……。
「ベリル=フォーマルハウト」
小刻みに震えている騎士達の中に、私の呟きを拾うものはいなかった。
「……第一隊長」
「ベリル様……」
「隊長……」
「お前ら随分元気があるようだな。上まで筒抜けだ。暇なら俺と模擬訓練でもやるか?」
「あーっ! 俺、第三副隊長に呼ばれていたんだった!」
「俺、そろそろ見回りの時間だ」
と、なんだかんだ理由をつけ、そそくさと廊下から退却していく騎士達。
その流れに乗って私も立ち去ろうとしたが、すぐさまベリル様に右肩を掴まれ逃げ遅れてしまう。
――なんでっ!?
「やはりお前か。ここのメイドだったのか? いつもの掃除担当はどうした? 担当変更はこちらで聞いてない。身分証を提示しろ」
「は、はっ、はいっ!!」
そう言って私はエプロンのポケットから、それを取り出した。
それは掌サイズの紙。そこには身元引受人の名前である第一王子・フェストのサインと印鑑が押されている。そして偽名であるマリー=ラネルという名も。
これはメイド服を借りる時に、フェストに貰ったものだ。
私とアトリア、そしてレイン。それからフェスト。この四人は幼い頃からの顔なじみ。
子供の頃は毎日のように遊び倒し、大人になってからも私のスッピンと事情を知る人々でもある。
城内外には許可書または身分証がないと立ち入る事が出来ない区域がある。
騎士団も重要事項を取り扱っているため、それに該当。
メイド服と許可書。普通、侯爵令嬢がそんなものを内密に依頼なんて、大抵は訝しげに思うはず。
だがしかし、フェストは違った。
「あー、お前ら新婚だもんな。うんうん。わかった。シチュエーションと衣装は大事だ! 俺はメイド服には萌えないが」と完全に勘違いしてくれて貸与。
――フェストは昔っからノリ良かったのよね……レインと従兄なんて信じられないぐらいに、軽いし……
「第一王子が身元引受人だと? 一体、お前は何者なんだ?」
「なんの関係もありません。仕事を探す為に遠縁の親戚を頼ったら、偶然その方がフェスト様と懇意にされている方だったんです。それでこの城での仕事と身元を引き受けて下さいました」
「一応筋は通るな。だがしかし、どうも引っかかる。その瞳が一番印象が強いが、声だ。やっぱり似ているんだ。あいつに。でも顔も身長も違う」
それには「しまった!」と、心の中で舌打ちをした。
裏声を使うなり、声に変化を付ければよかったのだが……
「申し訳ありません。私、そろそろ戻らないと。では、失礼致します」
これ以上会話してボロが出では不利になる。
そのため私は無理やり笑顔を張り付けたまま床に置いていたバケツを掴むと、一端退却とばかりにそのまま足を進めベリル様の横をすり抜けようとした。
けれどもそうはさせまいとベリル様の伸ばした手により、私の二の腕が掴まれてしまう。
ただ、緩いロープで軽く縛るように、痛みを与えず拘束。
加減してくれる優しさを見せてくれているのが不幸中の幸い。
そのため、あっけなく逃走失敗。
「えっ……あの……仕事が……」
「話は終わってない。怪しい人間を放置しておけるか」
このまま不審者として尋問され、保護人であるフェストでも呼ばれてしまったら、自分の正体が一発でバレてしまう。
そんな事にでもなれば、夜光蝶最大の秘密漏洩に繋がる。
それは何としても阻止しなければならない。
そのため、私は必至に抵抗した。
「離してよ。私の何処が怪しいのっていうの!? 見たまま、ただのメイドーっ!」
捕まれている腕を大きく振り、なんとかその緩い拘束を解こうとした時だった。
力任せにし過ぎたのか、嫌な音が耳に触れてしまう。
――ガシャン
硬質な物同士がぶつかり合うような音が響き渡り、それに私は血の気が引き青ざめた。嫌な予感がする。
いや、もう予感なんかじゃない。目を背けたい現実だ。
つい数秒前まで、首元に感じていた冷たいけれども安心させる温もり。
それが消えてしまっていたのだから……
「嘘でしょ!? おばあさまの指輪がっ!!」