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17 潜入するわよ?

「今、皆が血眼になって探しているそうです。ですが、全く消息が掴めず」

「嘘……」

その話を頭で理解した瞬間、私は床に転がっているビンで、頭を殴られた感覚に陥った。

見えない血が流れ、体を湿らしたかのように重たい。

己の体を自分で抱きしめ、震える身を温める。

その時、何時ぞやの事が頭に過ぎった。いつも笑顔で迎えてくれるイアちゃんの姿を。


いつも店に行くと優しく出迎えてくれたイアちゃん。

結婚するって幸せそうに知らせてくれたイアちゃん。


それが失踪……?


私は血の気が引き、体がぐらつきかけるけれどもなんとか堪える。


「どうして? だって、将来を約束した恋人がいたのよ!?」

「わかりません。今、マスターも探している状況です」

「そんな……」


――こうしてはいられないわ!


私はベッドから飛び降りると、わが身を振り返らずそのまま部屋を出ようとした。

だがすぐにその腕をレダに取られ、私は顔を顰める。


「お待ち下さい」

「なぜ止めるの!?」

「――そのままの格好では外に出られません。一先ず入浴、それから食事を」

「こんな時に何を悠長に!」

「とにかく今準備をしてもらっていますので、入浴して下さい。それにその顔見て下さい。くまに肌荒れ。それにそのむくみ。酷い顔です」

「ひ、酷いって……」

壊れた。失恋して心にヒビが入っていたのに、もう今ので完全に割れた。しかも深く大きく。

確かに今の私ときたら、髪は乱れまくっている上に寝衣姿。

しかもおまけにスッピンだった。そのため、頷きレダへと準備をするように告げた。



少し湿気を帯びた髪を拭きつつ、私は私室にてソファへと身預けながら、休息を取っていた。

数日ぶりのお風呂はとても気持ちがいい。まるで生き返るようだ。

本当にそう思う。不要な観念がお湯に溶け身が清まったかのよう。


「お嬢様。お疲れでしょう。さぁ、デトックスティーを」

「ありがとう」

レダからカップを受け取ると、そのまま口を付け傾けると胃へと流し込む。

だが次の瞬間それを見事に霧にした。

不味い。なんとも言えない未知の味がする。

苦みの中に広がる獣臭さ。

そしてどことなく甘味があるのだが、それが味を更なる破壊へと誘導している。

これは人間が口に含んで良いものなのだろうか? とはいえ、ちょぴっともう飲んでしまったのだが……


「ちょっ! あなちゃ、これなにをいれちゃの!?」

呂律が回らない。何故舌が痺れるのだろうか。

お茶というのは、心身を癒す効能があるはずなのに、これではまるで罰ゲームだ。


「さっき言った通りです。デトックスティーですってば。お嬢様、肌ボロボロじゃないですか。髪も艶が抜け、体も浮腫んでいますし。自業自得です。それに引きこもっていたから運動不足ですしね」

「……人生初の失恋したのだから仕方ないじゃない。私、結婚の約束までしていたのよ? それなのに他の女と駆け落ちされたんですけど? またゴールデンガラー社の飯の種になっちゃったわ」

そう口にしたが、本当は理解していた。


きっと愛の重みが違ったのだ。

彼女とは本気だから貴族という身分も何もかも捨て、一人の男として彼女と共に生きたかった。

だから二人で手を取り合って、彼らは自由を手に入れたのだろうって。

愛に身分も時間も関係無いのだから。


「……あら? そう言えばベリル様は? もしかしてナセアさんを捜索中かしら?」

すっかり忘れていた事を思い出し尋ねた。


「いいえ。騎士用の寄宿舎に泊っているみたいですよ。ここは思い出の場所でもあるのでメンタルにダイレクトにくるんじゃないですか? あの方も失恋中ですし」

「……そう」

――気持ちはわかるわ。私もロロ様の思い出の品全てぶちまけたし、手紙を破いて速攻ゴミ箱だったもの。


レダから新しいお茶を受け取り、それと交換に水の入ったグラスを差し出す。

だが新たに手にしたティーカップに私は警戒する。

それもそのはず。先ほどの味が未だに口の中に残っているのだ。


念のために匂いを嗅ぎ、それが安全だと判断。

やがて慎重に、それに口を付ける。どうやら今度は普通の茶だったらしい。

私は安堵し、それを味わうように喉へと流し込んだ。


「レダ。貴方の事だから、もうマスターから情報収集してきたのでしょう?」

「えぇ。騎士団にはもう届けを出しているそうです」

「そう。王都の事件類は確か、白竜騎士団が管轄ね。ロロ様のように駆け落ちの可能性はどう? 身分差って言っていたし」

「その可能性もあります。ですが、少々引っかかる事も。彼女が店に何も言わずにそのような事をするでしょうか? 真面目な彼女ですよ?」

「そうね……」

顎に手を添え、思案する。


「ねぇ、取りあえず情報を探りましょう。身分差があるって事は貴族よね……」

「ゴールデン・ガラー社へ潜入ですか? あそこなら貴族のゴシップの宝ですし」

「いいえ。あそこが掴んでいるならば、もう記事になっているはず。私達の事もおもしろ可笑しく書いているぐらいですもの」

「では?」

立ち上がると、窓へと顔を向けた。

そして視線で優雅に鎮座している大きな建物を指す。


「城よ。白竜騎士団に潜入するわ――」






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