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15 告げられたのは無情な現実

ベリル様の屋敷に来て、早くも三か月が経過。

私は、予想外に快適な生活を営んでいた。

ベリル様と顔を合わせることはあまりなく、食事も別々という事もあるかもしれない。

辛うじて顔を合わせるのは、パーティーのパートナーとしての時だけ。

そんな関係だから、なんだか一緒に暮らしているという感覚は皆無。

それに食事も美味しいし、屋敷の人も親切にしてくれる。実家に比べると天国そのもの。


「……でもさ、なんだか悪い気がしてきたわ。実家の借金も払って貰った上に、衣食住の心配もしなくていい。それにたった三年経てば、私はロロ様と結婚できるのよ? なんだかしっぺ返しが来そうで怖いわ」

室内にはレダしかいないため、私はいつもの口調で言葉を紡ぐ。

薄暗い室内には唯一の灯りとして枕もとの照明が照らしてくれていた。


「別にいいじゃないですか。これはどちらもメリットがある事ですし。私はお嬢様が幸せならそれで構いませんよ」

寝間着に身を包みベッドに腰かけている私に、レダはあみ籠を差し出しながらそう答えた。

そこからは何やら良き香りが漂ってくる。野に咲く素朴な花、それから広大な庭園に咲き誇る薔薇など様々な匂いが混じり合っているが、不思議と嫌ではない。むしろ新しい香りを醸し出している。


「レダって時々優しいよね」

「時々って心外です。私は常に優しさを持って接していますよ。それより、どれになさいます? ラベンダーとカモミール。あとはローズ。それからお嬢様の大好きなオレンジピール等の柑橘系も取り揃えておりますよ」

「そうねぇ……」

籠の中には、猫や栗鼠など様々な動物を模したサシェが入っていた。

どれも全てレダの手作りで、可愛い物が大好きな私のためにと毎夜差し入れている。

これを枕元に置くと、不思議とすぐに眠りの世界へと誘われてしまうから不思議だ。

一つ一つ手に取り、今日の気分に合う香りを選んでいく。最終的に手中に残されたのは、熊の形をしたもの。胸元には紫色のリボンを結んであった。


「今日はラベンダーにするわ」

「畏まりました。では、お休みなさいませ。良き夢を」

「レダもね」

枕元にそれを置き、レダへと笑みを浮かべる。

何気ない、いつも通りの日常。このまま続けばいい。約束の三年後まで。


だが現実は無情にも刃を付きつけてしまう。深く抉り出すように。

運命の歯車が動いたのは、翌朝だった。

すやすやと眠る私の元へ現れたレダにより、乱暴に開けられた扉の音。

それに夢の世界から現実の世界へと強制的に移動させられてしまう。


「お嬢様! 起きて下さい」

叫ぶようなレダの声が寝室に響き渡り、私は怪訝に思った。

今日はなんだか乱暴だ。いつもは「起きて下さい」と平坦な声なのに……


それがただ事ではない事が理解出来る。

でも生憎と無理矢理覚醒させられた事により、頭に霞がかかったかのように反応が遅い。

そのため、私はまだ曖昧な意識のままベッドへと身を沈めていた。


「お嬢様。お嬢様っ!」

「何よ、レダ……」

肩を揺すられ、仕方なくのそのそと体を起こした。

そして背を丸めながら、目を擦り定まらない視点で侍女を映し出す。


「いいですか、今すぐ着替えをなさって下さい。出かける準備を!」

「どうしたの……?」

いつもは喜怒哀楽のない彼女にしては珍しく強ばった声音。

表情的にはわかりづらいが、ほんの少しだけいつもより眉がつり上がり、結ばれている唇が歪んでいた。

その様子に私は突如として言いしれぬ不安が押し寄せてくる。


まるで真夜中の路地裏に一人放置されたように、この先の未来が全く描けない。


「これを。情報源に信憑性が無いため、真偽は不明です」

そう言いながらレダがこちらに渡してきたのは、羽の生えた蛇のロゴが入り新聞。

それはいつも私を追いかけている例のゴシップ新聞社ゴールデン・ガラー社のロゴだ。


最近、表だって行動のしていないセラフィには、何も心当たりがない。

首を傾げながら受け取ったそれを開き、飛び込んで来た文字に言葉を忘れた。


『サディル子爵・子息ロロアルト様、以前より内密に交際していたフォーマルハウト家・元メイドと駆け落ちか!?』

いつもの特等席ともいうべく新聞一面に、でかでかと読者の購買意欲をかき立てる煽りの見出しが。

それは彼女の最愛の人・ロロ様の記事だった。しかもきっちり逢瀬の写真付きで。

騒ぎ立てる鼓動に目を背け、文字を追っていく。

そしてやがてそれを全て読み終えぬうちに新聞がすり抜け床へと舞い落ちる。


「ロロ様が、ナセアと駆け落ち……」

色も何もかもが消えた世界。私の居場所はもう何処にも無くなった。


何のための結婚だったのか。

誰を守っていたのか。

誓った永遠の愛は何だったのか。

――馬鹿だ、私。そんなもの無かったのに……

溶けきった鉄のような思考。

私は外界との世界を拒絶するように両手で顔を覆って、現実を拒絶した。



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