14 想いを馳せるのはいつも
私が執事のマダンに案内されたのは、三階の丁度真ん中らへんにある部屋だった。
バルコニー付で外に出れば庭園の様子が窺え、日当たりも良く快適に過ごせそうな場所。
室内には真新し家具類が配置され、もうすでに十分生活できるような環境となっている。
まさかここまで配慮して貰えるなんて思っても居なかったので、少しだけ嬉しかった。
「では、早速だけれども、お茶を入れてくれるかしら?」
セラフィは部屋を軽く見回すと、そう唇を動かした。
するとそれを受け、壁側で控えていたメイド達が仰々しく頭を下げる。
そんなに畏まらずとも良いのだが、どうやらイメージが先行しているようだ。
「レダ。苦手な茶葉とか教えてあげて」
「畏まりました」
レダを含めた四人はその言葉に礼を取り、部屋から退出した。
それを見届けた後、私はソファへと体を横たえる。
ふかふかのスポンジのような柔らかいそれは、体を包み労ってくれていた。
さすがはフォーマルハウト家。ソファまで良質。
鰐皮を使用しているため硬質な印象を持つが、実際座ってみた時のギャップ感がまた何ともいえない。
まるで羽を凝縮させたかの様だ。
――三年か……
契約終了日までここで暮らさなければならない。
雨風凌げるし、食事のちゃんと三食摂れる。
恵まれているが、愛する人が居ない生活。
恐らくロロ様とはパーティーなどでしか会う事は出来ないだろう。
新聞記者の追跡等を避けるために、必要以上の接触はしない。
それが四人の約束。三年の月日は恐ろしく長い。でもそれは全員の幸せのため――
「……ロロ様には、多大な迷惑をかけてしまったわ」
そんな私の呟きを、天井から吊るされた百合を模したシャンデリアが受け止めてくれている。
私とベリル様の結婚発表が広く取り上げられた中で、あの例のゴシップ新聞社は、『夜光蝶陥落。フォーマルハウト家次男・ベリル様と結婚。財力の前に打ち捨てられた失意の元恋人は今』と、よりにもよってロロ様の事を記事にしたのだ。それが許せなかった。
新聞社に抗議しようとするのを、醜聞を避ける両親により部屋に軟禁された。
――ゴールデン・ガラー社め。絶対に許さないわ。どうせ記事にするなら、私とロロ様の純愛を書きなさいよ。
「ロロ様……」
ずきりと痛む胸を抑え、起き上がった。
愛する恋人を思い描いてしまっただけでこれだ。
彼の顔もその温もりも全て鮮明に思い出してしまう。止まらない。彼の事を考えると。
「少し気分転換でもしょうかしら……?」
私は腰を上げると、頭をからっぽになるだろうと部屋を散策することに。
「しかし、ここまで揃えてくれるなんて」
女神像が彫られた純白の化粧台など、生活するための家具類をきちんと準備してくれている。
しかも小ぶりで女性的なものばかり。だが、一つ気づいた事がある。寝具がないのだ。
――まさか二人で同じ寝室!? いや、でも契約結婚だし……
もしかしたら他にも部屋があるのではと思い辺りを見回せば、壁に内扉があるのを発見。
ここがそうだろうかと思いドアノブを捻れば、当たり。
部屋の左手奥には天蓋付のベッドが設置され手前には机があるのが見えた。
「大きい……」
私は足を進めベッドに近づくと、呟いた。
大人が八人ぐらい眠っても問題ないぐらいに無駄に広い。
そしてそれのすぐ傍にあるサイドテーブル上には、アンティーク調の鈴蘭を模したガラススタンドが置かれている。そしてまたしても扉が。
――この先がベリル様の部屋かしら?
部屋の作りからもう一つの内扉の先には、ベリルの部屋へと通じているのが推測できる。
だが、それを確認する事はなかった。勝手に人の部屋に入るのは失礼に当たると判断したから。
「まさかここで一緒に眠るわけじゃないわよね?」
と再度ベッドをじっと凝視していると、「お嬢様」という自分を呼ぶレダの声が耳に届く。
それに我に返り急いで今来た道順を辿った。
するとすでに正方形の色ガラスを繋げで作られたテーブル上には、ティーカップやタルト等の菓子類が並べられ、いつでも飲食出来る準備が整っていた。
室内へと足を一歩踏み入れれば、深い紅茶の香りと共に酸味交じりの瑞々しい林檎の匂いが鼻を掠める。
どうやらアップルティーのようだ。
私はソファへと腰を落とし、カップへ手を伸ばしながら、先ほどの話の続きを尋ねた。
「ねぇ、ナセアさんはどちらにいらっしゃるかご存じ?」
するとその質問にメイド達の顔へ緊張が走ったようだが、ちゃんと答えてくれた。
「……はい。サディル子爵様の屋敷におります」
「まぁ、ロロ様の元に?」
「はい」
どうしてロロ様の元なのだろうか。
もしかしたら、旦那様なりの考えがあるのだろうかしら? と思っていたら、どうやら違ったらしい。
「当主様のご紹介で向かわれたそうですよ。なんでも子爵邸にて貴族文化に慣れるようにと。三年契約だそうです」
当主様というのは、ベリル様の祖父であるジルラ様。
大旦那様はベリル様のお父様。そして旦那様がベリル様とこの屋敷では区別していると少し前に聞いている。
「そう。ジルラ様が……」
実の所、私は未だベリルの家族にはまだ会ったことがない。
当主がまだ王都に戻っていないためだ。
なんでもそろそろ隠居を考えて居るらしく、その処理に追われているらしい。
それが落ち着かないと王都へは戻ってこれないと伺っている。
そのため、両家の顔合わせはまだ行っておらず。
――私とロロ様を引き離したフォーマルハウト家で絶大なる権力を持つ当主。ジルラ=フォーマルハウト様。一体、どんな御人なのかしら?
「ねぇ、ジルラ様ってどんな方? 中々お忙しい方だそうで、私まだお会いしたこと無いの」
「そうですね、とてもお優しい方です。私達のような使用人にまで気にかけて下さって」
「そうなの?」
予想外だった。だって、典型的な政略結婚を結ばせた張本人なのに。
もしかしてレインと同じように裏表があるタイプなのだろうか。
私は紅茶を堪能しながら、いつか会うべき相手に対し思いを馳せていた。