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12 バレて……ない?

淡々としたその声は、一本の大木のように真っ直ぐで芯がしっかりとしている。

けれども、なぜか私はそれを耳奧に届いた時に、胸がざわつくのを感じた。

その原因を探るためにゆっくりと数メートル先にある十字路へと顔を向ければ、そこには純白の騎士服に身を包んだ男の姿を認識。

部下を三人程引き連れている彼を見て、目を覆いたくなってしまう……


――どうしているわけ!? 危機的状況なんだけどっ!?


これは追い込まれてしまったと確信。

それはこの間偽装結婚の約束を交わしたベリル様だったのだから。


そんなこちらの心情を一切知らない彼は、さっと視線を巡らせ状況を確認したらしく、眉間にぐっと皺を寄せると大げさに息を吐き出し始めてしまう。


「また酔っ払いか……平和で結構だが、飲み過ぎるな。早くその娘から手を離して家路につけ」

「なんだよ、白竜騎士団が。お前こそどっか行けって」

「おいおい、しかもフォーマルハウトのぼっちゃんじゃねぇか。これは俺達の獲物だ」

「そうだ。俺達が先に声かけたんだぞ。邪魔すんな」

むせ返る程のアルコールの匂いを漂わせた男達は、口々に攻撃的な台詞を吐き出す。

厄介な騒動の最中に、また厄介事が……どうしてこうも負の連鎖が……


私は自己防衛としてすぐさま俯き、顔を隠した。

スッピンで知り合いと遭遇しても身バレをしたことは一度も無い。

けれども彼は騎士。何か妙な点を見つけられ、綻びが出ないとは限らないのだ。


「呑むのは結構ですが、ほら相手の方も困っていますし」

若干上から目線が否めない彼の代わりに、彼の部下が優しく咎めた。


「騎士だからって良い恰好すんなよ」

「はいはい。わかりましたから、手を離して下さい」

「ほら、大人しくして下さい」

なんとか宥めながら、ベリル様の部下達が私からやんわりと男達の手を外そうとしている。

だが、相手もアルコールが入っているせいか、気が大きくなっているらしくなかなか離してはくれない。

それどころか、二の腕に回している手にさらに力が込められ肉が食い込み始めてしまい、苦痛に顔が歪み、「うっ」とうめき声が口から漏れてしまう。


すると、「何をもたもたしているんだ!」と、投げつけられたのは強い叱咤の声。

それにはガタイの良い騎士達が体をビクつかせた。

何故かこちらも「すみません」と謝罪の言葉を放ちたくなってしまうぐらいに、威圧的で重苦しい一撃だ。


「酔っ払いぐらいで手こずるな!」

「隊長~、ですが……」

言い訳めいた言葉にベリル様は眉を吊り上げ、猛禽類のような瞳を細め部下へと鋭い視線を向けた後、すぐに酔っ払い達を捉えた。

そして腕を伸ばすと、私の二の腕を掴んでいる男の手首を掴み、そのまま捻り上げる。


「痛ぇ!!」

声と友に苦痛に歪む男の表情。だが、それを気にも止めず。

どうやら慣れているのだろう。彼は淡々と部下へと指示を出していく。


「こいつらを一時保護施設に連れて行け。酒が抜ければ頭も冷えるだろ」

「はい。隊長は?」

「俺はこの娘達を送っていく」

「わかりました。では、お気をつけて」

これにて落着。と思いきや、状況はまた一転。酔っ払い達はここで大人しくするわけがない。


「どうせ送り狼になるんだろ」

「あぁいうやつに限ってむっつりスケベだからな」

「あの見目だ。しかも、あのフォーマルハウト。金と顔に物言わせて色んなを喰っているんだろ?」

と、騒ぎ始めてしまう。

それには、騎士達が顔を引き攣らせながら、ベリル様へと顔を向けている。

定まることなく揺れ動く瞳は、自分達の上司の出方を探っているようだ。

けれども、彼等の予想に反しベリル様は冷静だった。


「はっ。ありえない。俺にだって好みがある」

と、のたまうぐらいに。


「はぁ!?」

さすがにこちらも言いたい。同じ権利を持っていると。

それなのに、どうして上からなんだ。そんなに白竜騎士団の第一隊長とは偉い物なのか。


「失礼な事言わないでくれない? 私だって願い下げなんだから」

と、顔を上げて胸を反らし高らかに宣言。

そのため、ばっちりとベリル様と視線が絡んだのは言わずと知れたこと。


「え? 嘘!」

「めっちゃ可愛いじゃん」

「この辺に住んでいるの? 良かったら、俺が送るよ」

すると何故か、今度はベリル様の部下達が騒ぎ立ててしまった。

すぐさま怒号を上げそうなベリル様だったのに、今は目をかっぴらきながらこちらを凝視している。


「お前は……」

えっ? もしかしてバレた!?

心臓が大きく跳ね飛び、私は頭を抱えたくなった。

このままずっと顔を俯いたままで入ればよかったのに……

つい反応してしまった自分で自分を殴りたい。もう少し大人になれと。


「お前、カストゥール家の血筋を引いてないか?」

「ひ、引いていません。見たとおりです」

「瞳と髪があいつと同じだ。紫はこの国では希少。しかも声もそっくりだ。それに、そこの女はセラフィ=カストゥールの侍女だろ? 何度かゴシップ記事の端に乗っているのを見た。もしかして、従妹か何かか?」

視線をレダに向けるのを見て、呼吸が止まりかける。


「ご存じとは実に光栄。そうです。私は貴方と同じゴシップ記事の一面常連仲間である、夜光蝶の侍女。お嬢様共々これからよろしくお願い致します」

「お前も大変だな。あんな女の侍女だなんて」

「そうでもありませんよ? 毎日が驚愕の連続です」

それ、どういう意味で? そう尋ねたいが、大人しく口を噤む。

もし唇を開けば、ついいつものような言葉を放ってしまいそうになるからだ。


「助けて頂きてありがとうございました。私達もそろそろ屋敷に戻らねばならないので、お先に失礼致します。さぁ、マリーも礼を」

その言葉に私は首を縦に動かすと、お礼の言葉と共に深々と腰を折った。

しゃくに障る箇所はあったが、助けて貰ったのは事実だし。


「では、私達はこれで」

「待て。家まで送る」

「結構ですわ」

「また絡まれたらどうするんだ。それに夜も遅い。女二人で何かあったらどうする?」

「問題ありません。貴方はお嬢様の婚約者。送って頂きご迷惑をおかけしたとなると、我が主に示しが付きません。それに何かなんてありませんよ。私を誰だと思っているんですか? そこの男達ぐらい瞬殺出来ます」

いつも通りの表情筋が仕事をしていない顔のレダ。

確かにレダなら目を瞑ってもいとも容易くやってのけるだろう。

正体は元暗殺者だから。でもそれは公には出来ない真実である。


「ただの侍女が何を言っているんだ? さっきだって絡まれていたじゃないか」

「えぇ。ベリル様のお蔭で助かりました。私、怪我させないで倒す方法習ってないかったので」

「護身術でも習っていたのか?」

「いいえ。暗殺術を」

「レダ!」

何を馬鹿正直に言っているのだろうか。相手は騎士だ。

いくら今は大人しくしているからといっても、バレたら見逃してなんてくれない。

あの時の侯爵襲撃事件は一応表向きは解決済みとしているけど、実際どうなるかわからないのに。

そのため、用心するのに越した事はないのだ。


「……お前も冗談なんて言うんだな」

「えぇ、主と違ってボキャブラリーは豊富なんで」

待て。いつそんなキャラ設定をしたんだ? とついツッコミを入れたくなったが、ベリル様がその胡散臭い言葉を受け入れたので呑み込んだ。

恐らく、元暗殺者が馬鹿正直に正体を告げるなんて誰も想像していないのだろう。

だから今回は難を逃れたのだと思う。

なんだか、どっと疲れが襲って来た。今日は家に帰ったらすぐに体を休めよう。

私は、誰にも気づかれずに深く嘆息を零した。




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