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10 食堂・針鼠の歯車

レダとしゃべりながら歩いていたせいもあってか、あっという間に目的地まで到着。

そこはこの辺りでは珍しい赤煉瓦の三角屋根にクリーム色の壁を持つ、私の暮らす離れと似た雰囲気を持つ店舗。

ここは私が足しげく通う店・『針鼠の歯車』。

名前の由来は、ロシェ国・ヌーメ地方に伝わる民俗話に縁を持つ。

扉に掲げられている針鼠のプレートが、営業中という歯車を持ち、私達を出迎えてくれている。

ちなみに、針鼠が丸まっていれば休業中だ。


窓越しに陽気な中の喧噪が漏れ、繁盛している事が窺える。

そっと中の様子を覗いてみれば、五つあるテーブル席は完全に埋まり、カウンターが数席程空いているのみ。


「相変わらず混んでいるわ」

「えぇ。料理が美味しいですし、マスターの人柄も良いですから」

「そうね。彼はお婆様みたいに温かい人だわ。ロシェ特有なのかしらね」

そう言って私がゆっくりと瞼を閉じれば、浮かんできた笑顔の二人。それに自然と顔が緩んだ。

お爺様とお婆様……今でも覚えている。よくお忍びでここに連れて来て貰ったのを……


あの時は幸せに満ちていた。


――まさか、こうなるとは……ね。


祖父母のような運命的な相手との結婚。それがこんな形になってしまうとは。

私は自嘲気味に笑った。


「お嬢様?」

「え?」

ふとレダにより、現実の世界へと強制的に引き戻されてしまう。

そのため弾かれたように顔を上げると、店の扉を開いたまま、不審そうにしている彼女の姿があった。

きっといつまでも入らない私を怪訝に思ったのだろう。


「何食べようかなって考えていたの」

曖昧に微笑むと、肩を竦めながら口を開いた。


「夜は冷えますので中で考えて下さい」

「そうね」

開けて貰った扉をくぐり、室内へ。

すると、テーブルを縫うように駆けまわっていた若草色のワンピースに白いエプロン姿の少女達が顔を上げ、「いらっしゃいませ!」とこちらへ顔を向けた。

夏の向日葵畑のような元気な声の持ち主は、この店のウェイトレス達だ。


「いらっしゃい! マリーちゃん。レダさん。カウンター席でいい?」

その中の一人、左右に三つ編みを結っている少女――イアちゃんは、銀のトレイを持ちながら私達の前へとやってきた。

「うん。大丈夫」

「あのね。マリーちゃん達に報告があるの」

「え? 何?」

「後で席に行くね。夕食時間過ぎているから、お腹すいているでしょ?」

「確かに」

イアちゃんに促され、セラフィ達はカウンターへと真っ直ぐ足を進める。

ちょうど並びで二つ空いている座席があったので、そこへと腰を下ろす。


「いらっしゃい。セラフィちゃん、レダちゃん」

するとタイミング良く、カウンター内から声が出迎えてくれた。

それは初老の男性。

アイロンのきっちりと掛けられたワイシャツに、黒いズボン。

そして針鼠のイラストが描かれたエプロンを身に纏っている。


壁に備えられている燭台により、短く刈り上げられた清潔そうな髪と深く刻まれた笑い皺、優しげに細められたロシェ特有の碧玉の瞳を浮き彫りにさせていた。


「こんばんは、マスター」

「こんばんは」

落ち着いた声を持つその男性こそ、私の祖父母の旧友であり、この店のマスターであるもジュメルさん。


「二人共、今日は何にする?」

「私はいつもの。レダは?」

「私もいつも通りでお願いします」

「承りました」

何度も通いつめているせいか、注文している品物も定着してしまっている。

時々違うメニューも食べるが、基本的にはいつも一緒。

私が卵サンドと季節のサラダ、それから林檎ジュース。

この店の卵サンドは私の大好物でもあると同時に祖母の味。

レシピを忠実に再現してくれているため、ここに懐かしんで食べにやってくる。

本来ならばやってはいないのだが、持ち帰りも可能。

ちなみにレダは特に固定されておらず、本日のお勧めと果実酒だ。


「――……マリーちゃん。あのさ、大丈夫なのかい?」

飲み物をコースターに置き、マスターは眉を下げた。

大丈夫なのか? それは何について? そう尋ねるまでもないだろう。


「もしかして結婚の事? さすがはマスター。情報通ね。まだ報道されてないのに」

フォーマルハウト家との縁談を、自分が知る前にレインも既知の事実だった事を考えると、別にマスターにまで伝わっていても不思議ではない。


「ちょっと友人に……ね」

「友人?」

「安心して。君のお爺様とお婆様も付き合いがある、信用できる人だから。不審者ではないよ。近々セラフィちゃんとも顔を合わせるはず」

「あら? まだお会いしていない方がいるの? ……でも、お爺様達は本当に顔が広かったものね。楽しみだわ。どんな方なのか」

「彼も楽しみにしているよ。ただ、忙しい身でなかなか王都に戻って来なくて。そろそろ第一線を退く事を考えているらしいのだけれども、根っからの商人でね」

「それは困ったわ。私、結婚したら今のように自由には動けないと思うの。私の秘密がバレると問題になるだろうし……」

しかし、実感がわかない。

無理もないだろう。てっきり自分は愛する男と結婚すると思っていたのに、あの世界屈指の大資産家であるフォーマルハルト家との婚姻。

三年我慢すれば、全て上手くいく。誰も不幸にしていない。

でも何故だろうか。胸を過るこの言い知れぬ不安は。まるで鉛のように重苦しい。


「それは問題ないよ。彼はきっと君の前に現れるから。あぁ、それからセラフィちゃん。もう実家とは関わらない方がいい。君は、優しすぎるから……」

「えぇ。式が終わったらそうなると思うわ。それまでは口を出すと思う。でも、それを過ぎれば接点がなくなるし、私も出来れば関わりたくないわ」

「それならよかった。そればかりが気がかりだったんだ」

「心配してくれてありがとう。きっと大丈夫だから。全て上手くいくわ」

そう言えば、マスターは目を細め笑った。

すると後方から、自分達の名を呼ぶ声が耳朶に触れてきた。





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