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神器使いと瞬撃の女騎士―王国防衛隊編―  作者: 卯月 みつび
第二章 初めての戦い、失望、信頼
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8

 ミリサは隊員達と揉めたその足で、アクトスが休んでいるテントへと向かった。そのテントは野営場所の端にあり、些か距離も離れている。このテントは、昨日まで二人が休んでいたテントとは別のものであり、アクトスが一人で張り直したものだった。


 ミリサがアクトスのところに向かっていたのは、出来上がった昼食を持っていくためだった。すでに朝食の時間は過ぎ去り、まだ昼には早いが、出来上がったものを早々に持ってきたのだ。それもこれもアクトスが朝食に顔を出さないためだったのだが。

 その昼食を持ってミリサはアクトスのテントの前までやってきた。そして、テントの外から声をかける。

「副隊長? 起きてますか? ご飯持ってきましたよ?」

 ミリサの呼びかけに返事はない。妙に思ったミリサは声をかけながらテントの入り口を開けていく。

「ふくたいちょーぉ? もう起きないとだめですよぉ? あけちゃいますからねぇ。副隊長?」

 ミリサがテントに首を突っ込むと、そこには、体育座りをしたアクトスがいた。テントの端でひどく小さくなっており、それほど大きくない身体がさらに小さく見えた。

「起きてるじゃないですか。なら返事してください」 

 ミリサはそんなことをぶつくさと呟きながら、当然のようにテントへと入ってくる。

「ほら。起きてるならご飯たべて出てきてください。じゃないと皆心配しますよ?」

 そういって籠に入った昼食を差し出すも全く反応はない。顔は体育座りをした膝のあたりに押し付けておりその表情は窺い知ることはできない。

 ミリサのことを無視し続けるアクトスに、ミリサ自身はさすがにむっとした。そして、アクトスの頭をつつきながら今度は大声で話しかける。

「ふくたいちょー! 起きてくださいよー! 起きないと、私叫びますよぉ? 大声で、助けてーって! いいですか? いきま――」

「うるさいっ!」

 そこまでしてようやくアクトスは顔を上げた。テントの中は暗いが表情は見える。アクトスの目は充血しており、目の下にはくまがしっかりと存在していた。

「副隊長……その顔」

「うるさいっていってんだ! なんだ、お前は。人のテントに無断で入りやがって! ふざけんなよ!? 俺は一人でいたいんだ。一人にしておいてくれ。飯はそこに置けばいい。さっさと出てけ!」

「出ていきませんよ? ただごはん持ってきただけじゃないんですから」

「いいから出てけ! 副隊長命令だ! 今すぐ、それを置いてここから出てけっていってんだよ!」

「だから出ていきませんって」

「はぁ? ふざけてんのか? 俺はでていけっていって――」

「お礼くらい言わせてください」

「な」

 ミリサの言葉に、アクトスは思わず言葉に詰まる。

「お礼しに来たんです。あの時……矢で狙われたあの時、私は副隊長がいなければ死んでいたかもしれません。でも副隊長がかばってくれたおかげで……だから本当にありがとうございました」

「な、なんだよ、それ。意味がわかんねぇ」

 アクトスはミリサの言葉に理解が追いつかず、ただ困惑していた。逆にミリサはそんなアクトスをみて首を傾げている。

「どうしてですか? 私は感謝してるからありがとうって言ってるんですよ?」

「でも、だって、俺は……。お前に助けられて何もできないような副隊長なんだぞ?」

「関係ありませんけど」

「戦場では腰を抜かしてお前に助けられ、さらには矢を受けただけでも気を失って……そんなの、ただのお荷物だろう。感謝されるような人間じゃない」

 顔をゆがめて、絞り出すように声をだすアクトス。その様子は憐れを通り越し悲痛だ。

「あのマントは衝撃の全てを吸収できるわけじゃないってハイト隊長が言ってました。だから、傷はなくてもかなり痛かったんじゃないですか? 初めての戦いでああやって動ければ十分ですよ。経験を積む機会はこれからもあります」

「おっさんだって呆れたはずだ。恥なんだよ、さっきもお前と話してた奴だって言ってたじゃないか! 全くもってその通りだよ、俺は。こんなところで副隊長なんてしてていい人間じゃない」

 そんなアクトスの言葉にミリサは思わず訝しげな表情を浮かべる。

「さっき話してたって……」

 そんなミリサの疑問に答えるように、アクトスはそっと自らの耳から何かを取り出した。それは小さな丸い玉。見様によっては宝石のようにもみれるが、どうにも輝きが感じられない。

「これはなんですか?」

 アクトスはその問いに大きくため息をついてから答えた。

「俺が作った……周囲の音が大きく聞こえる神器、集音イヤーズだ。この野営場所の半分くらいの会話はこれで聞ける。さっき、お前が隊員達と話してたことも、全部」

 ミリサはアクトスのその言葉を聞いて小さく笑う。その笑いがどんな意味を持つのかはアクトスにはわからなかったが、嫌な気持ちはしなかった。

「なら私が言ってたこと聞いてたんじゃないですか。嫌ですよ、すっとぼけて。意地が悪いですね、副隊長は」

 笑いながら、どこかからかうようにミリサがつぶやく。その言葉にどこか居心地が悪かったアクトスは、思わず顔をしかめた。

「助けたのだってマントがあったからだ。そうじゃなかったら助けなかった」

「あの一瞬でそんなことを考える暇なんてありません。それに、もしそうだったとしても、私にとって命の恩人だということは変わりません。副隊長は命の恩人なんですよ」

「そんなの……」

「ありがとうございました」

 ミリサはアクトスの言葉を遮り、深々と頭を下げた。そんなミリサの行動に、アクトスは自分がどうしていいかわからなかった。ただ、自分の小ささを突きつけられたような気がした。だからだろうか。アクトスは思わず漏らす。

「なんだよ、それ……」

 か細い声に、ミリサはそっと耳を傾ける。

「なんだよそれ……そんなこと言われたことなんてない。ありえない」

 困惑。それが今のアクトスの感情を表すのにふさわしいだろう。視線は定まらず、口は半開きだ。そんな間抜けな面をさらしていることにも一切気づいていない。

「ありえなくないですよ? 現実です」

「馬鹿だな……お前」

「副隊長には負けますけどね」

 そうやって笑うミリサを見ていると、アクトスは自分の冷たくなったどこかが少しだけ暖かくなっている気がした。その暖かさにほだされたのか、アクトスの心は少しだけ口から漏れる。

「馬鹿だよ……俺は恩恵がないと価値なんてない人間だ。あと一度しか恩恵が使えない今……俺はこの場ではなんにもできないただの人間だ。そんな人間がしたなんでもないことを……お礼だなんて――」

「価値がない人間なんていません。副隊長がいなかったら、私は死んでいたんですから」

「それでも――」

「副隊長!」

 少しだけ強めに張り上げられた声は決して嫌な感情を生み出さない。上目使いで見上げてくるミリサをみて、アクトスの頬もぽっと熱を帯びる。

「いいんです。そのままで」

 そういって大きな声をあげて笑うミリサ。そんなミリサを見つめながら、アクトスは胸が熱くなった。


 決して認められることのなかったアクトスが。恩恵という付加価値ではなく、アクトス自身が受け入れられたと実感した瞬間だったのだ。自分の行動で誰かを助ける。それがこんなにも充実感のあるものだとは、アクトス自身も思ってはいなかった。


 アクトスはそれから口を開かずに、ミリサの持ってきたごはんを黙々と食べていた。そして、ミリサも、アクトスの食事が終わるのをじっと待っていた。


 ◆


 その日の夜、アクトスとハイトは二人、テントの中で顔を突き合わせていた。というのも、昨日の盗賊の襲撃に関してだ。二人とも、疑問に思うところがあり、今後の方針と合わせて話し合う場を設けていた。

「今回の討伐は一度中止にし、改めて仕切りなおそうと思っている。さすがに怪我人がでたからな。これについては異論はあるか?」

「いや」

「そうか。で、だ。アクトス、お前はどう思う? 昨日の襲撃を」

 ハイトから話をふられたアクトスは、険しい表情のままで口を開く。

「あきらかにおかしいだろ。こんだけの人間が固まってて、さらには俺たちは王国防衛隊の制服を着てるんだぞ? 王国防衛隊の隊員の錬度を知らないやつなんていない。そんなの普通は近寄らない。負けるとわかってて襲いかかる馬鹿はいない」

 アクトスの考えに、ハイトも大きくうなづいた。

「そうだな。あまりに不自然な襲撃すぎて手傷を負ったものもいたが、おおむね被害は少ない。死者がでなかったのもうなづける。おそらく俺達の撃退などは目的じゃないんだろう」

「じゃあ何が目的だ?」

「そんなのはわからん。たとえば、盗賊達が考えがなさすぎて、思わず襲撃をしかけた、とかか?」

 ハイトの言葉を聞いてアクトスは思わず小さく噴き出した。

「はっ。それこそありえない。尋問した記録を読んだが、あの中に盗賊のトップはいなかった。明らかに下っ端連中だけだな。そう……まるで、俺達の力量を試したかのように」

「試す……か」

 ハイトはアクトスの言葉を繰り返し、考え込む。思わず、顎を手で撫でていた。

「蛇……か」

「ん? どうした?」

「いや、なんでもない……。なあ、アクトス」

「なんだ」

「今までの任務と今回。一番の違いってわかるか?」

「違いだと?……そんなの、盗賊のやつらがカードを置いていくってことぐらいだろ?」

「いや、違う」

「じゃあなんだよ」

 ハイトはすっと背筋を伸ばし、そしてアクトスを見つめながらおもむろに口を紡ぐ。

「お前だ」

「は?」

「お前が今回の討伐作戦には加わってるんだ。我が国の至高。神の化身が」

 ハイトの眼差しは真剣そのものだ。そのまっすぐな眼光を、アクトスは受け止めざると得ない。この話は受け止めなければいけない。そう感じていたからだ。

「それがなんだっていんだよ……」

「なんでもないならいいんだがな……。ただ、アクトス」

「なんだよ」

「警戒を怠るんじゃないぞ」

 ハイトの重苦しい雰囲気に、アクトスは思わず唾を飲み込んでいた。

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