5
アクトス達は騎馬に乗っていた。そして、その騎馬達は、自然にならされてできた街道を歩く。あたりは見渡す限り草原であり、ところどころ木が群生しているところからは、鳥のさえずりなどが聞こえていた。
空は青く晴れている。雲はほとんどなく、空を見上げるものたちの胸をすっと爽やかにしてくれること間違いない風景だ。
が、そんな中、アクトスは不満気だ。
「尻が痛い。だるい。腹が減った。疲れた」
「もうっ! うるさいですよ!? 副隊長。もう少しで休憩場所につくんですから我慢してください! それでなくたって、副隊長は乗馬が下手なんですから、他よりも遅れてるんです! ほら、ちゃんとしないと!」
何やら猫背になって項垂れているアクトスを、ミリサが必死になってしかりつけている。他の隊員達はそんなアクトスを遠巻きにみては陰口をたたいていた。
「またあの副隊長。ようやく現場にきたと思ったらこれだよ。しょうがねぇな」
「それに、あの側付きみろよ。若い女だぜ? あの子も可哀そうだよな、異動したてでさ。どうせ副隊長が無理やり側付きにしたんだろうぜ」
「怠け者で女好きとは。まったく。どうなっちまうのかね、二番隊は」
当然、その陰口はアクトスやミリサの耳にも届いていた。ミリサは、間接的にだが「女としてあてがわれている」と言われているような気がして思わず顔をしかめた。そんなミリサに、アクトスはひょうひょうとした様子で声をかける。
「気にすんな」
「え?」
「どうせ悪く言われてんのは俺だよ。お前じゃない。なら気にしたってしょうがないだろうが」
「まあ、そうですが……」
「それに、無理やり側付きやらされてんのは昨日のことがあったからだ。別に女だからどうとかじゃない」
そんなアクトスの言葉をミリサはぽかんと口を開けながら聞いていた。その反応にアクトスは眉をひそめる。
「なんだよ、その顔は」
「いや。もしかして副隊長……。私のことを慰めてくれてます?」
「は?」
「だって、なんか、そんな感じが――」
「ふざけんな。別にそんなんじゃねぇよ。くだらないこと言ってないで、さっさと行け! しっ! しっ!」
そういってアクトスはそのへんの虫でも追い払うようように手を振った。
「あ! ひどい! 私は野良犬じゃないんですからね!?」
「そう変わらないだろ? いきなりやってきて噛みつくあたり」
「なんてことをっ!」
真っ赤になって怒るミリサを、アクトスは完全にスルーし明後日の方向を見つめる。その仕草がミリサの神経をさらに逆なでしていった。
「ほんと、副隊長は口ばっか達者で! 行動が伴わないから皆からいろいろ言われるんですよ!? わかってますか!?」
「まあ、そうだろうな」
「否定したって無駄ですからね! もっと副隊長らしく規律正しく訓練もしっかりやって強くなれ――え? そうだろうな? ってなんですか?」
「お前に言われなくても、わかってるって言ったんだ」
アクトスの言葉にミリサは首を傾げるばかり。そうやって考え込んでいるうちに、ミリサの怒りも雲散していく。
「なら……なら、なんで改めようとしないんですか? 努力すれば、きっと結果はついてくるし、信頼だって得られるのに」
ミリサが理解できない、と言った口調でアクトスに問いかける。が、アクトスはその言葉を聞いているのか聞いていないのかはっきりせず、あーとかうーなどと言って答えをはぐらかした。
「まあ、そんなことはどうでもいいだろうが。それより、お前のことだが、無理して側付きにならなくたっていいんだぞ? 俺が気に入らないって言えばおっさんだってなんとかしくれる」
「おっさんって、もしかしてハイト隊長のことですか?」
「ああ」
ミリサはハイトの名前を聞いて思わず微笑む。
「ハイト隊長……。優しいですよね。それでいて強くてかっこよくって。ほんと、こんなぐーたら副隊長とは大違いです」
「ならさっさと側付きなんてやめればいい。今夜にでもおっさんに泣きつくんだな」
「それができるならこっちだって苦労しません。王様の勅令ですからね。断ったらそれこそ不敬です。私に拒否権なんてありませんよ」
「ふん、まあ勝手にすればいい」
アクトスはそれっきり口を閉ざした。ミリサも、特に話すことがないため周囲を警戒しながら旅路を続ける。
段々と太陽の位置が低くなってきただろうか。そろそろ野営の準備を始める頃合いだな、というときにようやく前方に小さな湖が見えてきた。張りつめていた空気は徐々に弛緩し、隊員達もほっと息を吐く。
「いいか! 今日はここで野営を行う! 皆、準備をはじめろ! 一班は寝床を、二班と三班は食事の準備をするんだ。周辺の警戒は怠るなよ? いいな!」
「はっ」
「アクトス。お前はこっちで俺と会議だ。ミリサ。お前も同席できるか?」
「はっ」
「はいはい」
ハイトの号令とともに、隊員達は慣れた様子で準備を始めた。アクトスとミリサは対照的な返事をしつつハイトの後について行った。
◆
「初めての旅はどうだ、アクトス」
どこか嬉しそうに聞いてくるハイト。そんなハイトを心底嫌そうな顔で見つめるアクトスだったが、横にいるミリサに脇腹を小突かれ仕方なく返事をする。
「別に。ただ疲れるだけだ」
「そうか? 実際に色々なものに触れれば、多くのことがわかるだろう?」
「別に知りたくもないね。さっさとおっさんが盗賊見つけて捕まえちまえばこんな旅も終わりなんだ。さっさとやってくれ」
「そう簡単にいけばいいんだがな。ほら、この地図を見ろ」
ハイトに促され、アクトスとミリサは地図を覗き込んだ。
「王都がここで、ここの湖がここ。まだ、人里に近いから魔獣もそんなに出ない。ここは湖があって休みやすいから盗賊からすると恰好の狩場なんだが…………これだけ大所帯だとそうもいかないだろう」
「まあ、そうだろうな」
「え? じゃあどうするんですか?」
ミリサの問いにアクトスは顔をしかめた。
「馬鹿女」
「なっ――! また馬鹿っていった! ひどいです! っていうか、な、なら、副隊長ならどうするんですか!?」
ぷりぷりと怒りながら迫ってくるミリサをひらりとかわし、アクトスは地図を指さしながら淡々と話し始める。
「まずは班ごとに分かれて捜索にあたればいい。班から一人、索敵のために人員をだし盗賊を見つけ次第、合図の狼煙を上げる。他の班は狼煙があがったところに急行し盗賊を一網打尽にすればいい。俺達の人数だとそれくらいのやり方が妥当だろう」
「まあ、そうだな。とりあえず明日はその方針でやってみるか」
「……重点を置くなら王都とは反対方向。湖をはさんで向こう側だろうな。そっちのほうが監視もしやすいし人目もさけれる」
「うむ」
その後も細かいところを詰めていき、あっという間に作戦を決めていくハイトとアクトスにミリサは関心しきりだった。「ほぉ」とか「ふへぇ」だとか言いながら、横でそのやり取りを眺めている。
「じゃあ、作戦はそんなもんでいいだろ? もう行っていいか? 伝達はおっさんがやったほうがいいだろうしな」
「ああ。ゆっくり休め」
アクトスはそう言ってさっさとどこかへ行ってしまった。ミリサは、そんなアクトスの背中をぼんやりと眺めている。
「驚いたか?」
「へ?」
「意外にもアクトスが俺と真面目に会議をやるだなんて」
聞かれた質問が、暗にミリサがアクトスを侮っていると指摘されたことに気づいたミリサは、慌ててそれを否定する。
「そんなことありませんよ! 驚くだなんてそんな――」
「あいつが十歳で防衛隊に配属されたって話をしたろ? それってな、あいつの希望だったんだよ。周囲の反対を押し切り防衛隊になりたいっていって仕方なく。想像つかないだろ?」
「あの副隊長がですか!? 正直、想像できません。そんなにやる気があったなんて……」
ミリサの正直な物言いに、ハイトは思わず苦笑いを浮かべていた。
「五歳のころ王都に連れてこられて保護されてたあいつは嫌だったんだろうな。守られているだけの自分が。変に強い力なんて持っていたから、幼い子供ながら自分の可能性を信じてみたかったんだ。だから防衛隊に入れば自分の力で国を守れる。そう思ったんだろう」
「じゃあ、なんで」
「屈強な大人達の中であいつは非力だった。現実を知ったんだよ。いくら恩恵が強くても、自分は何もできないかもしれないってな。しかも、頼りの綱の恩恵は陛下に使用を禁じられているときたもんだ。周りの人達は恩恵の力の強さだけを見て、あいつ自身をみちゃいなかった。だからかな。自分を信じれなくなったのかもしれん……。そしたらいつのまにか、あんな態度をとるようになっちまった」
「そうだったんですか」
「まあ、そんな態度になってもだ。二年前、副隊長になってからは二番隊の任務の作戦はほとんどあいつが決めてるようなもんだ。俺が考えるよりも効率のいい作戦を考えるから俺は助かってるが……隊員達はあいつが何もやらないと誤解してやがる」
そうやって話すハイトの表情はどこか悔しげだ。
「ミリサ。お前はあいつをしっかり見てやってくれ」
「え? それってどういう――」
咄嗟に聞き返したミリサの言葉をハイトは大声でさえぎった。
「ほら! そろそろ晩飯だ! 食べないと明日に差し支えるぞ」
ハイトはそういいながら微笑みを浮かべて歩き去る。ミリサは、そんなハイトの背中をじっと見つめていた。
◆
夕食が終わり、皆が寝静まった頃。部屋も同室であるアクトスとミリサは、やはり護衛の名目上同じテントで寝ることとなった。もちろん、両者ともに大反対をしたのだが、ハイトの隊長命令で拒否もかなわず、疲れ切っていた二人はしぶしぶ同じテントで寝ていた。
あっという間に寝入っていたミリサだったが、ふと物音で目を覚ます。目を開けると、部屋から出ていくアクトスの背中が見えた。
「ふくたいちょ?」
窓の外をみるとまだ日も昇ってはいない。
ここまでの道中、それほど距離的には進んでいないとはいえ、やはり緊張感を持ちながらの遠征は疲労がたまる。それゆえに、まだ寝ていたいとミリサは思ったが、ふいに「常に行動をともにし、アクトスを守れ」という王の言葉が脳裏にちらついた。
「面倒をかける副隊長ですね」
そういいながらミリサもアクトスの後を追って外に出た。アクトスはまだ遠くへは行っておらず、ミリサはその背中を追っていく。その後ろ姿はどんどんと茂みの奥へと入っていった。
「どこいくんだろ?」
そう言いながらたどり着いたのは、木々がなく開けた場所だ。月明かりが照らし、夜中とはいえそれなりに明るい。ぼんやりと浮かび上がるように光っているアクトスは、どこか幻想的だ。
「こんなところに何しに……」
ミリサはアクトスの行動の意味が分からず首を傾げる。そして、なぜだかこっそりとアクトスの動向を見守ってしまっていた。
自身を照らす月をおもむろに眺めながら、アクトスはゆっくりと腰に差していた剣を取り出す。ぎらりと光る剣先を見つめながら、アクトスはまるで舞踏のように、剣の型をなぞっていく。
その型には淀みなどない。光る剣先が描く弧は美しさすら感じ取れた。それこそ毎日剣を振ってなければできないことであろう。それは、ミリサの目から見てもわかった。
「なんで……」
ミリサは驚愕した。普段訓練をさぼっており、剣を振るうところさえ見たことがないという二番隊の隊員達の言葉。その言葉の通りであれば目の前のアクトスの姿はありえない。間違いなく日々、剣を振っているものの姿だ。
ミリサは驚きとともに自分の勘違いを恥じた。何をもって副隊長を認めないと言ったのか。皆の噂を鵜呑みにし、アクトス自身の姿を見ていないのは自分であったと、自責の念にすら襲われる。ハイトはこのことを言っていたのだ。
ミリサでは思い至らない作戦を瞬時に立てるためには、きっといろいろな兵法を学んでいなければならない。美しさを感じるまでに型を磨くには、生半可な努力では到底行えない。そんなアクトスのことをハイトは知っていたのだろう。
ミリサは両手をぐっと握りしめた。そしてアクトスの舞をただじっと見つめていた。
そんな二人の時間は唐突に終わりを告げる。皆が休んでいる方向から大声が響いていた。
「敵襲! 敵襲! 皆、起きろ! 盗賊が来たぞ!」
アクトスはあわてて声の方向へと走り、ミリサも隠れていることも忘れ、慌ててそのあとを追いかけた。