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「いくぞ」
そんな宣言とともに、アクトスは飛び出した。
それは、今までと何ら変わらない突進。途中で飛び上がり剣を振りかぶって振り下ろす。そんないつも通りの攻撃だ。
ララは、それを防ぐべく剣を構えようとしたその時――。
「インボーク・ブラスト」
小さくつぶやかれた言葉とともに、アクトスの剣は急速に早まりララへと襲いかかる。
「なっ――!?」
神器によって底上げされた身体能力をもってしても、想定外の動きには対応が遅れた。思っていたよりも数段早く振り下ろされた剣を受け止めようと、ララは慌てて剣を出す。
剣と剣との交点に火花が散る。あまりの衝撃にララは顔をしかめたが、なんとか剣を受け止めることに成功した。が、それが少し遅かったのだろう。アクトスの刃が、わずかにララの額に届いていた。小さく避けた額から、一筋の血が流れおちる。
「今のは……」
「砲輪だよ」
アクトスとララはつばぜり合いをしながら言葉を交わす。
ララはアクトスの言葉を聞くと、自然にアクトスの剣を見つめていた。そして、今更ながら、その剣の容貌の異様さに気づく。
本来であれば、刀身は鉄でできた金属のみ。しかし、その片方に、何かがつけられているのだ。それは小さな輪のような形をしている。それが剣の片方の刃にくくりつけられているのだ。
両刃である剣の片方の刃に何かをつけたら、当然切れなくなるのだから、むしろ不利益のほうが大きい。だが、そのつけられた何かの機能をしっているララからすれば、アクトスの意図しているところは容易に想像がついた。
「そんな使い方……種がわかればどうということはありません」
「そうか? なら何度だってやってやる。ついている砲輪は一つじゃねぇからな。あと二段階、速さが上がるぜ」
そう言い捨てアクトスは距離をとった。そしてすぐさまララへと迫る。対するララも、アクトスが言った言葉の脅威を噛みしめながら攻撃に備えた。
アクトスが言っていた、あと二段階速くなるという言葉。その言葉の意味するところは、砲輪がもう二つついているということだろう。ララは容易にその考えにたどり着いた。
だが、先ほどの攻撃だけでも驚異的な速さだ。神器によって底上げされた身体能力をもってすれば対処は可能だが、あと二段階早くなったその先はどうなるかわからない。とにかく、できるだけ早く動き先回りした行動をしなければならないのだ、とララは考えた。
アクトスは今度は低い姿勢を取りながら踏み出すと、ララの足元を目がけて剣を振るう。当然、それを避けながら、ララも刃を返す。二、三ほど刃を躱すと、自力の差が浮き彫りとなる。力に負けて弾かれるアクトスの剣。アクトスは、なんとか体勢を整えようとするも、背をララに向けてしまう。
勝機とばかりにララが追撃をしようと剣を振りかぶると、「ブラスト」という言葉とともに、アクトスが振り向きざまに剣を薙いだ。
まるで駒のようにまわりながら、剣がララへと遅いくる。振りかぶっていたララの胴体はがら空きであり、慌てて回避行動に移るも間に合わない。咄嗟に身をよじり後ろへ倒れ、なんとかそれを避けることに成功。だが、服はその刃に持って行かれてしまう。
それを見ていたアクトスは、回転していた刃を無理やり切り返す。当然、砲輪によって勢いのついていた剣を無理やり止めようというのだから、身体にかかる負荷ははかりしれない。ぶちぶち、と音を上げそうなほど腕の筋肉は盛り上がり血管は怒張する。なんとか、剣を止めることに成功すると、再び叫びながらララへと迫った。
「ブラスト!」
剣が唸る。
文字通り、砲輪から吐き出された大量の空気と、それを推進力にして空気を切り裂く剣は、通常では考えられない風切り音を生み出していた。
が、今度はララも剣の腹でそれを受ける。体重の軽いララでは、アクトスの攻撃を受け止めきれずに後ろへ吹き飛ぶ。が、すぐさま立ち上がり、驚愕の表情でアクトスを見ていた。
たった一太刀かすっただけで、ララの服はボロボロになっており、隙間からは白い肌が見える。
「はっ、はっ、はっ」
息を切らし、肩で呼吸をするアクトスを見ながらララは考える。
アクトスの剣は先ほどよりも早かった。が、目の前には疲労しているアクトスがいる。おそらく、剣の速さをあげることで、かなりの負担が身体にかかっているのだろう、と。それならば、あのすさまじい攻撃はそう何度も続かない。なら、ここが正念場。アクトスの体力が尽きるその時は決して遠くはない。できれば遠距離で戦いたいが、崩落の危険を考えると光る斬撃も使うことができなかった。
だからこそ、今は耐える。耐えて、耐えきったらその時が自分の勝つ時だと、そうララは考えていた。
対するアクトスも同じように考えていた。
ララの読み通り、アクトスの身体にかかっている負担は通常の数倍の及んでいた。砲輪を発動するたびに、剣を握っている手や腕、それを支える体幹、はては足の先までがきしむ。そして、その剣を切り返したときなどは、腕がちぎれそうなほどだった。今はなんとかやれているが、アクトスが発動させている砲輪はまだ二つ。残っているあと一つを発動させてしまえば体がどうなるか、剣を振るえるのかさえわからない。だが、どちらにしろ、自身の体力がもう残し少ないのは理解していた。
だからこそ、次の一手はすべてをかける。
そう決めた。
互いに覚悟を決めた。そして、まさに最後の立会いを始めようかと言うその時、ここにいるはずのない人物の声がした。
「動くな!」
二人とも、咄嗟に声がしたほうに視線を向ける。すると、そこにはミリサの首を左腕で掴み、右腕で首に剣を突きつけているガスドックの姿があった。
ガスドックの体は血だらけであり、服から滴が滴っている。みるからに満身創痍だ。だが、ミリサをつかんでいる力は尋常ではない。
「はっ! さっさと戦いをやめて神器を解放しやがれ! 武器を捨てろ! 早くしろ!」
「ずいませんっ! ふくたいっ――ぐぅっ!」
苦しみに悶えるミリサを見て、そして目の前の神器を持ったララをみて、アクトスは選択を迫られた。
ララを倒すならば、すべてをかけなければならない。だが、そうしている間にミリサは殺されるだろう。
だが、ミリサを助けようとするならば、おそらくララにアクトスは倒される。そうなれば、きっとミリサの命もない。
自分の命か、二人とも死ぬかの二択。そんな選択を、アクトスは迫られたのだ。
だが、アクトスは自然と、それ以外の選択肢を選んだ。
不思議と、違和感なくその選択肢を選んだ。
かつてなら、決して選べなかった選択肢を選んだ。
自分の存在価値。そう思っていたものを捨てる選択肢を選んだのだ。
アクトスはガスドックの指示通りに武器を遠くに投げ捨てる。それをみてガスドックがいやらしい笑みを浮かべた。
が、次の瞬間、アクトスは右手をガスドックに向けていた。手のひらをしっかりと開いてガスドックに向けて。
そして一言唱えるのだ。決して発してはならない、その言葉を。
『仮初めの化身』
その言葉を発した瞬間、アクトスの手のひらからはするどい光が発せられた。それはまるで閃光。その閃光は、音もなくガスドックを包み込み、そのまま土壁をも貫いた。その穴から見える青空に向けて、その閃光は空気を切り裂く。
当然、目の前の出来事に驚いたのはミリサとララだ。
ミリサは、王国の切り札である恩恵を自分のためにつかったその事実に、ララは神器を解放させる手札を失ったその事実に。
二人とも、仮初の化身の行く先を見つめて固まっていた。だが、その間も、アクトスはその手を、思考を止めはしない。
「ブラスト」
小さく口の中でつぶやいたその声に反応して、アクトスが投げ捨て転がっていた剣が宙に浮く。アクトスは、その剣目がけておおきく一歩を踏み出し、宙で剣を掴みとると、そのままの勢いで剣を振った。
「ブラストおおおぉぉぉぉ!」
その剣はララに向けて。三つつけた砲輪すべてを発動させたこの攻撃に、アクトスはすべてを駆ける。対するララも、遅ればせながらなんとか防御姿勢をとった。
攻防は一瞬。
空間さえも切り裂くような、そんな一太刀をアクトスは生み出した。それとともに、今まで攻撃に耐えていたアクトスの剣が崩れ落ちる。文字通り、ぼろぼろになって。
アクトス自身も、恩恵を使った負担と今の攻撃にすべてをかけたことにより地面へと崩れ落ちた。どしゃり、という音が、無残にも響く。アクトスはすべてをかけて、そして倒れた。それが事実だった。
だが、ララは、そんなアクトスには目もくれず一点を見つめていた。その視線の先は希望の剣。アクトスの剣を受けた希望の剣の刀身には、一筋の線が入っている。そして、その線にそって、刀身の先が少しずつずれてきた。滑り落ちるように刀身が地面に落ちると、ララもそのまま膝を折る。
切られたのだ。希望の剣は、ララの希望は、アクトスのその剣によって。真っ二つに。
からん、と甲高い音を響かせながら希望の剣の刀身は地面へと転がった。その先を目で追いながら、ララは茫然としていた。そして、いつしか、その両眼から涙があふれ出る。そのまま、その涙が止まることなく、乾いた地面を濡らしていく。
「副隊長!」
ミリサはそんなララには目もくれずアクトスに駆け寄った。
そして、アクトスを抱き上げると、すぐさま胸に耳を当てる。そこからは、拍動する心臓の音が聞こえ、熱がミリサへと伝わった。
アクトスが無事なことがわかると、ミリサは強く、強くアクトスを抱きしめる。その存在を確かめるかのように。
◆
アクトスが明けた大穴。その向こうからは、事態を嗅ぎ付けた王国防衛隊の面々が次々とやってきていた。
すぐさま、アクトスとミリサは救出され、ミリサの証言からララは拘束された。皆が、それぞれの対応に追われている最中、二番隊隊長、ハイト・デルフィーノは、離れた木の下にたたずんでいた。
「やはりお前だったのか」
「ああ、隊長か……」
ハイトは木にもたれかかっている男に話しかけていた。その男の右腕と顔面の一部は、ちぎれてしまったかのように無くなっていた。それもそのはず、その男はアクトスの恩恵、仮初の化身を受けて吹き飛ばされたガスドックだったのだ。
そのガスドックを立ったまま見下ろしていたハイトは、淡々と言葉を重ねていく。
「派手にやられたな」
「もう少しだったんだがな……。やられたよ。神の化身は伊達じゃねぇな」
「俺の部下だからな」
その言葉に、ガスドックは自嘲ぎみに笑う。
「すまんな」
「何がだよ、隊長」
「俺の力が足りないばっかりに、な」
「なんだよ、それは。別にあんたのせいじゃねぇだろ? あんただってやれることはやってる。そんなのは、皆知ってるさ。けど、それだけじゃ足りねぇんだよ。中からだけじゃなく、外からもやらねぇと」
「ああ……」
そういうと、ハイトはそっと煙草を取り出し火をつけた。そして、その煙草をガスドックの口に差し込む。もう、体を動かすことすらできないガスドックだが、煙草をくわえて一呼吸すると、その脇から白い煙を勢いよく出した。
「うめぇな」
「だろ? 高級品だ」
「違いねぇ……。あぁ、ほんと、あと少しだったんだぞ? 勘弁してくれよな、まったく」
「ああ」
「あと、少しだったんだ」
「ああ……」
その言葉を最後に、ガスドックの口から煙草が落ちた。その煙草の火をそっと消すと、ハイトは何も言わずにその場を後にする。
その背中は何も語らない。ただ、どこか寂しそうだった。
戦いは、終わった。




