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「だああああぁぁぁぁ!」
「はああああぁぁぁぁl」
剣を構えているララに向かって、アクトスとミリサは走った。互いに剣を振りかぶりながら、素早く。当然、両者の距離はそれなりにあるため、ララは悠々と希望の剣を振るって斬撃を繰り出した。
それはまっすぐ二人に向かっており、むしろその素直さ故、さけるのは容易だ。先ほどと同じく、斬撃は壁にぶち当たり、おおきくえぐる。その振動のせいか天井からパラパラと土が落ちてきた。
「っ――!?」
咄嗟に上を向き顔をしかめるララ。そんなララの元へ向かうアクトスとミリサは、斬撃をさけるために大きく膨らんだまま走る。すぐさまララは視線を二人に戻すが、もう遅い。アクトスとミリサは両側から剣を振り下ろすところだった。
三人が交わる瞬間。その一瞬の中で、できることは少ない。アクトスもミリサも、ただまっすぐにララに向かって剣を振るうしかできない。
しかし、ララは違った。
わずかに迫るのが早かったミリサの腹に前蹴りをくわえ吹き飛ばしたのち、希望の剣でアクトスの斬撃を受け止める。そして、そのまま力まかせに剣を払うと、一歩を踏み出しアクトスへと切りかかった。
狭い空間に鈍い音と甲高い金属音がほぼ同時に響いたかと思ったら、ララの剣が眼前に迫っていたのだ。アクトスからすると悪夢のようなものだろう。
アクトスは本能のままに後ろへ飛び退くと、今までアクトスがいた場所を剣が通る。わずかに届いていた刃が、アクトスの頬を薄く裂いた。
途端に高鳴るアクトスの心臓。その鼓動の音がやかましく頭に響いていた。奪われかけた命。まるでそれを確かめるかのように。
「思っていたよりもすごいんですね、神器の力は……これなら、アクトス様相手でもなんとかなる気がいたします」
そう言いながら、何度か空を剣で切る。感触を確かめているのだろうか。その仕草は素人丸出しにも関わらず、素早さは歴戦の戦士のごとく。その違和感に、アクトスは思わず顔をゆがめる。
「なんだそりゃあ……」
「ふふっ。アクトス様も驚きでしょう? これが神器の力なのですよ。『希望の剣を一度振れば、雷光の如き光が敵を屠るであろう。そして、その光に魅入られた者たちと共に敵を打ち砕くがよい。希望の剣はその持ち主に多大なる力を与え、魔族を屠る光とならん』そう古文書にありました……。まさにその通りです。今なら、あのハイト隊長にさえ勝てそうな気がします」
「その剣もっただけで化け物の出来上がりかよ。ふざけんなよな」
「大丈夫です。神器の解放した後も、首だけは綺麗にとっておこうと思ってますから」
「言ってろ」
アクトスはそういうと、地面から跳ね上がり、その反動でララに切りかかる。アクトスの全体重を乗せた剣を、ララは容易に受け止めた。
「くっ――」
「さすがはアクトス様です。神器を持ったこの私でも腕が痺れてしまいます」
すぐさまその場から離脱。そして、ララの視界から抜け出すかのように横へ走った。そして、回り込み真横から横薙ぎ。しかし、間一髪の間合いで避けられてしまい、ララの反撃がくる。
その剣の振りは重く速い。アクトスはその素直で獰猛な攻撃をいなし、再び後ろへと下がった。うまさなど一片たりとも感じないが、その剣の威力には舌を巻く。
「多大なる力ってのは、身体能力のことか」
「ご明察です」
にこりと微笑むララからは、まだ余裕が感じられた。
反対に、アクトスの額には汗がにじみ、表情も険しい。ゴクリと唾を飲み込む仕草は、口が渇いている証拠だ。今までハイトとミリサとしか模擬戦いをしてこなかったアクトスではあったが、わずか数手の立ち合いで現状のララの脅威を正確に見抜く。
底上げされた身体能力によって、剣の素人であるララでさえもアクトスとミリサ、二人を相手どって立ち回ることが可能。さらには、その身体能力で剣から発せられる光る斬撃。その威力は岩をも砕くほどなのだから、生身で受ければひとたまりもない。油断をすれば、神器の持つ魅力に惑わされるため、集中を乱される。短距離でも遠距離でも脅威であり、さらには精神攻撃まで仕掛けてくる鬼畜具合。まさに、神器と呼ぶにふさわしい力だ。
だが、アクトスもただやられているわけではない。目の前のララを打ち破れなければ、恩恵はともかく命も危険だからだ。なんとか、ここから逃げ出そうと活路を見出そうと躍起になる。
「ミリサ、やっぱ二人でいかねぇとだめみたいだな」
「そのようですね」
「やれるか?」
「はい!」
そのために選んだのは二人がかりによる攻撃。相手は一人だからどうしても手は足りない。先ほどは予備知識がなかったため攻撃が返されたが、今度は違う。相手を一流の剣士と思って立ち回れば、まがりなりにも打ち合える。その中で勝機を見いだせればいい。アクトスはそう考えていた。
まっすぐ突っ込むアクトス。そしてそのままララへと突きを繰り出した。アクトスの剣の腹を横からたたきながら突きをいなすのもいとわず、アクトスは力よりも速さを重視し、手数を稼ぐ。
弾幕のように繰り出される突きを、顔色も変えずにいなすララは脅威だ。アクトスは次第に疲れからか勢いがそがれていく。
「アクトス様、芸がありませんよ。もうお疲れなんですから、すこしやすんだ――」
そんなララの言葉を遮るように、アクトスの背に隠れていたミリサは飛び上がり剣を投擲。一直線に受かってくる剣を見て驚くララ。ララは、後ろへ一跳びして剣をかわすが、それをアクトスが逃さないはずがない。大きく一歩を踏み出すと真上から剣を振り下ろした。
ララはその剣を受ける。片手で剣を扱っているにも関わらず取り回しに不自由がない。軽々しくアクトスの剣を受けると、反対に力でアクトスを吹き飛ばす。そして、アクトスが吹き飛んだ瞬間、先ほど投擲し地面に突き刺さった剣を拾いながら、ミリサがララを横から薙ぐ。
「はああぁぁぁ!」
神器から得た身体能力を頼りに、ララはやはり後ろへ距離をとり、その剣をかわした。ララがようやく体制を整えると、アクトスとミリサも、やはり剣を構えすぐさま向かってくる。
それが二、三度続いた頃。両者に明確な差が出始めた。
徐々に体力を削られ、肩で息をし始めたアクトス。そして最早限界を超えているのだろう、ミリサは片膝をついていた。そもそも、これまで体を酷使しすぎたのだ。戦えないほど疲弊している。
それとは反対に、いまだ笑顔で微笑んでいるララ。このままこれを続けていても、アクトス達に勝利がないのは明白だ。それを理解していたアクトスは、思わず歯噛みして舌打ちをする。
「体力までも底上げされてんのかよ」
「そのようですね。疲れませんから……ねぇアクトス様? いい加減あきらめたらいかがですか? 恩恵の力をささげて一緒に生きていきませんか? これが最後のお誘いになるかと思いますが、アクトス様もどちらがよいか、もうわかってるんじゃありませんか?」
「そうだな。とりあえず、馬鹿なこといってるお前をぶちのめしてこっから逃げるさ」
「まだそんなことを……。現状がおわかりでないはずもないでしょう。とても残念です、アクトス様」
俯くララを見据えたアクトス。そのアクトスの瞳は、まだ希望を失ってはいない。
「どっちが残念か決めるのはもうちょっとまったらどうだ? 俺にだって、切り札くらいはあるんだ。そして、それを使えば、お前を倒せるかもしれないっていうのもわかった。俺も残念だよ、ララ。……ミリサ。こっからは俺一人だ。隙をみてなんとか逃げろ」
「……はい」
強気なアクトスの物言いに、ララは少しだけ目を見開く。
「もう遊びは終わりにしよう。たとえ偽物でも、本物に勝てるってところを見せてやる」
そう言って、アクトスは剣の切っ先をララへと向けて突き出した。




