19
アクトスは見とれていた。そう、見とれていたのだ。
神々しく輝く刀身に、それを持つ天使の如きララの立ち姿に。台座の前に立つララは神々しいという以外の表現は似つかわしくないほどだった。
「この神器の名は希望の剣。私の希望を叶えるための、一筋の光」
ララの言葉一つ一つが胸に響く。
ララの動きの一つ一つが涙腺を揺るがす。
アクトスは震える体を抑えることができない。
「アクトス様。さようなら」
そう言いながらララは掲げた剣を振り下ろした。アクトスとララとの距離は十数歩はあるだろう。ゆえに、剣は届かない。届かないはずだったのだが、希望の剣からは光る斬撃が飛びアクトスへと襲い掛かった。
アクトスはそれをじっと見つめている。まるで、それを受け入れるかのような、穏やかな顔で。そして、斬撃はまばゆい光を放ちながら地面の石畳を砕いてアクトスに迫った。尋常ではない威力。それを内包しながら、アクトスの体を両断する。
「――だめぇ!」
――かに見えたが、あわやというところで、横から飛んできたミリサがアクトスを脇へ突き飛ばした。斬撃はそのまま後ろの壁へとぶち当たり、やはり壁を砕いた。
「ミリサさん。せっかくアクトス様が受け入れてくれようとしていたのにひどいです」
「馬鹿いわないでください! あれくらったら死んじゃうじゃないですか!」
「それでしたらそれも運命です。この剣の持つ希望に、アクトス様もすがりたくなったんだと思いますよ」
「そんなわけないでしょーが! ほら、副隊長! しっかりしてくださいよ! 死にたいんですか!? 一緒に帰るんじゃないんですか!?」
突き飛ばされた衝撃とミリサの声に、アクトスははっとした。そして、少し前までの自分の状態にようやく気づく。異様な程に希望の剣に魅入られていた、先ほどの自分に。
「俺……なんで」
「なんでじゃないですよ! あの神器にやられて死ぬとこだったんですよ!? って、ほらまた!」
そうやって話している二人に向かって、ララは再び神器を振るった。迫りくる斬撃を、二人は倒れながら横に跳んでなんとかかわす。
「あまり逃げ回られると面倒ですから、覚悟を決めてください。ね? アクトス様」
そう言いながら、何度も剣を振るうララ。光る斬撃を前にして、アクトスとミリサの顔は蒼白だ。
「やべぇ……」
「きゃぁっ!」
必死に斬撃をさけながら、二人は目を合わせる。そして、頷きあうと、突然走り出した。
「逃げるぞ! このままじゃまずい!」
「でも逃げるってどこに!」
そう言いながら、アクトスは広間から分かれる通路を見据える。
今アクトス達がいる位置は、アクトス達が入ってきた道とは反対側だ。つまり、アクトス達と出口の間にはララがいる。あのすさまじい攻撃をすり抜けるなど、そんな危険を冒すには、いささか冒険心が過ぎる。
アクトスはとりあえず、行き止まりとわかっている牢屋への道を選択肢から外し、一番近い穴へと走った。そして、走りながら淡光を発動させる。
「こっちだ! いくぞ!」
「はい!」
叫びながら二人は暗闇へとその身を投じる。
そんな二人を、ララは後ろから微笑みながら追いかけた。ゆっくりと、歩きながら。
◆
「なんだよ、あれ。反則だろ!」
「あんなの、剣で受けるなんてできないですよ!?」
「当たり前だ! くそっ! とにかく逃げないと殺されるぞ」
「アクトス様は恩恵のことがあるから大丈夫じゃないですか!? それよりやばいのは私ですよ!」
「馬鹿言え。俺だって用が済めば殺される! 生き血だぞ!? 生き血! それに、あの光を受けて無事でいられるとは思えねぇ」
二人は淡光の薄明りの中、必死に走っていた。何度も分かれ道があったが迷っている暇などない。走りやすさと直感で決めながら、二人はとにかく逃げようと走り続ける。アクトスは、集音を使いつつ耳を澄ませていたが、足音はまだ遠い。
「それに。あまりあの剣の輝きを見続けるのはよくない気がするしな」
独り言のようなアクトスのつぶやきに、ミリサは内心首を傾げた。
「えっと……どういうことですか?」
「ララが言ってただろ? 希望にすがるって。おそらくだが、あの剣の力は光る斬撃だけじゃねぇ。見るものの心を魅了する。そんな力があるんじゃないか? あの時の俺は今思うと明らかにおかしかったからな」
アクトスはそう言いながら歯噛みした。ミリサがいなければ死んでいたかもしれないあの状況。その恐怖に今更ながら寒気が走る。
「神ガイレスがもたらした希望なんだからな。そうやって大衆心理をも操って魔族を打ち滅ぼしたんだって思えば、矛盾しない」
「まさか、そんなことが――」
もし自分もその力に飲み込まれていたかと思うと、剣を握るミリサの手にじわりと汗がにじんだ。
「まあ、それに関しちゃ、どっちかがおかしくなれば、さっきみたいに目を覚まさせてやればいい。それよりも、あの斬撃。あんな飛び道具、どうしろってんだよ……」
そのまま無言で走る二人。
どんどんと奥に入ってきているが、道の先は一向に見えない。いつからか、床の石畳や石壁は消え失せ、ただの土の洞窟になっている。入り口のことを考えると、外に近づいているということなのだろうか。そんな淡い希望を抱きながら、二人は必死で走った。
だが、そんな希望もすぐに打ち砕かれる。
アクトス達が選んだ道は、行き止まりだった。
「そんな……」
ミリサは茫然と膝をおり、アクトスは舌打ちをして周囲を見回す。
アクトス達が選らんだ道は行き止まりだったが、一番奥は台座のあった広間ほどではないがある程度の広さをもった空間になっていた。端から端までは二十歩よりも長いくらいだろうか。それを半径とした球状のこの空間は動き回るのに不自由はない。
アクトスはその空間を端から端まで見て回る。出口につながらうものはないか、隠れる場所はないか、なにか自分達に有利になるものはないか、そんなものを見て回ったが、あるのは分厚い土壁のみ。
そうこうしている間も、集音を着けているアクトスの耳に聞こえてくるのは、少しずつ近づいているララの足音だ。
「もう近い」
その言葉に、ミリサはびくりと体を動かした。だが、腹をくくったのだろう。手にもっていた剣を握りなおすと、大きく深呼吸をした。
「玉砕覚悟で突っ込むしかないんですかね」
「ああ。だがお前は、隙をみて逃げろ」
唐突なアクトスの言葉に、ミリサは咄嗟に声を上げた。
「何を――」
「別にあきらめたとかそんなんじゃねぇ。ただ、恩恵を使い果たしたお前と俺とじゃ、まだ俺のほうが勝率は高そうだからな。それに試したいこともある」
「試したいことですか?」
「ああ。それに、お前が逃げておっさんを呼べばなんとかなるかもしれねぇ」
そういいながら、アクトスは自身の剣に手を添えた。落ち着き払ったその様子と、納得せざるを得ない理由に、ミリサはおとなしく首を縦にふる。だが、その視線は納得がいってない様子だった。
「死なないでくださいね?」
「努力はするさ」
「でも、その前に逃げる隙があれば……ですけど」
「違いない」
そういって微笑み合う二人。
そんな二人の元に、ようやくある人物がたどり着く。
「仲がいいんですね、お二人は」
ララは微笑みながら希望の剣を構えた。それに呼応するように、アクトスとミリサも剣を構える。
一触即発。
そんな言葉が似合うこの狭い戦場に、泣き声のような叫び声のような、そんな咆哮が響き渡った。




