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神器使いと瞬撃の女騎士―王国防衛隊編―  作者: 卯月 みつび
第一章 出会いと柔肌と一蓮托生
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1

「始め!」

 掛け声とともに鳴り響くのは、木刀と木刀がぶつかる甲高い音。一斉に動きだした男達のせいで、砂埃が舞い上がる。口から漏れる言葉にならない音とともに鈍い打撃音が響き、その度に木刀を振る男たちの闘争心はより一層膨れ上がった。


 ここは、王国防衛隊の訓練場。今日は城と王都の防衛が定められている二番隊の訓練の日だった。その訓練の最中、どこからかこの場にそぐわない音が聞こえてくる。

「があぁぁー、ふしゅー。があぁぁー、ふしゅー」

 聞きたくもないそんな音を聞きながら、隊員達はおもわず模擬戦をしながら顔をしかめる。

「おい、またかよ、副隊長」

「どうせ寝てるんだろ? まったく。誇り高い王国防衛隊の二番隊の副隊長があんなのとは。隊長もなんであいつを副隊長にしたんだか」

「俺、副隊長が戦ってるの見たことないからな」

「あの事件以来、恩恵を使ったって噂も聞かないし。結局、本当のところはどうだかわからんな」

 そんな陰口をたたきつつ、隊員達は訓練場の端に寝転んでいる副隊長に視線を向ける。


 白地に深い緑と金色の刺繍があしらわれた警備隊の制服は、本来であれば凛々しいのだが、副隊長のそれは砂埃にまみれて少し茶色く染まっている。副隊長より上の役職に与えられている輝くマントは、今では単なる毛布となり下がっていた。黒い皮のブーツを履きながら横になっているその姿からは、副隊長の威厳を全く感じない。

 さらに違和感を感じるのは副隊長の顔だった。この場にいる誰よりも幼さを残した顔。副隊長は、新人隊員と同い年の十五歳という若さだったのだ。

 そんな副隊長を後目に、それぞれ模擬戦に精を出す。が、その中の一人が副隊長へと駆け寄った。他の隊員は、何をしてるんだか、と横目で様子を窺っていた。


 副隊長に近づいた一人の隊員。その隊員は訓練場の端で横になっている副隊長の顔を改めて眺め、寝ているのを確認すると小さくため息をついた。

「副隊長、アクトス副隊長」

 隊員の声は確かに副隊長であるアクトスに届いているはずなのだが、アクトスは微動だにせず、いまだに寝息をたてている。そんなアクトスに痺れを切らした隊員は、アクトスの肩を何度か揺すった。するとここでようやくアクトスが目が開き、そして大きく伸びをして大欠伸をした。

「ふあぁぁぁ。ん? なんだ? お前は。もう訓練は終わったのか?」

「いえ。まだ、訓練は終わっていません」

「は? なら早く終わらせて帰れ。俺は眠いんだ」

 それだけ言い、再び寝ようとするアクトスをその隊員はあわてて止めた。

「いえ、その前にちゃんと訓練に参加してくれませんか?」

「はあ?」

 隊員の唐突な問いかけに、アクトスも周りで訓練をしている他の隊員達も、思わず動きを止めてしまった。それもそのはず。アクトスが訓練に参加したことなど、副隊長に就任してからまったくないのだから。

 だが、アクトスに相対する隊員は、それを知らないのか捲し立てるように言葉を重ねた。

「副隊長に稽古をつけていただきたいのです。ぜひ、模擬戦を」

 その言葉にアクトスは眉をひそめる。

「そんなのはまた今度だ。ほら、もう今日は皆解散だ。解散。ほら、さっさといけ」

「しかし――っ!?」

 なおも食い下がる隊員を、ほかの面々が慌てて止める。二人がかりで肩を掴んで引っ張り、引きずるようにしてアクトスから引き離した。

「おら、新入り。そのへんでやめとけ。今日は終わりだっていってんだ。副隊長がよ」

「そうだ、そうだ。いいから頷いとけ。副隊長は今日も、訓練には参加しないそうだからな」

「でも! ちょっと待って――」

「あんまり怒らすと後が面倒なんだよ。ほら、さっさと行くぞ」

 そのまま引きずられていくのをほかの隊員達は見届けると、アクトスに向かって整列する。そしてその中の一人が声を張り上げた。

「失礼しました! あいつは、昨日入ってきたばかりで何もわからず……。新人に対する教育を怠っておりました。以後気を付けます」

 その一部始終を見ていたアクトスだったが、最後の言葉を聞いて小さくため息をつくと再びその体を地面へと放り出す。そして、視線すら向けずに、手をひらひらと振りながら、隊員達へと訓練場からの退室を促した。

 隊員達は、それに従うようにきびきびと訓練場を後にする。


 皆が出て行ったのを確認すると、眠ろうとしていたはずのアクトスはおもむろに体を起こし、そして髪の毛をかきあげた。誰もいないのを確認して再び溜息をつきながら立ち上がる。

「勝手なこと言いやがって」

 そんな呟きは誰にも届かずに、地面へと消える。


 ◆


「よぉ、アクトス。やけに辛気臭い顔をしているな」

 訓練場を後にしたアクトスに話しかけてきたのは、アクトスと同じ制服を着た男だ。室内なのに、金髪の髪の毛は風にたなびいているかのようにさらさらだ。少しばかり深いしわのある表情は年齢を感じさせるが、それは決してその男の容姿を損なうものではない。その男も、アクトスと同じようにマントを羽織っていた。

「なんだよ、おっさんか」

 アクトスは金髪の男を見るや否や、すぐに視線を逸らし悪態をつく。

「あいかわらず小さいな。お前は」

「平均とそんなに変わらねぇよ! 小さくないし、うるせえよ!」

「うるさいはないだろ、隊長に向かって。しっかりハイト隊長、ご機嫌麗しゅうとでもいえ。それにお前の言う平均はこの王都を見たらって話だ。隊員の中じゃ一番小さいのは変わらん」

 ハイトはそういいながらアクトスの背中を何度か叩き、爽やかな笑みを浮かべた。アクトスは、そんなハイトを睨みつけるが、睨まれた方は全く気にしていない。

「ああ、そういえばな。陛下と宰相様がお呼びだぞ」

「はぁ? なんでじいさん達が」

「人払いまでしてるって話だからな。特別な話なんだろう。……まあ、それよりなんだ、お前のその恰好」

「ん?」

 アクトスはハイトの言葉に自分の恰好をまじまじと見つめたが、ハイトの指摘がなんのことかわからず首を傾げた。

「真っ黒じゃないか。またどうせ訓練場で寝てたんだろ。いい加減にしろよ? そんなんじゃ、二番隊副隊長の名が泣くぞ」

「おっさんが勝手に副隊長にしたんだろ? 俺は別になりたくてなったわけじゃない」

「まあそう言うな。ほかに副隊長にふさわしい奴を育ててみせたらやめたってかまわんが……今の隊員の中にすぐにでもなれそうな奴がいるか? お前くらいしかいないんだ」

「どうせ恩恵頼りだろ。変に期待なんてしてねぇから安心してくれよ」

 そういうとアクトスはそっぽを向いて歩いて行ってしまう。それでも、進む先はハイトが連れて行こうと思っていた場所に向かう道なので、ハイトは小さく微笑みながらその後をついて行った。


 ◆


 長い時間をかけて二人がたどり着いたのは王との謁見の間だ。道順が複雑でやたら時間がかかるのは攻め込まれたときのことを考えてだ。アクトスは、小さい頃にそのことを聞いて、しきりに感心していたものだ。今考えると、恥ずかしいことこの上ないが。

 ハイトが謁見の間の大きな扉を叩くと、中から「入れ」と声がする。本来ならいるはずの門番がいないのは、この謁見が非公式なものだったからだろう。

「はっ」

 ハイトは短く返事をして扉を開き中へ入る。アクトスも当然それに続いた。二人は扉を抜けて、広い部屋の中央までゆっくりと歩いた。そして、その途中で片膝をつき頭を下げる。

「王国防衛隊、二番隊隊長。ハイト・デルフィーノ。ただいま参りました」

「同じく、二番隊副隊長アクトス。ただいま参りました」 

「よい、頭を上げよ」

 頭上から聞こえてくるのは太い声。豪華絢爛な装飾を施し、真っ赤な絨毯が敷かれ、歩くのもはばかられるようなこの美しく広い場所に、太い声はよく似合った。人の背ほどの段上から声をかけてきたのはレダコート・エルメサット。エルメサット王国の頂上に立つ、王その人だ。

「よく来たな、二人とも」

 そういって微笑むとわずかに上がる口角。それに伴い白い髭も少しだけ動く。少しだけふくよかな体を少しだけ傾け、頬杖をつくその様はまさに大国の王といった雰囲気だ。当然、その服装もかなりの装飾が施されており、王の威厳に拍車をかけている。

「は。お会いできて光栄にございます」

 ハイトはそう言って再び頭を下げた。

「よいよい。そう硬くならずとも。いつものように話をしていればよいのだ。のぉ、オーキシス」

 レダコートはそういって右側に立つ男に目配せをする。その男は直立不動で微動だにしない。王よりも少しだけ若いだろうが、頭髪には少しばかり白髪が混じり、紺色の文官服が、鈍く光っていた。

「陛下の御前。砕けた話し方などできるはずなどないでしょう」

 表情をすんとも変えないオーキシスは、この国の宰相だ。

 レダコートは、そんなオーキシスを見て肩をすくめ、そして大きくため息をつくと途端に口調を変えて話し出した。

「ほれみろ。いっつも隣にいるのがこんな堅物だから肩がこってしかたがないわい。なぁ、ハイト。また色町にでも連れていってくれないと息が詰まってしまうわ」

 突然の発言に、オーキシスとハイトは思わず息を噴き出した。

「なっ――。また、行かれたのですか!? やめてくださいと言っているでしょう! 王国防衛隊、二番隊の隊長殿が傍にいれば不埒な輩に襲われる心配はしなくてもいいでしょうが、王が性病で死亡などとそんな醜態、さらすわけにはいかんのですよ!」

「そうはいってものぉ。王妃も側室も、リードされるのが当たり前だと思っておる。わしもたまにはリードされたいのじゃ」

「陛下っ!」

 いきなり始まった王と宰相の口論に、ハイトは苦笑いを浮かべアクトスは大きなため息をついていた。

「相変わらずなんだな、あの爺さん」

「陛下だぞ? そう簡単に変わるわけがないだろう。俺と話すときはいつもこうだからな」

 ハイトとアクトスは依然として続いている老人と中年の言い争いを見ながら言葉をかわす。が、いつまでもこうしていても時間の無駄だ。アクトスは仕方ないとばかりに、二人の口論に口をはさんだ。

「それで、話ってなんだ? 俺だって暇じゃないんだ」

「アクトス殿。いい加減その言葉遣いは――」

 アクトスのぶっきらぼうな様子を見て宰相であるオーキシスは眉をひそめた。が、そこに王が口を挟む。

「よいのだ。ほれ、そんなことよりも説明を始めんか」

 オーキシスはやれやれとつぶやきながら肩をすくめると、あきらめたのか脇に置いてあった書物を手に取った。

「……さて、ハイト殿、アクトス殿。二人を呼んだのは他でもない。巷で噂になっている盗賊団のことだ」

「盗賊団?」

「うむ。最近、王都周辺では盗賊の被害が増えていると聞く。それ自体は特に珍しいことではないのだが、被害を受けたものは皆、命を失うことなく帰ってきているのだ。当然、荷物は奪われているのだが」

「それが、何か問題でも?」

「いや。そこまでなら幸運だったと終わるのだが、奇妙なことに皆共通して持ち帰っていたものがあったのだ」

「なんですか、それは」

「これだ」

 宰相はそう言いながら王の横から階段を下り、二人にそれを渡した。ハイトがそれを受け取ると、白地のカードには奇妙な絵が書いてあった。

「これは……とぐろを巻いた蛇?」

「ああ、そうだ。今まで八件の被害がでているが、そのすべての被害者がこのカードを持っていた。曰く、盗賊団が落としていったと」

 ハイトはそのカードを無言でアクトスに渡した。黒く描かれた蛇の絵はひどく禍々しく、アクトスは思わず顔を歪める。

「蛇……。まさか」

「どうした? ハイト殿」

「いえ。何も……。このような妙な趣向を凝らす輩は捨て置けません。我ら二番隊がただちに殲滅してみせましょう。……が、たかが盗賊団の殲滅にこのような場を設けたということは――」

 ハイトがアクトスを一瞥する。すかさず、宰相が口を開いた。

「ああ。今回はアクトス殿にも出陣してもらう」

 その言葉を聞いて驚いたのはアクトス本人だ。アクトスは今年十五になったばかりの、本来であれば入隊が許可される年齢になったばかりだった。昨年までは、任務の際、その年齢を理由に王都に待機していたが、今回は話が違うようだった。当然、アクトスが現場に出るのは初めてだ。

 アクトスは思わず両手を握りしめる。

「アクトス殿の恩恵。仮初めの化身トランジェントゴッドは当然のことながら使用禁止だ。そこだけは注意するように」

「ああ、わかってるよ。俺みたいな生物兵器。恩恵が使えなくなっちまったらそれこそ用無しだ」

「おい、アクトス!」

 そっぽを向くアクトスをハイトが強い口調でたしなめた。が、対するアクトスは全く堪えてなどいない。

「なんだよ、違うって言えるのか? とりあえず、遠征にでも出させておけば、隊員達が言ってるただ飯食らいって不満も少しは減るだろうしな。ちゃんと行くさ。体裁だけ整えれば文句はないんだろ?」

 そんなアクトスの言葉に、ハイトは返す言葉を持っていなかった。王も宰相もハイトも険しい顔でアクトスを見つめることしかできない。

「話は終わりだろ? じゃあな」

 そういってアクトスは謁見の間から出て行ってしまった。残された三人は、思わず息を吐く。


「アクトス殿の言う通りではあるのだがな。いくら、神の化身と呼ばれるアクトス殿と言っても任務をこなさず副隊長に置いておくのは難しい。それを狙っての出陣なのだから返す言葉もない」

「いえ。あいつはもう十五にもなります。現場に出て力をつけることも必要でしょう。経験を積めば、あの態度も少しは変わるかもしれませんし。隊員も、一緒に仕事をすればあいつがどんな奴なのか、きっとわかると思います」

 オーキシスとハイトは互いに一瞥した後、アクトスが出ていった扉を見つめていた。

「まあ、アクトス殿の恩恵を何としても保持しておきたいのは、くやしいが本音だ。だからこそ言い訳のしようがないとは思っているが……あれは国の切り札だ。頼んだぞ、ハイト殿」

「は。なんとしても、アクトスを連れ帰りましょう」

「うむ」

 宰相とハイトはそういって互いに反対方向へと歩き出す。盗賊殲滅作戦の準備に早速とりかかったのだ。二人が謁見の間から去ろうとしているとき、王はぼんやりと頬杖をついていた。その視線は、アクトスの出ていった扉を、ただただじっと見つめていた。

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