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「おい、いいのかよ」
ガスドックは地面に座っていた。ここがどこかというと、台座の広間から伸びた通路の一つである。いくつも道があるが、中には浅い洞窟のようになっているところもあり、それらをガスドック達、蛇の盗賊団は休憩所のように使用していた。その中の一つでララは休んでおり、そこにガスドックが現れたのだ。
ガスドックは壁を背もたれに座り込みながら、近くに突っ立っているララへと声をかける。
「何がでしょう?」
「何がって。あいつらを裏切ったってことだよ」
「ああ、そのことですか……」
ララはというと、少し大きめの岩にちょこんと座る。その仕草は、先ほどの凶行をしたものとは到底同じ人物とは思えないほど可憐だった。
そして、ガスドックの問いかけに、ララは顎に手をあて考え込むように首をかしげる。
「別に裏切ってはいませんよ。アクトス様はきっと私と同じ。力を追い求めておいでです。それならば、きっと私達とともに歩んで下さるでしょう」
「あの女の子はいいのか?」
そこでララの眉がぴくりと動いた。だが、表情は落ち着いたまま変わっていないように思える。
「ミリサさんのことですね」
一瞬間を置いた後、ララはガスドックを一瞥する。その視線は全くといっていいほど熱を帯びてはおらず、ガスドックは目があった瞬間に背筋に寒気が走った。
「あれは邪魔です。用が済んだら処分をお願いするかもしれません」
「邪魔って」
「私のアクトス様に余計な入れ知恵をして、アクトス様を迷わせてしまっています。さっきだってそうです。あのままなら、ガスドックさんの言葉を聞いて仲間になってくれていたかもしれないのに。私とアクトス様が一緒にいることを邪魔するなら、そんな人には存在価値すらありません。せっかく、私が色々と根回しをして、アクトス様を城の外に出し、こうしてこの場所に来ていただくことに成功したんですから。ガスドックさんにも協力してもらってやっとです。その苦労を無に帰す人に、かける情けなんてありません。まあ……アクトス様の専属になったときは少しだけ助けられましたけど――」
そしてにこりと微笑むと。
「殺しましょうか」
そういってかわいらしい笑い声を上げていた。ガスドックはどこか常軌を逸した様子に苦笑いを浮かべることしかできない。
「無駄な殺しは許さねぇからな。これは遊びじゃねぇんだ。この腐った国をひっくり返すために必要な血はしょうがねぇ。だが、お前の私怨で流される血は、俺だって見過ごしちゃおけねぇからな」
「はい。わかっています。冗談ですよ」
そううそぶくララを見ながらため息をつくと、ガスドックは立ち上がる。
「しょうがねぇな……それより腹へらねぇか? 下のもんがなんか作ってんだろ」
「いえ。私より、アクトス様に何かお渡しになってください」
「そうかい。殊勝なこったね。わかったよ。お望み通りに……」
そういって、手をひらひらと振りながらガスドックは出ていった。ララはその後ろ姿をじっと見つめている。
「馬鹿な男ですね……。同じですのに。あの女とあなたたちの未来は」
そう呟いて、またララは微笑んだ。
◆
アクトスとミリサ。二人が連れられたのは、遺跡のさらに奥にある一つの通路の突き当たり。そこには、いくつかの部屋があり、それぞれ柵で仕切られている。いうなれば牢屋のようなものだった。
「治療はしておきました。でも、協力してくださらないと、また手が滑ってしまうかもしれません。あまり手を煩わせないようお願いいたします」
ララはそう言って、アクトスとミリサを牢屋へと放り込んでいったのだ。
なぜここに連れてこられたかと言うと、なにやら神器の解放の儀式には、アクトスの恩恵と封印された神器だけではなく、なにやらタイミングも重要とのこと。つまり、そのタイミングまでは、ここに閉じ込められることになってしまっていた。
そして、この牢屋の外には蛇の盗賊団の連中が見張りに立っており、常に二人の様子を見張っていた。見張られている二人は、無造作に地面に座り込んでいる。
「おい、ミリサ。大丈夫か? 傷……痛まないか?」
「ええ。ララさんが治癒術で治してくれましたから。今は大丈夫です」
「そうか……」
「はい」
互いに言葉は弾まない。当然、この環境もそうさせているのだが、二人はショックだったのだ。ララが自分達を裏切ったことが。そして、それをさも当然のように振る舞っているララの態度が。
「最初から……だったのか?」
「わかりませんけど……きっとそうだと思います。盗賊の頭の人とも親しそうでしたし、付き合いは長いんだと思います。何がなんだかわかりませんよ」
「そうだよな。わかんねぇよな」
アクトスは何かをあきらめるように、その場に倒れ込んだ。無機質な石造りの天井が視界を埋め尽くす。じめっとした冷たい感触が背中を埋め尽くし、どこかかび臭い匂いが鼻腔を刺激した。
気分は最悪だった。
それきり沈黙が訪れた。
薄暗い洞窟の中で、アクトスとミリサはただじっとしている。だからだろうか。アクトスの脳裏には、さまざまなことが浮かんでは消えていた。当然ララのこともそうであったが、多くは昔の事を思い出していた。楽しかった幼少期のことを。運命を引き裂かれた、あの日のことを。
たぶん追い詰められていたのだろう。ゆえに、アクトスは、つい思いのたけを漏らしてしまう。
「俺さ。お前がいたところなんかよりも、ずっと田舎に住んでたんだ」
膝を抱えて座っていたミリサは、そんなアクトスに視線だけを向けた。
「そこでばあちゃんと二人。穏やかに暮らしていたよ。質素だけどとても豊かな日々だったように思えんだ。どっかのきこりがとってきた鳥肉や獣の肉が最高のごちそうだった。森だけが友達だったんだ」
そう言いながら、目を閉じる。浮かんでくるのは田舎の光景だった。鬱蒼と茂る森の中。木々や獣や花や虫達が、いつだってそこにいた。雨の日の次の日の、濡れた土の匂いが好きだった。
「そのすべてをな。俺はこの手で……。この恩恵の力で全部消しちまった。人だって何百人も死んだ。俺が殺したんだ」
殺した。その言葉をアクトスが言ったそのとき、ミリサが少しだけ身じろいだ。アクトスはそれに気づいてはいたが、敢えて指摘せずに話を続ける。
「でも俺は人殺しの罪をとわれなかった。変わりに、この恩恵の力を国のために使えと言われた。その時初めて思ったんだ。いや、気づいたんだ。俺には恩恵がなければ生きていけないって。恩恵がなければ、俺には何も価値がないただの人殺しだって…………だから最初は頑張ってたんだよ。期待に応えようと。でも俺より強い人間はたくさんいたからな。それに、俺を見るとき、俺自身じゃなく恩恵しかみない奴らがほとんどだった。でも、でもな……おっさんは違ったように思える。じいさんも、オーキシスのおっさんも、俺の恩恵は大事だったみたいだけど、やっぱりちょっと違うって思ったんだ。お前の言葉を聞いてさ」
「はい」
ミリサの相槌にアクトスは小さく微笑んだ。そしてすぐに視線をそらして天井を見上げた。
「神器の研究だって、最初は俺の恩恵の力を再現できないかってはじめたんだ。もしできたら、俺は自分の恩恵と同等の、いやそれ以上の価値を自分自身に見いだせるかもしれないってな。でもそんなのは無理で、結局がらくたしか作れなかった」
そこまで話し、アクトスはむくりと起き上がる。
「でも、そんな俺を、お前はそのままでいいっていってくれた」
「はい」
「だから、俺は捨てたくない。国じゃなく、お前やおっさん達とのつながりを……。だから、だから…………」
ふいにアクトスがミリサに視線を向けると、ミリサもアクトスを見つめていた。
その瞳はひどくうるんでおり、それでいてまっすぐで強い。そんな視線を向けられて、アクトスはどきりと心臓が跳ねる。
それだけで、ミリサの言いたいことがわかった気がした。ただの勘違いかもしれないが、アクトスにはそれはもはや確信に近いものだった。
「帰るか」
「はい」
「あいつら、ぶん殴ってでもな」
「当たり前ですよ。腕刺されてそのままだなんて、私の性にあいません」
「だな」
二人はおもむろに立ち上がり、軽く身体を伸ばし始める。アクトスもミリサも、どこか吹っ切れたような顔をしていた。
「副隊長は相変わらずうじうじしてるんですから」
「そりゃ悪かった。でも、それも、もう終わりだ」
「そうしてくれると助かります。……ずっとそうやって言いだすの待ってたんですから」
ミリサは頬を膨らせアクトスを見る。対するアクトスは、そんなミリサを見て、どこか気まずそうに頭をかいた。
「まずはこっから出ようと思うが、策はあるか?」
「後の戦いのほとんどを、副隊長に任せていいならありますよ?」
「なんか、ずるくねぇか? それ」
「いいんです。助けに来てくれたのに捕まってる副隊長が悪いんですから」
「違いない」
そういって笑う二人の様子がおかしいことに、ようやく牢屋の外にいる盗賊団の連中が気づく。
「おい、なにやってやがる、座れ!」
「変なこと、考えてんじゃねぇぞ?」
だが、アクトスとミリサはひるまない。まっすぐに盗賊団を睨みつけ、そして不敵に笑う。
「じゃあ行くか」
「はい!」
そういって、アクトスとミリサは互いに拳を合わせた。




