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神器使いと瞬撃の女騎士―王国防衛隊編―  作者: 卯月 みつび
第四章 独断と明かされる真実
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「さて。知ってるかな? ここがどこか。何のために作られたのか」

 この広い空間で相対するアクトス達とガスドック。ガスドックの問いに対して、無言で首を振るアクトス達。その視線は決してガスドックからは逸らさない。

「まぁ、しらねぇだろうな。俺だってここに寝泊まりしておいて知らなかったんだ。ここがガイレス教に関わる遺跡だっていうのは、ある人が教えてくれたんだが、まあそれはいい」

 身振り手振りを交えながら、ガスドックの饒舌な語りが始まった。


「昔々の話だ。神ガイレスはこの世に我ら人類を作られた。我ら人類は神に愛され、この世を治める存在となった。それが面白くなかったのは、悪神、ドグマチールだな。悪神は我ら人類と対する存在を生み出した。さて、それが何かは知ってるかい? 副隊長殿」

 唐突に問いかけられたアクトスは思わず舌打ちをした。この昔話はいなくなった祖母を思い出させた。何十回と聞いたこの昔話を目の前の男が話していると思うと虫唾が走る。

 だが、ミリサを人質にとられている手前、アクトスはなんとか平静を装い、問いに答えた。

「……魔族だろ?」

「そう! 魔族だ。人類と魔族との争いは苛烈を極め、この世を巻き込みすべてを失いかねなかった。そんな時、神ガイレス様は我ら人類に三つの徳の力を授けたのさ。それは信仰、希望……そして愛。それぞれの力が宿った神器はとても強い力を持っていて、ほどなくして魔族は滅ぼされた。その神器によって。そうして世界に平和が訪れました。めでたしめでたし」

 まるで道化師のような飄々とした態度に、アクトスは最早苛立ちしか覚えない。

「そんな昔話を話しにきたんなら、大通りにでもいってやってこい。少しはお情けがもらえるかもな」

 嫌味を言うアクトスを見据えながら、ガスドックはゆっくり一呼吸置く。そして、おもむろに右手をあげ、人差し指を立てた。

「まあそういうな。話は最後まで聞け。……さて。これは誰でも知ってるおとぎ話だが、実はこの話には続きがある」


「ここで問題となるのが神器の存在だ。大きすぎる力を持った神器。そんなものが残されていては世の中に争いの種をまき散らすことと同義だ。だから神ガイレスはこの神器を封印した。この世界のどこかに」


「そして、封印された神器は何千年の時を経て発見される。だが、その神器は封印のためか本来の力を発揮できない状態だ。それでは価値は半減するよなぁ。なら封印を解いてみたいと思うのが人の性」


「そこで現れるのは、神の化身と呼ばれる一人の少年の話。大陸の形を変えるほどの力を持ったその少年は神の化身と呼ばれていた。納得のいく話だ。この世で唯一、その少年が持つ力。それはさながら、昔話の神器の如く…………」


 ガスドックは話しながらゆっくりと歩いていた。いつも間にか、倒れていたミリサを抱えながら。

 アクトス達とは一定の距離を保ちつつ、台座へと向かっていく。そして、台座に近づくと、ゆっくりと腰に差していた剣をとりだした。無骨で汚く、粗末な剣だ。その剣を、ガスドックは台座へと恭しく置いた。

 台座の凹みにその剣はぴったりとはまっていた。


「再びこの世界が暗雲に飲み込まれんその時」

 ガスドックは台座に書いてある文字を読みだした。その様子を訝しげにみるアクトス達だったが、ララは何か気づいたかのように目を見開いていた。

「我が力が宿りしものが訪れん」

 その言葉が読み上げられたと同時に、ガスドックはアクトスを見つめにやりと笑みを浮かべる。その笑みをみたアクトスは、寒気を感じていた。気づいてはいけない何か、その扉を開いてしまうような気がして。

「封印と鍵が結びついたその時、力は解き放たれるだろう…………さて、謎は解けたかな? 封印を解く鍵となる、神の力を宿りしものよ」

 アクトスは思わず唾を飲み込んでいた。

「王国防衛隊副隊長アクトス。お前の恩恵は、この神器の封印を解く鍵なんだよ」

 唾を飲み込もうと喉を動かすも、アクトスの口の中は乾ききったままだった。


 ◆


「で、でたらめだ!」

 先ほどからアクトスの頭の中はぐるぐると混乱の極地を彷徨っていた。わけのわからない遺跡のような場所に、盗賊団の頭。汚い剣と、台座に刻まれた言葉。

 突然の出来事に、アクトスはまだ整理がついていない。

「なんの根拠があってそんなことを!」

「じゃあ、お前は何の根拠があって今の話を否定するんだ?」

 言い返せないのは何も知らないからだ。アクトスは唇をかみしめ両手を握る。

「別に、俺の話すことが本当だからってそれがなんだっていうんだ。なんの問題もないだろう?」

「そ、それは……」

「俺達は別にお前の命をとろうってんじゃない。その恩恵の力をささげてくれりゃあ、神器の封印は解ける。ただ、神器の置いてあるあの台座に手をかざして恩恵を使ってくれりゃあ終わりの簡単な仕事さ。まあ、そのせいでお前は恩恵の力を失うが……封印を解いた神器さえありゃ、なんだってできる! 力のなさに嘆くこともなく、正しいことにその力を使えるんだ! この国をのっとることだって不可能じゃない。この腐った王国なんて糞食らえだろう? 封印を解く手伝いをしてくれたら仲間にいれてやる。むしろいい話じゃねぇか。そう思うだろ?」

 ガスドックに言い返せずにいるアクトスは、俯き唇をかみしめている。

 ララは黙っているアクトスにふと目をやった。すると、そこにはあきらかに迷いの表情を浮かべているひとりの男がいた。視線は定まらず、口はもごもごと何かをつぶやいている。それでいて、どこか気まずそうな、決して誰とも目線を合わせようとしない、そんな男が。

「アクトス様……?」

「本当に……そんなことができるのか? 俺の恩恵の力でそんなことが」

 紡ぎだされた言葉は、何かにすがるようなそんな言葉。その言葉はアクトスの弱さそのものだ。

「そうすれば、力が手に入るのか……?」

 力、という単語を聞いて、ガスドックは三日月のような口元で嬉々として声を上げる。

「そうだ! 力だよ! お前の恩恵で力が手に入る。それは何者にも侵されない、そんな力だ! ずっと自分の運命を呪って生きてきたんだろう? 自分の恩恵しか見ない王や周りの連中すべてを恨んできたんだろ? だって、そうだよな。だれも、自分自身のことなんかみてない。自分の恩恵だけに価値を見出して、兵器のように扱ってたんだからな。自分は人間じゃないって何度思ったことか! なあ、そうだろう? 力を手に入れようにもうまくいかない。自分は一番にはなれない。いいように利用されて使い捨てられるのがおちだ。そんな扱い受けてたら、そりゃ、腐りもするさぁ……なぁ、副隊長殿。いや、アクトス……この神器の封印を解放すれば、お前はこの世界で誰よりも強い力を得ることができる。この世界で誰より、幸せな人生を歩むことができるんだ……。もちろん、この女に傷なんてつけるつもりはない。お前は力を得られるし、信頼する従者も無事ときたもんだ! どうだ!? 俺達に協力してくれねぇか?」

 台座の上からアクトスに向かって、ガスドックは手を差し伸べた。


 アクトスにはそれが、それは神の導きのように思えた。同時に甘美な罠のようにも。

 そこはかとなく魅力を携えたその提案は、今までアクトスが追い求めていたものだったのだ。ゆえに、ないがしろにされてきた人生を、人格を、取り戻せるよな気がしていた。

 あの手を掴めば、今まで手に入れられなかったものが手に入る。そう思って、思わずアクトスは手を伸ばしていた。

「わか――」

「だめですっ」

 その刹那。空間に声が響く。

 かぼそく、擦り切れそうな、けれどアクトスの耳に突き刺さるように聞こえた声が響いた。

「だめです、副隊長。だめですよ」

 気を失っていたミリサの叫び。その小さな叫びは、この空間へと確かに響いていた。


「ミリサっ!」

 気が付いたミリサをみて、アクトスはおもわず声を上げる。だが、アクトスが近づこうとすると、ガスドックはミリサの首元に手を回し、ぐいと締め付けた。

「うぅ――っ!」

 苦しむミリサをみて、アクトスは思わず立ち止まる。ガスドックはというと、苦々しい顔でミリサを見下ろしていた。

「悪いね。あいにく、あんたを離すわけにはいかないんだよ」

 ガスドックはにやにやとした笑みを浮かべながら、ミリサの首をさらに締め上げた。苦しそうなミリサのうめき声がその場に響く。

「で、どうするんだ? 神器を解放するのかしないのか。返事を聞いていないんだが」

 再びの質問にアクトスは考え込んでしまった。さっきまでは、神器の解放がとてもいい案に思えたのに、ミリサにだめだと言われてから、なぜだか尻込みしてしまっている。

「お、おれは……」

 俯き考え込むアクトス。そんなアクトスをみて、ミリサは何かを思ったのだろう。ガスドックの腕に必死に抵抗して、なんとか声を絞り出していた。

「う゛、副隊長?」

 その声に再びアクトスは顔を上げる。

「だめですよ? 神器なんて解放したら……。この人たちの目的知ってますか? 国を乗っ取るつもりなんです。だから、だから、うぅ――」

 不穏な言葉をアクトスは何も言わずに反芻する。

「私が捕まってるとき、この人が言ってました。神器の力ってそれだけすごいんです……。でも、本当にそれでいいんですか? 力を手に入れて、あとは全部捨てちゃうんですか? 防衛隊のみんなやハイト隊長達との関係も全部……。私だって、もしそうなったら敵になっちゃうんですよ?」

「けど……」

「私は嫌です。副隊長と戦うなんて、絶対」

 ガスドックに首を絞められているにも関わらず、ミリサの目はなお力強かった。

「一緒に帰りましょう? 副隊長……」

 ぎこちなく微笑むミリサ。

 かわいらしいミリサ。

 今までの十五年間は最悪の人生だったもしれない。しかし、ミリサと過ごした短い日々は、たしかに充実していたように思えた。

 たくさん笑い、たくさんの言葉を交わし、誰かと一緒に食事をとる楽しさを思いだし、誰かを助けたいと思える心を取り戻した。アクトスにとっては、とうの昔に忘れ去ろうとしたものであり、捨て去ったと思っていたものでもあった。


 だが、それは確かにあったのだ。近くに。こんなに傍に。


 そんなミリサの言葉はアクトスの心に確かに届いた。だからこそ、アクトスはガスドックの提案をあのまま受け入れずに済んだのだ。そんな少女が苦しみながら願っている。自身と戦いたくないと。

 なら、それを聞かない理由はないだろう。そして、それが人として当然のことのように思えた。自分の存在意義を見つけ出すためだけに国を乗っ取るだなんて馬鹿げている。そう思えるほどには。


 めまぐるしく移り変わる自身の心に、アクトスは戸惑っていたが、きっと今出そうとしている答えには後悔はない。


 そう思ったその刹那――目の前のミリサの腕に、唐突にナイフが生える。

「ああああああぁぁぁぁぁぁぁっ―――!」

 響き渡る悲鳴。その悲鳴に呼応して、床や壁が震えているかのように共鳴する。

 咄嗟にアクトスは振り返った。そのナイフは自身の後ろから投げられたものだったからだ。だが、後ろに人はいなかったはずだ。アクトスが背中を預けていた仲間のほかには、誰一人。


 アクトスの視界には、やはりララしかうつっていなかった。ララはいつもと同じような清純さを感じさせる笑みを浮かべており、その笑みはまったくの曇りがない。だからだろう。アクトスが他にナイフを投げた人物を無意識に探してしまっていた。

 だが、そんなアクトスを尻目に、ララはそのまま颯爽と振り向いたアクトスの横を通り過ぎる。そして、そのままガスドックとミリサのところまで歩いていくと、なんの躊躇もなくミリサの腕に刺さったナイフを脚で踏みつけた。

 再び、悲鳴が響き渡る。


「せっかくアクトス様が味方になってくれるところだったのに。余計なこと言わないでいてくれるとたすかるんですけどね、ミリサさん」

 そう言い捨てるララに、ガスドックが当然のように言葉をはさむ。

「おい、ララ。だれも傷つけねぇんじゃなかったのか!?」

「仕方ないじゃないですか。アクトス様と私達との神聖な結びつきを邪魔してくれたんですから。これくらいは当然です」

「約束が違うだろうが! 無駄な血を流す必要なんてないだろう!」

「無駄なんかじゃありません。必要なんですよ。身の程をわきまえない、下品な女には、流されるべく流される、そんな血でしかない」

「狂ってんな、お前さんは」

「生まれた時から、私は私です」

 そんな会話を交わすララとガスドック。二人を見つめながら、アクトスは茫然としていた。

「なんで……」

「アクトス様。申し訳ありません。私、どうしてもアクトス様に私達の仲間になっていただきたくて。それで咄嗟に……。不愉快でしたよね、私だってそうでしたからわかります。こんな、醜い悲鳴をお耳に入れてしまって、本当に申し訳なく思ってるんです。でも、アクトス様ならきっとわかってくださりますよね? だって、アクトス様も私も、この神器の封印を解くことでしか救われないんですから。だから、だからアクトス様…………この方を殺されたくなければ協力していただけますか?」

「ララ……」

「ね? アクトス様」

 ララは変わらぬ笑顔を携えていた。そんなララを見ながら、アクトスは力なくうなづくことしかできなかった。


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