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「準備はできましたか!? アクトス様!」
「ああ、もうすぐだ! ……ここをこうしてっと」
「ハイト隊長がおよびです! お急ぎください!」
「ああ!」
アクトスは部屋の外で叫ぶララに相槌を打ちながら、目の前の作業に集中していた。昨晩、ミリサがさらわれてからずっとこの作業をしていたのだが、その苦労もようやく報われる。
「よし。これで完成だ」
その呟きが終わるや否や、ララが待ちきれずアクトスの部屋のドアから顔をのぞかせた。
「アクトス様! もういけますか?」
「すぐに行く」
そう言って、アクトスは目の前にある剣をとり駆け足で城下へと向かった。王国二番隊と三番隊、六番隊によって編成された混合部隊の集合場所へ。
◆
「私は、二番隊隊長、ハイト・デルフィーノである! 今回の任務で指揮を行うこととなった。今回の任務は蛇の盗賊団の討伐と二番隊隊員であるミリサ・ヤーナの救出だ! 前回の討伐ではこちらも手傷を負い殲滅することができなかったが、このたびは三番隊、六番隊の諸君にも応援を要請し現在のような運びとなった。これは、我が王国防衛隊の威信に関わる重要な任務である。必ず成功させるぞ、いいか!」
「はっ!」
総勢百人を超える王国防衛隊の面々は敬礼を崩さず一斉に返事をした。その声量は大きく、かすかに地面を震わせた。
「作戦は各隊の長から聞いている通りだ。では、出発する。行け」
ハイトの号令によって、整列をしていた三番隊である歩兵、続いて六番隊、そして騎馬隊である二番隊が続いた。六番隊は救護専門のため、乗馬できるもの以外は荷馬車の一角に乗り込んでいる。ハイトは、一番後方から、出発する光景を眺めていた。
そして、アクトスも副隊長としてその横についている。
「なぁ、おっさん」
「なんだ? 今は重要な任務中だからな。くだらないことなら聞かん」
普段とは違い、いつもよりも重苦しい雰囲気をもつハイトにアクトスは一瞬気圧される。が、すぐに気を取り直すと、こちらもいつもより真剣な表情で口を開いた。
「悪かった」
その言葉にハイトはあえて応えない。
「ミリサがさらわれたのは俺のせいだ。俺がもっと強ければ、きっと……」
そういって歯噛みするアクトス。そんなアクトスを一瞥すると、ハイトは小さくため息をついてあきれたように話し始めた。
「何いってんだ、アクトス。さらわれたのはミリサの失態だ。護衛の役割をもつ側付きが、護衛対象を危険にさらさせてどうする。お前はなんら悪くない。地位とか役職ってのはそういうもんだ」
「でもっ――」
「それともあれか? お前が悪かったとでも言えばいいのか? まあ、そうしたらお前は楽なんだろうが……『どうせ俺が』っていつもみたいに逃げることができるからな」
ハイトのどこか冷たい言葉に、アクトスは二の句が継げない。指摘されたことを否定したいにも関わらず、それはかなわない。逃げたつもりなどないのに、言葉がつかえて出てこない。
「どうせ俺のせいでミリサはさらわれた。でも、どうせ俺なんかの力じゃミリサを取り返せない。どうせ俺は恩恵にしか価値のない人間だから、きっとだれかがどうにかしてくれるだろうってな」
「そんなことっ!」
「ないと心から言えるか? …………そんな腑抜けた思考を俺は許すつもりなどない。お前は副隊長だ。守られる立場であって当然だ。だがな……、それ以上に、お前はこの隊の二番手として、副官として隊員の命を背負ってるんだ。お前の行動が、言動が、なすことすべてが隊員の命を左右する。いい加減、それを理解するんだな、アクトス」
そして、ハイトはアクトスから視線をそらし前を見る。その横顔は何かを背負った大人の顔だった。
「他の者には言っていないことだが――」
そして少しだけ間を開けてハイトがおもむろに語りだす。
「蛇の盗賊団……。これだけじゃ俺にはわからなかったが、この前ミリサがさらわれたとき、ナイフが突き刺さっていたな?」
「あ、ああ」
「あのナイフだが、見覚えがある」
表情を変えずに淡々と話すハイトとは裏腹に、アクトスはその言葉を聞いて目を見開いた。
「どういうことだ?」
「あれは、俺がかつての部下に渡したナイフだ」
「かつての部下……」
「ああ。お前が副隊長になる前に退役した……ガスドックという男だ。ナイフや剣の使い方が巧みでな。その腕前から敵からは蛇のような男だと言われていた。本人はとても嫌がってはいたがな」
「蛇のガスドックか」
そして再びアクトスへ顔を向けたハイトが宣言するかのように重い口を開く。
「もしガスドックが相手となると一筋縄ではいかん。だからな……だからこそ俺はお前にこう言おう。二番隊副隊長アクトス。お前の働きを俺は期待している」
そういってハイトはアクトスからそっと離れて行った。対するアクトスは、閉口しながらそのまま馬を歩かせる。そしてぼんやりと空を見上げた。前回の任務と同じような青空。そんな空が、どうしようもなく美しい空が……今のアクトスには、現実と乖離した不自然な塗り絵にしか見えなかった。
◆
そして夜。
ここは前回の盗賊討伐任務の際に訪れた湖のほとりである。前回は盗賊に襲われた経緯があるため、今回は湖からすこし距離をとり、囲まれないような位置取りをして野営場所を確保した。本来であれば日没からだいぶ余裕をもって進むはずだったのが、今回はこの大所帯だ。その分時間がかかってしまい、空はすでにオレンジ色に染まっていた。
そして、今日も会議は行われる。いつもとは違い、六番隊を指揮する副隊長と三番隊を指揮する隊長も加わった形だった。
「何? それは本当か、ノルバス殿」
張りつめた空気のなか、鋭いハイトの声が響く。その声にこたえたのは三番隊隊長であるノルバスだった。筋肉で固められたその体には屈強と言う言葉がよく似合う。
「そのようだ。私の部下が近くの村人から聞いたのだが……この湖の奥に小高い丘というか小さな山があるそうでな。そこで武器を持った見慣れぬ男達を見たということだ」
「それが本当なら、蛇の盗賊団である可能性が高いですね」
相槌を打ったのは六番隊副隊長のコニールだ。全身を白いローブで包んだコニールは、体も声も細い。
「確かな情報とはいえんが重要な手がかりだな。明日、先遣隊をたてそのうえで作戦を練ったほうがいいだろう。その情報が確認が取れ次第……早ければ突撃は明後日か」
ハイトの方針に思わず立ち上がりかけるアクトス。が、声はでず、すぐに席へともどる。
「どうした、アクトス? なにか意見でも?」
「いや……ありません」
ハイトはそんなアクトスをみて一瞬眉をひそめるも、すぐに他の面々へと視線を向けて話し始める。
「そうか。では、ノルバス殿、コニール殿。先遣隊の人員の選出についてなんだが――」
三人はそうやって作戦を詰めていく。アクトスは、そんな中、両手を力強く握りしめ、一点を見つめていた。
◆
会議が終わって深夜。夕食も終わり、皆が寝静まった頃、アクトスはいつものように月明かりの下で剣を振るっていた。汗だくになりながら無造作に。
頬を撫でる風は冷たい。しかし、アクトスの熱は一向にして覚める気配はなかった。
その剣筋は型などなぞってはおらず、鬱憤をぶつけるかのように荒々しかった。
「くそっ!」
思わず地面に剣を突き立て悪態をつく。よぎるのはミリサの顔だった。
そのミリサが盗賊によって汚される。そんなイメージが延々とアクトスの脳裏によぎっては消えて行った。そのイメージが消え去るとき、必ずミリサは泣いていた。
「明後日だと!? 遅すぎる! そんな猶予があったら普通は逃げるだろ! 目撃情報があるってことは、あっちだって俺達のことに気づいてる。だから姿も現したんだろうが! なんでそんなこともわかんねぇんだ、あいつらは!」
不満だった。
ハイトの作戦はたしかに堅実で確実な作戦だろう。しかし、ミリサの安全を考えたものではない。部下を守る指揮官としては正しいが、アクトスは納得がいかなかったのだ。
だが、他部隊との合同会議では無茶な意見もだせはしない。アクトスは耐えるしかなかった。
そして、その不満を剣にぶつけていた。一向に晴れる様子のない胸のざわつきに、アクトスはいてもたってもいられなかった。
そんなとき、ふいに背後に気配を感じた。慌てて振り向くと、そこにはララが立っていた。
「アクトス様……」
「ああ」
名前を呼ばれ、アクトスは思わず顔をそむけ適当な相槌を打つ。今の八つ当たりが見られていたかと思うと、どこか恥ずかしかったのだ。
「アクトス様。作戦聞きました……」
「そうか」
最早、完全にララに対して背を向けたアクトス。そんなアクトスを見て、ララはおもわず顔をしかめる。
「何……してるんですか?」
それにはアクトスは答えない。何と答えていいかわからなかったからだ。そして、ララがどんな答えを待っているかも、今のアクトスには何もわからなかった。
「こうしてる間にも、ミリサさんは危険にさらされてるんですよ!? それでいいんですか?」
だが、突然荒らげられてたララの叫びに、アクトスは思わず振り返り睨みつける。そして自然と湧き出る言葉を、自身の口から吐き出していた。
「言い訳ねぇだろ! わかってんだよ、そんなこと! 盗賊に連れ去られた女がどうなるかだなんて、そんなの一つしかないっ! わかってるけど……どうしようもねぇ」
「どうしようもなくなんかありません! アクトス様なら、アクトス様ならできます! できるはずです!」
「うるさいっ! 俺一人じゃなんもできねぇんだよ! 何も知らねぇで余計なことを――」
そんなアクトスに、ララはそっと近づき胸元へと飛び込んだ。そしてアクトスを強く抱きしめる。
「な――」
「私も一緒に行きます!」
ララの顔は泣きそうなほど歪んでいる。
「私も一緒に行きますから、一緒にミリサさんを助けに行きましょう!? 私はミリサさんのことをそれほど知りませんが、アクトス様にとっては大事な人なんでしょう!? 見ていたらわかります! なら助けに行かなくては!」
胸元から見上げる瞳。出会ったときと同じように、震える身体。そして、ゆれる髪。透き通った瞳に見つめられてアクトスは、どくんと心臓が跳ねる。
「……そんなこと、できるわけがない」
「できます! じゃないと、ミリサさんが――っ」
ここにはいないミリサの事を想いララは俯いた。アクトスも、同じようにミリサの笑顔を思い浮かべている。
自然と湧き出た想いは、あの笑顔を壊したくはないという想いだった。
今、ミリサを助けられるのは、自分達しかいないのだという想いだった。
そして、何より、自分がミリサを助けたいという、傲慢で勝手な、そんな想いだった。
それを自覚し、その想いを押さえつけていたからこその苛立ちだったのだと気づいて、小さく笑う。
「ありがとな」
「え?」
その言葉には、ララへの感謝と自嘲が含まれていた。
「行こう……夜のうちに、盗賊の根城を見つけ出す」
そう宣言するアクトスの顔は最早先ほどまでとは異なっていた。前を見つめ、どこか光を宿している。
「はい!」
そうやって雄々しく歩くアクトスの後ろを、ララは嬉しそうについて行った。




