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神器使いと瞬撃の女騎士―王国防衛隊編―  作者: 卯月 みつび
第三章 模擬戦と治癒術師
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 アクトスは表情が硬かった。これから二番隊の訓練が始まるのは確かに気がすすまないのだろうが、それにしても今のアクトスの表情は普段よりも悪い。

 そして、その原因となったのが、ハイトとのやりとりだった。


『なら、アクトス。ララをお前専属の治癒術師としようじゃないか。それなら、今回秘密が漏れたのも問題がない。よし、それがいい! そうしよう!』


 結局、ハイトの過失ではあったのだが、王の勅令を無視した扱いとなるララに対する面倒な後処理よりも、ララがアクトスの専属となったと王なり宰相なりに伝えにいくだけのほうが楽だったのだ。半ば、アクトスにララを押し付けるようにしてハイトは早々に訓練場を後にした。

 その言葉を聞いてララが感激したのは言うまでもない。ミリサはなぜだかむくれていたが。


 そうした経緯を経て今である。アクトスの両脇にはララとミリサがおり、まさに両手に花といった状態で、二番隊の面々を訓練場で待っていた。

「本当に嬉しいです! まさか、アクトス様専属の治癒術師になれるなんて! これで、任務があってもご一緒できますね、アクトス様!」

「ああ、そうだな」

「六番隊は、いっつもどこかに派遣だとか怪我人の治療などで色々なところを飛び回ってるんですが、アクトス様専属ともなれば、きっとアクトス様がここにいる限り王都にいることができます。こんな素敵なことがあっていいのでしょうか。夢みたいです」

「ああ、そうだな」

「あ! そういえばアクトス様は好きな食べ物とかはありますか!? もしよろしければ非番の時にでもお弁当などを作って差し上げたいと思っているのですが! 何かご希望はありますか?」

「ああ、そうだな」

 おざなりなアクトスの返事に対して、嬉しそうに話しかけるララ。先ほどからずっとこの調子であり、ミリサはおもわず溜息をもらしていた。

「なんで、こんな副隊長がいいんだか」

 そんな独り言をポツリとつぶやいたその時、アクトスをはさんで反対側にいたララがミリサを鋭い目線で見つめ始めた。

「今なんと……?」

 さきほどまでの細く高い声などではなくどこか低く重い声。圧倒的な圧力を感じたミリサは、慌てて弁明を始めた。

「え? いや、なんというか。副隊長ってぐーたらなイメージがあるじゃないですか? だから、なんでララさんは副隊長が好きなのかなって――」

「なんでって、ミリサさんは副隊長の素晴らしさをおわかりでない? 側付きなのに?」

「あ、うん、ごめんなさいっ」

 ララの視線はまさにそれだけで誰かを殺しそうなほどだった。その視線の恐怖から逃れるために、ミリサは慌てて目をそらして謝っていた。同時に悟る。目の前の女の子はちょっとやばい、と。


 対するララはミリサの言葉を聞いて俯いた。その背後からほとばしるのは黒いオーラだ。決して見えるはずのないオーラが徐々に小さくなってところで、ようやくララは顔を上げてミリサに視線を向けた。

「簡単なことです。一緒だって言ってくれましたから」

 ララは一言そう言うと、にこりと微笑みアクトスを見つめる。その答えに、ミリサは首を傾げたが、その疑問にララが答えることはない。

「それに、今日の戦いは胸を打ちました。あの時よりもずっと、アクトス様は強くなったのですね。普段はそれを鼻にもかけず、むしろ戦えないようにさえ装っていらっしゃる。こんな謙虚な方はいらっしゃいません。このような素晴らしい方の専属になれるだなんて、私はとても幸せです」

 そういって微笑むララはとてもかわいらしかった。


 ◆


 コンコンコン。


 軽快な、そしてどこか奥ゆかしささえ感じさせる音。ドアを叩く音からも叩いた本人の心情が色濃く伝わってくるような、そんな音。そんなドアのたたき方をする少女。ララ・ヴィンゲルダーはアクトスの部屋の前にいた。

 

 昨日、アクトスと約束した(したとララが思っている)非番の日にお弁当を作るということを、さっそく実践していたのだ。

 ララの手には、大きなお弁当と思われる包みが抱えられている。


 そんな神業的なドアの叩き方を聞く側。つまりは、アクトスのことだが、その音はまったく耳に入っていない。その音に全く反応ができていないのには理由がある。それもそのはず、まだ太陽さえのぼりきっていない未明だったため、アクトスはしっかり熟睡していたのだ。

 

 だが、このララという少女はそんなことではへこたれない。聞こえなかったのかな? と思いつつ、ひたすらにドアのたたいていく。


 コンコンコンコン。コンコンコン。コココンコンコン、コココンコン。 


 それでもアクトスは起きない。

「おかしいですね。もう外も明るいのに」

 正しくは明るくなってきたところだ。しかし、それを指摘する人間はここには誰もいない。扉の前に、ララは一人きりだった。


 コンコンコンコン。コンコンコン。

 コココンコンコン、コココンコン。コンコンコンコン。コンコンコン。コココンコンコン、コココンコン。コンコンコンコン。コンコンコン。コココンコンコン、コココンコン。コンコンコンコン。コンコンコン。コココンコンコン、コココンコン。コンコンコンコン。コンコンコン。コココンコンコン、コココンコン。コンコンコンコン。コンコンコン。コココンコンコン、コココンコン。

 コンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコン。


「だあぁぁぁ! うるせぇな! 誰だ、こんな朝っぱらから!」

「アクトス様っ!」

 延々と続くコンコン地獄に、いい加減アクトスも目を覚ました。そして、その不快なコンコン地獄を止めようとドアを開けると、そこには満面の笑みを浮かべたララが立っていたのだ。

「あ? なんだよ、こんな早くに」

「あの、昨日お約束したお弁当です! 早起きして作っちゃいました」

 言葉の最後に音符マークがつきそうなほどうきうきとした声色のララ。そんなララを目の前にして、アクトスは頭を抱えて項垂れる。

「こんな早くにかよ……朝早すぎて、食べ物なんか食えねぇだろ」

「そうですか? 気持ちいですよ! 朝は空気が澄んでいますから。さっ、城の外の湖のほとりで一緒に食べませんか?」

 ララはじっとアクトスを見つめていた。当然断られることなどないだろうと確信していたのか、返事を待ちながら小さく跳ねている。余程楽しみなのだろう。

 アクトスも、そんなララをみて大きくため息をつくと。

「はぁ……しょうがねぇな」

 そうつぶやきながら苦笑いを浮かべていた。

「とりあえず支度してくっから待ってろ」

「はい!」

 

 そういって二人は湖へと出かける。そして、甘い時を過ごした。


 ……と、そうなればよかったのだがそうはいかない。アクトスと同じ部屋に住んでいる同居人。ミリサが、部屋の奥から出てきたのだ。

「あれ? 副隊長、出かけるんですか? あ、ララさん。おはようございます。え? ララさんとお弁当? すごいですね、こんな早くから」

 寝ぼけ眼で現れたミリサの姿はいつも通りだ。ラフなワンピースをざっくりと着こなしている。同居しているのだから当然のことだが、寝起き同士の二人が当然のように言葉を交わし、それが全く違和感がない。

 そんあ二人のやり取りを見ていたララの顔色は、蒼白を通り越して土色だ。土色をしたララはぎぎぎ、とぎこちない音を立てながら必死で笑顔を浮かべている。

「え……えと、アクトス様? これはどういう……」

「あ? 話してなかったか。俺、こいつと一緒の部屋なんだ」

 アクトスがそう告げると、ララは有無を言わさず卒倒した。


 ◆


 二人は慌てて倒れたララを部屋の中へ運び、そして介抱する。程なくしてララは目を覚ましたが、そのララの表情は一言でいえば恐ろしかった。まるで仮面のような笑顔を貼り付け、それでいて歴戦の戦士のような圧力を二人に向けてはなってくる。

「で、どういうことなんですか?」

 だからだろう。たわいもないそんな質問に、アクトスもミリサもなぜだか間違ってはいけない、と強い想いを抱いていた。

「別にどうもこうもない。じーさん――あのどうしようもない王のことだが、あいつが言いだしたんだ」 

「そうですよ。私も副隊長の側付きとして護衛の任もあるので、こうして同じ部屋にいるだけです。まあ、少しは世話的なこともしてますけど」

 あたりさわりのない返答。だが、ララにはミリサのその言葉がただの自慢にしか聞こえない。

「世話って……たとえばどういうことですか?」

「たとえば? ……そういわれると困りますけど、ふつうに掃除とか洗濯とか食事とか?」

「洗濯――っ!?」

 その言葉に、ララは座っていた椅子から突然立ち上がり顔を真っ赤にしながらミリサへと迫る。

「そそそそそ、それって、洗濯って、服とか洗う洗濯のことですか!?」

「ま、まあ、そうですけど」

「じゃ、じゃじゃじゃ、じゃあ、その洗濯物のなかに、アクトス様の……その……下着とかだって……あるんですよね?」

「普通にありますけど」

「それってなんてうらやま――いやいやいや! 不潔です! ミリサさんはまだ未婚の女性。うら若き乙女が男性の下着の洗濯など、いけません!」

「え? あ? そうなの?」

「そうですとも! それを不自然と思わないだなんて……まさか、ミリサさん、お世話って夜伽まで――」

 ララのそんな言葉に思わずアクトスもミリサも赤面し、立ち上がる。

「そ、夜伽だなんて、そんな! あるわけないじゃないですか!」

「馬鹿なこといってんじゃねぇ! なんで俺がこんな馬鹿女と!」

 同時に話し出した二人をみて、思わずララも声を上げた。

「息ぴったりじゃないですか! やっぱり二人は……」

「んなわけねぇだろ! こんな色気のない女。こっちから願い下げだ」

「あ! 言いましたね、副隊長! こっちだって馬鹿女とか色気のない女だとか失礼なことを言うデリカシーのない副隊長なんてありえません!」

「いいんです! 二人がそんな関係でも私はアクトス様をお慕いしておりますから!」

 怒りの声を上げるミリサと、なぜだか瞳を潤ませているララに挟まれるというわけのわからないこの状況。朝も早くからなぜ自分がこんな事態に陥らなければならないのかとイライラが募るアクトスは、思わず叫ぶ。

「だから違うって言ってんだろうがぁ!」

 その叫びは、あたり一帯に木霊した。


 その後、生活態度の確認などと言って、ララはアクトス達の部屋を見回った。途中、アクトスの部屋やアクトスの服やアクトスの洗濯物をみながら、ララが顔を赤らめていたのは余談である。

 

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