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「あ、あああ、あぅ」
ハイトは少女の腕を掴んだまま睨みつけている。そして反対の手で腰に差している剣に手をかけた。
「今、この場所は立ち入り禁止だと入り口に書いてあったはずだが」
「え、あ、その」
「そして、この立ち入り禁止の張り紙は王の勅令と同様の意味を持つ。それを破ったということは、覚悟ができているのか」
その言葉を聞いて、少女はもちろん、ハイトの後ろで聞いていたアクトスやミリサも青ざめた。
そもそもなぜそこまでして、この場を立ち入り禁止にしたかったのか。それは、王や宰相がアクトスの存在や力をできるだけ隠蔽しておきたかったからに他ならない。
恩恵の力のみならず、通常の戦闘能力も隠すことで、よりアクトスの強さは神聖視される。そのことを狙い、危険を遠ざけようとしたのだ。だからこそ、ハイトはアクトスと模擬戦をやるときは王の勅令ハンコ入りの立ち入り禁止張り紙を使用していた。その張り紙を無視して中を見ることは、ハイトの言うとおり王に背いたということと同義だ。
「そ、そん、な――。私、そんなつもりじゃ――」
「まあいい。言い訳無用。あとは牢獄の中で話を聞こう」
「ろうご……」
少女を見ると、すでに目は涙であふれているし、両足はハイトの剣幕のせいか震えて立っているのもやっとだ。肩まで伸びたこげ茶色の髪の毛も、遠目からみてもわかるくらい震えている。その様子を見ていたミリサは、思わず口を挟んでいた。
「ちょっと待ってください!」
「ん?」
「もう少し、事情を聴いてからでもいいのではないでしょうか?」
「事情だと?」
「は。その少女の名前もわからず意図もわからず牢獄に入れるのは些かやりすぎだと思うのです」
ミリサの言葉に、ハイトは少しだけ考え込むと、剣から手を離し少女を見据える。
「だ、そうだ。お前の名は?」
「わ、私の名前はララ……。ララ・ヴィンゲルダーです」
少女が名乗った矢先、アクトスは顔をしかめながら一歩前に出た。そして、少女の顔を食い入るように見ると、ぽそりとつぶやく。
「ララ……。もしかして、あの、ララか?」
「え……」
アクトス言葉に、今まで塞いでいた少女の眼が見開かれた。そして、じっと見つめ合う。互いに何かを確かめるかのように。
「おい、アクトス。お前、こいつを知ってるのか?」
「いや。そんなはずはないよな。きっと俺の気のせ――」
そう言ってアクトスは顔をそむけようとしたその瞬間。
「気のせいなんかじゃありません!」
ララの声が訓練場へと響き割った。
「アクトス様! 私です! ララです! 幼少のころ、あなたに命を救っていただいたあのララです!」
そういって、ララは涙を流しながらアクトスを抱きしめた。
◆
しばらく泣きながらアクトスを抱きしめていたララ。突然の出来事に、ハイトもミリサも茫然としながらも、なんとかララを落ち着かせようと必死でなだめた。
その甲斐あってか、ようやくアクトスから離れ落ち着いてきたララを見据えながら、ハイトは顎に手を当てて唸っていた。
「みたところ……我が王国防衛隊の所属のようだが」
ハイトが言うとおり、ララは王国防衛隊の制服を着ている。その制服はこなれた感じはなく、まだ新品といった体だ。なぜだかララの制服の袖は余っており、手がすべて出切っていない。なぜ大き目のものを着ているのだろう、とハイトが胸元を見たところ合点がいった。見るからにわかる豊満な胸のせいだろう。思わずハイトと、ララを後ろから見ていたアクトスはミリサの胸元と比べてしまう。
「な、なんで見比べるんですか!?」
訝しげに二人を見ていたミリサだったが、二人の目線からすぐにその意味を知る。
「なんて失礼な! 私だって、それなりにあります!」
そういって真っ赤になって怒ると、ミリサは胸元を隠すようにそっぽを向いた。
「それで。なぜ、六番隊であるお前が、アクトスと知り合いなんだ?」
「六番隊?」
ミリサはハイトの聞きなれない言葉に首を傾げる。
「ああ。腰に差してあるのが剣じゃなく杖だ。なら、治癒や救護を専門とする六番隊に所属しているだろうと推測はつく。その杖じゃ、前線は戦えない」
「つまりはララさんって」
「治癒術師だ」
「は、はい」
ハイトはそう断定し、そしてララはぎこちなく肯定した。
「で。その治癒術師がこんなところに何の用だ? アクトスに何か用があったのか?」
ハイトの問いかけにララは唇をかみしめて顔をそむけた。顔は真っ赤に染まっており、もじもじする仕草などはどこか小動物のようだった。
「あの、あの……」
「早く言え」
ハイトが凄むと、それを恐れたのかララは俯いた。が、すぐさま意を決したように顔を上げる。力強さを瞳に宿して。
「ずっとアクトス様に会いたかったんです」
「アクトスに?」
「はい。そのために防衛隊に入りましたし、やっとお見かけしたと思ったら、いてもたってもいられず。それで……」
そこまで言うと、ララは再び俯いてしまった。だが、ちらりちらりとアクトスのほうを見るその仕草は続いている。
「慌てて訓練場に来たんですけど、張り紙は見えなかったんです……」
アクトスはそこで初めて、入り口に張ってある張り紙を見に行った。すると、その張り紙はドアの一番上のあたりに張っており、小さいララではずいぶん見上げなければ見ることはできない。
そもそもあんな位置では、自分でさえ見落としてしまうかもしれない。あまり、ララに過失がないと理解してしまったアクトスは、じっとりとした視線をハイトに向けた。
「おい、おっさん」
「なんだ」
アクトスは親指を立てて張り紙を指さした。
最初はその意図がわからなかったハイトも、アクトスの目線で言いたいことが伝わったのだろう。だんだんと、気まずそうな表情を浮かべて頭をかいている。
「見えないか?」
「ああ。見えねぇよ」
ハイトは大きくため息をつくと、両手を広げ肩をすくめた。
「悪かった。ララ・ヴィンゲルダー。今回のことは不問としよう。そして、先ほどの無礼、申し訳なかった」
ハイトの突然の謝罪に、ララは飛び上がらんばかりに驚いていた。
「い、いえ! そんなめっそうもありません。こちらこそ、見落としてしまい申し訳ありませんでした」
「次からは互いに気を付けることにしよう」
「はい」
二人のやり取りを見ながら、アクトスもほっと息と吐く。そして、思いがけず、幼少のころに出会った少女に再開した驚きを、今更ながらララへとぶつけた。
「それにしても、驚いたな。あんなに小っちゃかったのに、同い年だったんだな。元気だったか?」
「はい。アクトス様に救っていただいたこの命。こうして生きながらえながら再びお会いできたことを嬉しく思います。でも、小っちゃかったって言いますが、アクトス様も、それほど私と変わらなかったと思いますよ?」
「そうだったか?」
そんな穏やかなやり取り。そのやり取りの最中、ララはアクトスの体についた傷に目をやった。
それは、単なるかすり傷。湯を浴びたら少しだけしみるような、それだけの傷。そんな取るに足らない傷をみたミリサは、途端に泣きそうな顔になりアクトスへと近づいた。
「な、なんだ!?」
「じっとしていてくださいませ」
ララはそう言いながら、腰に差してある杖を取り出した。そして、その杖をアクトスへと掲げると何やら目を閉じて集中し始めた。
すると、杖の先端がぼんやりと光を帯び、その光はアクトスの傷を照らす。
『治癒術』
その言葉とともに杖はさらに光を発し、光に照らされたアクトスの疲れや小さな擦り傷を癒していく。
「これは……」
「すごい」
アクトスは自分の手を見つめながら目を見開いている。横にいるミリサも、思わず声を漏らしていた。
「少しは楽になりましたでしょうか?」
「あ、ああ」
「こうして、アクトス様の傷を癒させていただき本当にうれしく思います」
ニコリと微笑むララの顔はまさに傷を癒す天使だった。アクトスは、どこか神秘的なララを、しばらく見つめていた。




