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神器使いと瞬撃の女騎士―王国防衛隊編―  作者: 卯月 みつび
第三章 模擬戦と治癒術師
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10

 訓練場の片隅。

 柔軟体操をするアクトスと、そこから離れたところにミリサとハイトがたたずんでいた。ミリサは、その美しい茶色い髪の毛を後ろで一つに結びながら、ゆっくりと深呼吸をしている。集中しているのだろう。その瞳はじっと一点を見つめている。

 そんな中、二人はアクトスの様子をうかがいながら言葉をかわした。

「ほんとにやるのか?」

「はい!副隊長の剣筋なら、すぐに盗賊相手なら通用しますよ」

 ミリサの言葉を聞いたハイトが、思わず苦笑いを浮かべた。

「そりゃ……な」

 そんなハイトの受け答えを聞いて、ミリサは少しばかり驚きの表情を浮かべた。

「え? 知ってるんですか? 副隊長の剣技」

「一応俺は二番隊の隊長だからな。部下の実力を知らんでどうする」

 ミリサは納得がいったように手を打つと、途端に笑顔になった。

「そうですよね! きっと副隊長ならすぐに皆に通用しますよね!」

 そんな言葉を残してミリサはアクトスの元へとかけていった。残されたハイトは首を傾げながら腕を組んでいる。

「そういうことじゃないんだがな……」

 そんなハイトの様子には気づかずに、アクトスもミリサも模擬戦の準備をしていた。

「俺といい勝負ができる奴なんて、二番隊にアクトスくらいしかいないんだぞ?」

 その言葉は訓練場の風にかき消され、誰にも聞こえずに消えていく。ハイトの視線の先には、模擬剣を持ち、相対するアクトスとミリサがうつっていた。


 ◆


 今から十年程前。つまりは、アクトスが五歳の頃。エルメサット王国のある半島に、一人の少年が住んでいた。

 その半島は王都の面積の十倍ほどもあり、いくつかの村が存在していた。当然、そこに住む住人もいた。だが、ある日、とてつもない光と地響きが起こり、すべての存在は消え去ったのだ。一人の少年を残して。


 その生き残った少年がアクトスであり、半島の存在すべてを消し去ったのもアクトスであった。エルメサット王国は、その力を恐れたが、殺すには惜しいと判断したのだろう。アクトスを国で保護することを決める。その頃から王都を警備する二番隊の隊長であったハイトが身柄を預かることとなったのだ。

 国に保護されてからというもの、アクトスは静かに日々を過ごし、傍目から見たらなんの問題もないように時間は穏やかに流れているように見えた。しかし、実際は違かったのだ。


 アクトスは、目をつぶると何もない荒野が脳裏をかすめ、自分が犯した罪がどれほどのものかを思い知る。それが怖くて眠れない日々などはざらだった。そんなアクトスは、毎日夜中になると寝床を抜け出しどこかに行っていた。毎日だ。

 そんなアクトスを奇妙に思いハイトが後をつけると、そこには無心で剣を振るっているアクトスがいた。

 なぜ剣だったのかはわからない。しかし、剣だけが、アクトスの心を紛らわす唯一の手段だったのだ。訓練場に置いてあった模擬剣をただひたすらに、汗だくで振るっているアクトスの顔はいつも泣きそうなほどくしゃくしゃになっていた。

 力を抑えきれなかった弱い自分を、罪を犯してしまった自分を責め続け、そして強くなろうとがむしゃらだったのかもしれない。

 そして、それは今でも変わらない。今でも剣を振るわずにはいられない。そんなアクトスの剣技が拙いわけがない。それは、数年前までアクトスの訓練に付き合っていたハイトはよく知っていたのだ。


 だが、そのことをミリサは何も知らない。ゆえに、ハイトの「はじめっ!」という声とともに飛び出したアクトスの出足の鋭さに驚いた。まさか。いきなり飛び込んでくるとは思っていなかったのだ。

「な――!?」

 アクトスの突きを、なんとか剣の腹で受ける。その突きは、二番隊での訓練では受けたことのないほどの重さ。思わず後ずさり距離をとる。

「ちっ。さすがに今のじゃきめられねぇか」

 そういいながら、アクトスは剣を正眼に構えながらじり、じりと間合いを詰める。反対に、ミリサは痺れた手に必死で力を込めながら、少しずつ後退していく。

 このまま押されていては不利だと判断したのか、ミリサが上体を下げながら踏み込んだ。横なぎで狙うのはアクトスの足元。実戦経験が乏しい人間は上下の動きに反応できない。そんな定石にならっての行動だったが、アクトスは容易にその攻撃を避ける。

 ミリサの剣に合わせ、ひらりと飛び越えるように剣をかわすと、そのまま踏み込んでミリサへと剣を振り下ろす。慌てて剣を引き戻したミリサがアクトスの剣を受けるが、やはりその剣の重さに吹き飛ばされてしまった。しかも、今度は完全に体勢を崩され尻餅をついてしまう。


 やばい。


 ミリサがそう思った瞬間には、すでにアクトスがミリサ目がけて、剣をおおきく振り下ろしている真っ只中だった。全身の毛が逆立つ。切られるという恐怖。目の前のアクトスから放たれる威圧感に、ミリサは気圧される。

 その時、ミリサは全身を集中させた。体の中の力を、エネルギーを、そのすべてを吐き出すようなイメージで。瞬間――アクトスの視界からミリサが消えた。

「――っ!?」

 声にならない悲鳴。アクトスは、咄嗟の判断でさっきまでミリサがいた方向へと飛び込んだ。その行動は、前回のミリサの攻撃を思い出してのことかただの勘なのかはわからない。

 一瞬でアクトスに迫っていたミリサの剣は真後ろからアクトスへと襲いかかったが、すでにそこにはアクトスはいない。辛うじて、アクトスの脚をかすめた。

 前方に転がるアクトスを見て目を見開いているミリサ。困惑がそこからはみてとれるが、今は模擬戦中である。すかさず間合いを詰めて追撃しようとするも、すでに体制を立て直していたアクトスに、ミリサの剣は容易に弾かれてしまった。

「ま……まだまだぁ!」

 そこからミリサは一心不乱に剣をアクトスに振るった。しかし、先ほどの、アクトスの視界から消えた時のような動きは発揮できず、さらには徐々に息も切れてくる。アクトスはそんなミリサを追い詰めるように立ち回り、最終的には訓練場の端までミリサは追い詰められていた。


 そして、ミリサが最後の力を振り絞ろうとしたその時――。ミリサの剣は、アクトスの剣によって宙を舞っていた。ズドっと地面へ落ちる剣。その剣を茫然と眺めながら、ミリサは一言だけ言葉を発する。

「参りました」

 その言葉を聞いて、アクトスは剣を納め小さく息を吐いた。


 ◆


「驚きました……」

 模擬戦が終わった後、訓練場に置いてあるベンチに座っていたミリサが呟いた。ハイトとアクトスはその周りに立っている。

「何がだ?」

 少しばかり汗ばんだアクトスが、不思議そうにミリサを見つめた。

「何がって……色々ですよ。副隊長、全然強いじゃないですか」

「強くはねぇ。このおっさんには全然勝てねぇし」

 そう呟きながらハイトを見るアクトス。視線を向けられたハイトは、思わず肩をすくめる。

「俺が負けたらどうするんだよ。一応隊長だぞ?」

 そういって微笑むと、ハイトはミリサの頭に手をのせた。

「ミリサも。そんな凹むことはない。こいつは、小さいころからずっと俺が鍛えてんだ。簡単に負けてもらっちゃ困るんだ。こんなんでも、一応副隊長だからな」

「一応ってなんだよ、一応って」

「ははっ! まあそう苛立つな。それにな、ミリサ。こいつはこんな冷静でいるように見えるが、途中かなりあぶなかったからな。なぁ、アクトス?」

「あ、あれは――」

 口ごもるアクトス。その様子をみてハイトはますます笑みを深めた。

「まあ、いい勝負だったんじゃないか? 副隊長と護衛ってだけでなく、二人はいい好敵手になるんじゃないか」

「好敵手……」

 思わぬ言葉を聞いて、ミリサはその言葉を繰り返していた。かみしめるようにそっと。


 そんな時、ハイトは突然表情を戒める。そして、視線を訓練場の出入り口へむけると、弾かれるように走り出した。

 アクトスとミリサは視線をハイトの向かう先へ向けると、何やら人影が窺えた。それを確認し、二人も慌てて走り寄る。

「あ――」

 隠れていた影はあわてて逃げようとするも、すでにハイトが眼前まで迫っていた。影は逃げきれず、簡単にハイトに捕まってしまう。片手を掴まれた影は、ハイトによって強引に訓練場まで引きずられていく。

 そこでようやく、アクトスとミリサの視界にもその影が現れた。その影は、一人の少女だった。

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