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君はどう? / 貴方達の願いは、叶えたよ




「――やっと、終わったわね」


 ウィードに関する資料が炎に包まれる様子を見ていたわたしは、感慨深げに溜息を洩らしたカトレアの手を取り、本当に、と頷いた。


「結局、〝ウィード〟から逃れられたのは二人だけ……」

「いいえ、それは違うわ。『二人も逃れることができた』のよ。それに王が手伝ってくれたから。もちろん、ソラリスもね。……ユラディスタはなくなったわ。これ以上の〝ウィード〟は、生み出されない」

「うん。それだけで頑張った甲斐があるよ。ねえ、カトレア」


 カトレアの隣で燃え盛る炎を見つめる。返事はなくてもきいてくれているのは知っているから、そのまま続けた。


「あの人……わたしが接触した白髪の男。彼も、同じ孤児院の出身なんだよね? わたし達と同じ時期にいたのかな?」

「んー……どうなのかしら? 王が言ったのだから、そうだとは思うの。それに、年齢を考えると面識はあるんじゃない?」

「じゃあ、彼が探しているっていう女の子も、ウィードにいたってこと?」

「仕方ないのよ。だって、わたし達(ウィード)は存在と記憶を消されているもの」


 慰めるように肩に手を回してくれたカトレアの肩に顔を押し当てて、わたしは小さく笑った。


「わたしはカトレアを忘れたことなんてないけどね」

「あら? わたしだって貴女のことを忘れた日なんてないわ――自分のことは何一つ憶えていないのに」


 自嘲するような、けれども安堵しているような、不思議な声音。少しして、カトレアは「でもね」と嬉しそうに笑った。


「自分自身を憶えていないのは辛いけれど。ソラリスのことを憶えていられて、すごく嬉しいの」

「それはわたしの台詞。……やっぱり、仮説は正しかったのかな」

「『ユラディスタの秘術は、強く想う者の心から存在を消すことができない』ってやつかしら?」

「そう。わたしはカトレアのことを憶えていたし、カトレアは私のことを憶えてた。それに、あの男も女の子のことを憶えてた」


 全てを、自分自身すらも忘れた中で光る、記憶の欠片。そこに映っている唯一――カトレア。何もわからない世界で、憶えているたった一つ。

 それが普通ではないと気づいたわたしは必死だった。いつか忘れてしまいそうで、忘れたら二度と思い出せないと思った。だから、忘れないように何度も何度も思い返して。

 カトレアと再会したのは、それから数年後。思わず抱きついてしまったわたしを見たカトレアは、大きく目を見開いた直後に大粒の涙を零した。

 だから、王から任務として孤児院であの男と接触するようにと言われた時、彼もそうなのかと思った。誰も憶えていない誰かを憶えているのか、誰もが否定する世界で、いるかもわからない誰かを探し続けているのか、と。

 任務に出る際、何故か王は男の特徴を教えてはくれなかった。問い質した言葉に返ってきたのは一言、『見たらわかる』。


 そんなわけない、と愚痴を零しながら辿り着いた孤児院に張り込むこと幾数日。訪れたあの男の目をみた瞬間、つらつらと考えていた王への文句が一瞬で吹き飛んだ。

 色が珍しかったわけじゃない。いうなれば、狂気。狂ってはいないけれど、その一歩手前。隠しているのに、隠しきれない残滓。それは、カトレアを探し続けたわたしと同じ。そうして接触した男は、果たして忘れていなかった。

 だけど、女の子の方はそうじゃなかったんだと思う。想いが弱かったわけじゃない。それはおそらく、自分じゃどうしようもないこと……推測でしかないけどね。


「彼が探している子は、薬が効きすぎる体質だったんじゃないかな」

「やっぱりそうなのかしら? わたし達は運がよかったのね」

「うん。わたしもカトレアも、薬の適応は下から数えた方が速いから」


 わたしとカトレアに与えられた役職は〝密偵〟。多くの場所に潜り込んで情報を得る、諜報を担うウィード。そのためには現地に潜り込む必要があるけど、強く洗脳されてしまったウィードは融通が利かないから、ばれてしまう可能性が高い。そのために、薬に適応しにくい者が選ばれる。薬に適応しなければならないウィードの中の適応しにくい者なんて、矛盾してるけど。

 〝密偵〟を担うウィードの中には、わたし達ほどではなくても何かを憶えているようなそぶりをする者がちらほらいた。それ以外では全く聞いたことないから、多分薬の適応度が関係していると勝手に推測してる。

 その時、カトレアが「薬の適応といえば」と呟いた。


「あの子はどうなったのかしら?」

「あの子? ……〝護衛〟?」

「だって王を護るのよ? 生半可な洗脳じゃないと思うの。わたし達が互いのことを憶えていることを知った王も言っていたじゃない? 『この子の前では絶対に名前を呼ばないでくれ』って」


 それに、とわたしから身体を離したカトレアは、何かを考えるように俯いた。


「わたし、何度かあの子と話したことがあるの。もちろん仕事のことだけど……あの子ね、わたしのことを『わたし』と呼ぶの。わたしは『ウィード』よ。ソラリスも『ウィード』。わたし達はそう作られたのだから、あの子も、他の皆も『ウィード』。それはわかっている。だけど、どうしてわたしを『わたし』と呼ぶの? まるで、」


 わたし達を、認識できないみたいじゃない。

 カトレアが闇色の髪を揺らしながら悲しそうに首を振る。その姿を見て、王の姿を思い出した。傍らに控える〝護衛〟を見つめて、いつも悲しそうに笑っていた。そういえば――


「あの子がいたから、なのかもしれない」

「……?」

「王が王になったのは、なろうと思ったのは、あの子を知ったからじゃないかな」


 わたし達が協力者となる時に教えてもらったこと。先王を殺したのはあの子で、それを命令したのは王。

 それだけ聞けば王が私欲のためにしたように思えるけど、そうじゃなかったら? 最初から、今日のことを計画していたとしたら? ううん、きっとそう。


「だから、大丈夫」


 カトレアに抱きついて、安心させるように笑った。


「わたし達は自由になれた。他のウィードも王が何かしら手を回していたし、あの子だけ何もないなんてことはない」

「……そう、よね」

「そうだよ」


 全ての資料が灰となっているのを確認してから、カトレアの手を引いて歩き出す。

 わたし達は、城と潜入した場所以外を知らない。でもそれは、悲しいことじゃないと思う。だって、未知を知ることは幸せなことだ。辛いかもしれない。嫌になるかもしれない。でも、わたしは独りじゃない。

 握り返してくるカトレアの熱を感じながら、晴れ渡る空を見上げた。


「わたしはカトレアと再会したよ。君はどう? ――なんて、いうまでもないよね」


 あんなに必死になって探していた君の働きで、わたし達は解放された。これ以上のウィードは生み出されないし、ウィードも、〝護衛〟だったあの子も、たぶん幸せになる。だって、王が直々に計画したんだから。だからね、


「君が幸せにならなきゃ駄目じゃないか――そうだ」


 いつのまにか横を歩いていたカトレアの腕を引いて、いつかさ、と悪戯っぽく笑った。


「数年後とか十数年後に、マラディスに行こう。それで、」



 あの男が、探していた女の子と幸せに暮らしている姿を。

 〝護衛〟だったウィードが、人として生きている姿を。

 この眼で確かめるんだ。





―――――





「……」


 窓から射す月明かりの中で、手に持っている本を捲った。



『あげるわ。今の貴方にとって、喉から手が出るほど欲しいもの』



 テオに言われて情報を集めていた時に、闇色の髪を持つ美しい女性に手渡されたそれ。誰かの手で綴られた、懺悔の記録。そこに記されている名前を見て、心臓が止まりそうだったのは記憶に新しい。



 ウィード

 茶色の髪と目をもつ、いたって普通の少女

 薬の存在と作用

 消された記憶と記録

 少女が呼んだ名前――テオ



 嗚呼、少女は本当に存在していたんだと。初めて読んだとき、そう思った。でも、これをテオに渡すことはできなかった。五年にわたって書かれたそれは、少女が壊れていく記録だったから。

 はらり、とページをめくり、ゆっくりと文字を追う。後悔しか書かれていない、誰かの日記。

 最後のページまで目を通して、願いは、と呟いた。


「貴方達の願いは、叶えたよ」



 誰でもいい、あいつを助けてくれ

 ユラディスタを壊すための力を、貸してくれないか



 異なる筆跡で書かれた二文。前の文は日記の持ち主で、後ろの文は――


「……本当に、どうしようもない終わりだったけど」


 本の一番後ろに書かれた、兵の順路や時間といった侵入するために必要な情報。城下町と王城の抜け道が全て記されている地図。

 罠を疑って探らせたそれは、本物だった。それどころか、潜入させた影は王と接触して新しい地図持って帰ってきた。

 僕は城全域が描かれている地図に指を這わせて、ある場所で止めた。



 ここで、全てを終わらせたい



 走り書きの文字は、隠された中庭を指していた。


「王様が国を捨てるなよ」


 王にしては澄んだ瞳をしていたな、と思って、だからか、と窓の外に視線を飛ばした。

 彼はきっと、耐えられなかった。数えきれないほどの人間が、自分を護るために壊れていく事実に。

 それは人として当然で、王として最低だった。王なら、清濁の全てを飲み込まなきゃならなかった。どれほど醜悪なことでも、笑いながら受け入れなければならなかった。だってそれは〝王を護る〟ため、そのために生まれた犠牲なのだから。

 だけど、彼は飲み込めなくて、受け入れられなかった。それだけじゃなくて、逆に飲み込まれてしまった。

 王を護るウィードを救うために、ウィードを使って大量の人を殺す。そして最後には、自らの国を潰した。そんな彼は、愚王として歴史に刻まれるだろう。


「彼にとっては、関係ないことだけど」


 彼の行動には矛盾しかなかった。だけど、それをちゃんと理解していた。最期まで、真っ直ぐ前を向いていた。それならそれでいいと思う。

 寄りかかっていた壁から背中を離し、机の上のペンを手に取る。残っていた真っ白なページを開いて、インクを付けたペン先を走らせた。


「――ちゃんと、届けてね」


 書き終えたそれをぱたん、と閉じて。地図と共に躊躇いなく暖炉に放り投げた。ごう、と燃える音。全てが灰になるまで見届けて、再び外を、怖いくらいに大きくて明るい満月を見上げた。


「――『あの子は』」


 綴った文字を声に乗せる。名前も知らない誰かに届きますように、と願いながら。





大陸歴五〇〇年 リーレンスの月 第四週 月の日


あの子はテオと再会しました。

テオは、あの子を忘れたことなんて一度もありませんでしたよ。

ずっと探し続けて、ようやく見つけたんです。

あの子はテオのことを憶えていないみたいですが、彼はそれでもいいと笑っていました。

傍に居られるだけでいいんだ、と。

テオはいい奴です。

きっと、幸せにしてくれますよ。


リズヴェルト



追記

あの子の本当の名前は、フォリンというそうです。





テオドールと接触した彼女は、王からの差し金でした。

次で最終話。短いです。

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