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ノイズを確認致しました、排除します / なあ、帰ろう? / それはまるで、夢で見るあの日の続きのようでした




 今日は、何故か騒がしいのです。わたし達が何度も執務室に訪れています。何が、あったのでしょうか?


「――やっとか」

「主様?」


 椅子に背を預けた主様を見つめると、主様はわたしに手を伸ばしました。


「ねえ、ウィード」

「はい、主様」

「ようやく、私の願いが叶うんだ」


 主様の手がわたしの手を掴みます。それは少しだけ、震えていました。


「長かった。ずっと、この時を待っていたんだ」

「そうなのですか?」

「そうだよ――ウィード、私は」


 掴まれた手に力が入り、主様の額が押し付けられます。主様は少し言い淀み、口を開こうとしました。


「――申し訳ありません、主様」

「……いいよ、どうしたの?」


 ノックの音とともにわたしが入ってきました。主様はその方向を見て、続けて、と仰いました。


「城内に敵兵の侵入を確認しました」

「そう。侵入経路は?」

「清掃を担当するわたし達の出入り口です。敵兵はそのまま、中庭に向かっているようです」

「うん、予定通りだね――じゃあ、最後の仕上げに入ろうか」


 行くよ、と主様は立ち上がります。わたしはその後ろを、ただついていきました。だって、どこに行くとか、何をしに行くとか、そんなことはどうでもいいのですから。

 城内をわたし達が走っています。主様はすれ違うたびに何かを指示してそのまま進み、しばらくして中庭に辿り着きました。

 城内でも奥まった場所にあるそこで、主様は立ち止りました。広いわけでもない此処は、主様が作らせたのだと聞いたことがあります。それはおそらく、このため、なのでしょう。


「――きたよ」


 主様の声に顔を上げ、視線を彷徨わせます。中庭の向こうから姿を現したのは、ノイズでした。


「ノイズを確認致しました、排除します」


 主様の返事を聞く前に、わたしは地面を蹴りました。だって、主様はノイズが来ていることを知りながらここに来たのです。なら、わたしがやるべきことは一つだけ。主様の邪魔をするものは、全て排除するのみ。

 一歩、二歩。一気に近づき、突然の突進に硬直している一瞬の隙をついて、腰の剣を引き抜きました。


「……それなりに強いようですね」


 わたしの出せる最速の攻撃だったのですが、ノイズに防がれてしまいました。でも、体勢を崩せたので良しとします。

 そのまま幾度か切り結び、ある疑問を覚えました。それを確認すべく、ノイズが頭上に掲げた剣を足場に距離をとります。すぐに迎撃できる体制を整えて着地、そして、理解しました。


「やはり、本気ではないのですね」


 ノイズは、わたしが距離をとったところから動いていませんでした。迎撃できる体制とはいえ、隙には違いない状態のわたしに、追撃を仕掛けなかった、ということです。それに、ノイズの剣撃を受けて、最も強かったのは初撃。不意を突いたそれ以外はどこか気が抜けているというか、わざと力を抜いている感じがしました。

 つまり、わたしを侮っていると仰りたいのですよね? では、受けて立ちましょう。

 手を差し出してよくわからないことを言っているノイズに、剣先を向けました。わたしの使命は、主様を護ることですから。


「主様を害するものは、全て排除致します」


 さあ、死んでください。





―――――





 呆然としていた意識は、走り寄るフォリンが引き抜いた剣によって引き戻された。

 咄嗟に自分の剣を引き抜いて相殺する。それでも、突撃の勢いを完全に殺すことは出来なくて、僅かに体勢が崩れた。


「……それなりに強いようですね」


 少し苛立っているような声を発したフォリンは、そのまま剣を振るった。

 でも、遅い。初撃は完全に隙をつかれたが、見てしまえば剣筋を見極めることは容易い。振るわれる刃先を視覚が認識すると同時に身体が動く。そこにタイムラグはほとんど存在しない。

 一撃、二撃。剣筋を見極め、受け流す。それが続くと思われた瞬間、フォリンは俺の剣を足場にして距離をとった。けれども、追撃するようなことはしない。そんなものは必要ない。

 軽い音を発てて着地した彼女を見つめて、フォリン、と呟いた。


「やっと、みつけた……なあ、帰ろう?」


 剣を持っているのと逆の手を差し出して笑いかけた。


「今の俺なら、何からだって護ってやれる。孤児院にいたときよりも、ずっといい生活だってできる」


 でも、その返事は否だった。向けられた剣先が光を弾き、フォリンの口が開かれる。


「主様を害するものは、全て排除致します」

「それが、答え? ――そう」


 躊躇いなく振り抜かれた剣を躱して、何気ない動作で切り返す。フォリンは咄嗟に剣で弾いたが、僅かに顔を歪めていた。

 それを無視して、無造作に剣を振るう。特に力を込める必要はない。込めなくても、フォリンには耐え切れないから。

 ただでさえ男と女。元から持つ力自体に差がある上に、俺の力は薬で無理矢理増加させられている。フォリンの技術は高いが、見切ってしまえばどうとでもなる。


「お前が洗脳されていることは知っている。でも、諦める気もない。だから――力ずくで連れて帰る」


 剣同士がぶつかる嫌な音が響く。ぎりぎりで剣を弾いていたフォリンは、はっとしたように身を引いた。それに合わせるように足を踏み出し、一閃。

 剣で防がせる予定のそれは、空を切った。


「……わたしの剣を折る気ですね」


 離れた場所にふわりと着地したフォリンは、自身の剣に指を這わせた。


「ノイズごときが忌々しい……!」

「ノイズ?」

「嗚呼、さっきから本当に煩いですね! ノイズは黙って死ねばいいんですよ!」


 激昂しつつも剣筋に隙はない。それを的確に捌いていた直後、何かを感じて咄嗟に身を引いた。


「っ!」

「これも避けるのですか」


 頬を掠める何か。いつの間にかフォリンの左手に短剣が握られていて、その刃先に血が付いていた。

 俺と少し距離を開けたフォリンは、右手に剣、左手に短剣を構えて憎々しげに顔を歪めた。


「ノイズたった一人にこれを抜くとは思いませんでしたよ。そのうえ、避けられるなんて……でも、」


 終わりです。


「っ、毒か――!」


 ぐにゃりと歪む視界に、思わず顔を手で覆う。目の前にいるフォリンすらもよく見えない。ただ、声だけは鮮明に聞こえた。


「卑怯とは言わせません。わたしはウィード、主様を護る剣。ノイズとは、はじめから同じ土俵に立ってなどいないのですから」


 たん、と地面を蹴る音。振り下ろされた剣を受けるように剣を構えて――腕に熱が走った。


「っ!」

「まだ終わりじゃないですよ!」


 舞うように繰り出される左右の剣。絶えず歪む視界とフェイントだらけの剣技。そして、剣の長さが異なる故に距離感が取れない。

 いつの間にか身体中に赤い線が走っていて、ちりちりと集中を邪魔する熱に顔が歪んだ瞬間、腹に強烈な回し蹴りが入った。

 少し飛ばされたものの、強く地面を踏みしめて倒れることを防ぐ。腹に手をあてると、奥に響くような痛み。でも、それだけじゃない。


「ごほっ……仕込みか」


 蹴られた部分の服がすっぱりと裂けていた。潜入のために軽装で来たことが仇になったかもしれない。でも、それだけだ。強く頭を振り、剣を構える。

 視界が歪む、だからどうした。幻が見えているわけじゃない。距離感がつかめなくとも、そこにいることにかわりはない。なら、可能性のある全てを叩き潰せばいい。


「お前を連れ戻す。そのための手段は選ばない」

「さっきから何を言っているのか、全くわかりません――っ!」


 フォリンが言い終わる前にゆらり、と倒れるように動いて、加速。咄嗟に振るわれたフォリンの剣を大振りな動作で弾くと、それに纏わりついていた血が俺にかかった。でも、気にすることなく足を踏み出して、斜めに切り上げる。

 フォリンはそれを短剣で受け流そうとして――目を見開いた。


「――っ!?」


 悲鳴のような音が聞こえて、高い金属音。それで、フォリンは短剣がはじき飛ばされたことに気付いたようだった。

 はっとして振られた右手の剣を、叩き伏せるように打ち付ける。力任せに振るったそれは、嫌な音を発ててフォリンの剣を砕いた。


「っく、……んで、どうして――!?」


 何かから逃げるように頭を抱えたフォリンに左手を伸ばした。


「っ、触らないで!」


 フォリンの声を無視して、後ずさろうとすることを許さないとでもいうように鷲掴む。ぎりぎりと力を込めて、




 つ  か  ま  え  た





―――――





 意味が解らない。なにが、起きているのですか!?

 頭の中がごちゃごちゃで、考えても、考えても、わからない。

 だって、これはノイズで、ノイズじゃなきゃ……ノイズ、ノイズなのに!? それなのに、どうして――!?



 ぶれないのですか



 さっきまで、対峙していたのは確かにノイズでした。歪む姿と、耳障りな声。それを間違えるなんて、ありえない。

 それなのに、わたしの剣の血が飛んだ直後。突然ぶれが治まったそれは、あの人に似ていました。



 夢の中で見る、太陽の様な髪の人



 あれは夢でしかないのに! 夢の中のあの人は少年で、目の前の人はずっと大きい。だから同じ人のはずがないのに、身体は動きませんでした。

 短剣ははじき飛ばされて、剣は折られて。でも、諦めるわけにはいかないのです。だって、わたしは――!


「っ、触らないで!」


 首に触れる手。冷やりとしたそれが気持ち悪くて。

 ぎりぎりと絞められるそれに抵抗しようと伸ばした左腕は、簡単に切り裂かれていました。


「っぁ、」


 腕を切断するかのように走る赤い線。それを認識した瞬間、視点が回っていました。

 背中にあたる地面の感覚と、縫いとめるように刺し貫かれた左の掌に走る激痛。痛みを逃すためにあげようとした声は、両手で押し潰されました。


「……ぁ……?」


 首が強く圧迫されて、息ができない。声が、でない。でも、抵抗しようとは思いませんでした。だって、そんなことはどうでもよかったのです。

 だって、わたしを見下ろす、燃えるような赤髪。逆光で顔は見えないけれど、何故かはっきり見える爛々と光る双眸。

 それはまるで、夢で見るあの日の続きのようでした。いつも途切れてしまう、夢の先。

 視界一杯に広がる、太陽のような人。何かを怖がるわたしを安心させてくれた、優しい人。

 ……これが、本当に夢の続きなら、もっと見ていたい。名前を知りたい、声を聞きたい……それなのに、残念です。すごく、すごく……眠い――

 薄れゆく意識の中で、懐かしい声がしました。





「帰ろう、フォリン」





 帰るって、どこにでしょうか? わたしの居場所は主様の傍なのに……でも、何故でしょう? すごく、嬉しいのです。ずっと、待っていた気がするのです。おかしいですね、そんなはずないのに。

 ……ああ、それでも。

 帰りたいと思ったのです。

 行きたいと思ったのです。

 どこともしれない、誰かの隣に――





後三話です。


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