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わたしは、主様のお役にたてますか? / 最初から最後まで、胸糞悪い現実しかない




「ウィード、そんな顔しないで」

「……だって、主様」

「私は大丈夫だよ」


 廊下を歩く主様は、そういってわたしに笑いかけてくださいました。でも、そうではないと思うのです。

 主様は、これから捕えたノイズを尋問するのだそうです。簡単に言ってしまえば、力で口を割らせるのですが。実際に手を下すのはわたしですけれど、でも、やっぱり主様には綺麗でいてほしいのです。

 だから、わたしは主様に思い留まってほしくて声をかけました。


「主様、わたしがきいてきます。尋問担当のわたしなら、ノイズの声が聞き取れるのですから、それをわたしが記録します。主様が直接向かわれる必要はありません」

「そうじゃないんだ」


 主様は振り返ると、首を振りました。


「私は、ウィードに汚いことを全てまかせて踏ん反り返っているような、そんな王でいたくないんだ。ちゃんと最後まで見届けることが、義務だと思っている――もう十分、ウィード達には酷いことをしてしまったけどね。だから、これからは……いや、これまでの全てを、背負わなければならない」


 そう言って、主様は前に向き直りました。何かを決意しているようなその背中は、近いはずなのに遠く感じました。

 主様は、何をしようとしているのですか? わたしは、主様のお役にたてますか?

 主様とともに辿り着いたのは、地下の一室でした。椅子に縛られたノイズと、その後ろに立つわたし。わたしは手に刃物のようなものを持っていました。


「では、始めよう」


 奇声をあげて暴れるノイズを無視し、主様が片手をあげました。それを待っていたように、刃物を片手に持ったわたしがノイズに近づき手を伸ばす。途端に跳ね上がった不快な音と声に、思わず眉根を寄せました。

 尋問担当のわたしが何をしているのか、わたしにはよくわからないのですけれど、的確に痛みを与えているようです。久しぶりにノイズをよく見ようと思ったのですが、やっぱり私には常に揺らいでいるよくわからないものにしか見えませんでした。適材適所って、大切な言葉ですね。


「さて、質問をしよう」


 わたしの手が止まったところで、主様がノイズに声をかけました。


「偽物の印をほどこしたのは誰……ああ、ウィード、先にノイズの印を確認してくれるかい?」

「はい……はい? ん? なんとなく違和感? 偽物ではないけれど、どこか違う……?」


 ぱっと見た感じでは、どこも違和感がなかったのですが、よくよく見るとどこかがおかしい気がします。わたしの返答が予想通りだったのでしょうか、主様は小さく頷きました。


「やっぱりそうか」

「主様は理由がわかるのですか?」

「だいたいね。私の付けた印を丸ごと解析、複製し、それを私兵に施して城に侵入、私の用意した兵と入れ替えた、というところか――何人紛れ込ませたのかはわからないが、爪が甘い。どれほど似せたところで複製は本物になれないし、手を加えた本物は偽物になる。そしてなにより、貴方はウィードを、とくにこの子を侮り過ぎた。この子の眼からは、決して逃れられない」


 主様の言葉に騒ぎ立てるノイズを、わたしの刃物が物理的に静かにさせました。

 でも、本当にノイズは煩いですね。こんなことをするよりも、切り殺してしまった方が楽だと思うのですよ。こんなの、生かしておく必要もないですし。

 そんな感じのことを主様に告げると、主様は悲しげに首を振りました。


「ウィードとしての君の考え方は間違っていない。けれどね、私はそれがすごく悲しくて、遣る瀬無い気持ちになるよ」

「主様?」


 口を開いた主様の声を遮ったのは、ノイズの奇声でした。喚くように上がる、理解できない音。あまりの煩さに殴りつけようかと思った瞬間、隣を勢いよく何かが通り過ぎた。

 鈍い音と、椅子が倒れる音。


「あ、主様?」

「――お前、自分の立場がわかっているのか?」


 腕を振り抜いたまま発された主様の声は、強い怒りが滲んでいた。


「『ウィードが化物』? 『この世界に居ていい存在じゃない』? ふざけるなっ! それは、この子たちを〝ウィード〟にしたお前が言っていいことじゃない! 人格を壊し、個人を否定させたのは、お前達だろう!?」


 久しぶりの主様の激昂に、身を竦めると同時に首を傾げました。

 〝ウィード〟にした、とはどういうことでしょう? わたしはウィードですけれど、それは主様がそう呼ぶからです。主様がわたしを別の名前で呼ぶのなら、それがわたしなのですよ。

 それに、個人を否定した、という意味がよくわかりません。わたしがいて、主様がいる。わたしは主様になれないですし、主様はわたしではありません。だから、何の問題もないと思うのですけど。

 わたしには、主様の怒りの理由がわからないのです。





―――――





「テオ、後で話がある」


 女から手掛かりになりそうなことを訊いた後、自分だけでは手が回らないと早々に見切りをつけた俺は、調べ事が得意なリズを引き込むことにした。

 十数日後、俺の方ではほとんど情報が見つからなかったが、すれ違いざまに囁いたリズを見る限り、何かを見つけたようだった。


「もう何か見つけたのか? 速いな」

「まあね――ただ、あまりいい話じゃない。覚悟は、しておいて」


 そのときのリズの顔は忌々しげに歪められていて、足早に歩き去ったリズを引き止めることはできなかった。


「覚悟、なんて」


 ずっと前からしている。あいつが見つかるだけで、いい。そう、思っていたのに。心臓を鷲掴みにされたような動機は、収まらなかった。

 嫌な想像ばかりを巡らせたまま迎えた夜半。厳重に警備された室内に呼び出された俺は、目の前にいる人に驚きを隠せなかった。


「テオ、はやく座って」

「リズ……どうしてレシアラ姫がここに」

「いいから。こんな情報一人で抱えてたくない」

「姫の前だ、口調を改めろ」

「無理を言って同席させていただいたのは私ですから、口調はそのままでよろしいですわ。それに、私が陛下に任されている孤児院が他国に利用されているとなれば、動くのは当然です。内容次第では武力行使も考えなければなりません」


 護衛の騎士を従えた第二王女、レシアラ・ヴァイ・マラディス姫は、緩く結い上げられた淡い金髪を揺らし強い意志の籠った翡翠で俺を見た。


「孤児院で起きていたことについて、知らなかったというのはただの言い訳です。けれど、今ここで意味のない謝罪をするよりも、先に問題を解決すべきだと私は思うのです。少しでも、これ以上の被害を抑えるために。テオドール様、リズヴェルト様、力を貸していただけますか?」


 レシアラ姫の真っ直ぐな視線は、まるで俺を掬い上げた時のあいつのようで。思わず喉が詰まって声が出せない俺に、レシアラ姫は優しく微笑んだ。


「私も、全力を尽くしますわ」

「……ありがとうございます」

「――さて、いい感じに纏まったところで話を進めてもいいでしょうか? 言っておきますが、いい話なんてどこにもないですよ。最初から最後まで、胸糞悪い現実しかない。それでも、聴きますか?」


 一応は口調を改めたリズが、急に真面目な表情になる。それを正面から受け止めたレシアラ姫は、解っています、と頷いた。


「どのような現実であれ、受け止める覚悟は出来ていますわ」

「それが口先だけじゃないことを祈りますよ、姫様」


 リズの明らかに馬鹿にした言動に、レシアラ姫の護衛が眉根を寄せる。しかし、それをみたリズは機嫌よさそうに口角をあげた。


「躾は行き届いているようですね……そこの護衛、俺の話に口を挟まないでよ。どんな内容であれ、姫様は知る権利がある」

「私からも命令いたします。私は真実を知らなければならないのです」

「……御意」


 護衛がレシアラ姫の後ろに控えたのを確認したリズは、手に持っていた袋から赤い実を取り出した。


「これは先日、テオドールが手に入れたものです。名前はシュラーフ、ユラディスタ国内でのみ生育が確認されています。また、これ自体は一部の人を除いて無害です」

「無害、なのですか?」

「はい、全くもって害はありません」

「一部の人にとっても?」

「個人差はありますが、甘味を感じるだけです」

「……それは、何が問題なのでしょう?」


 首を捻ったレシアラ姫は間違っていない。俺自身も話だけ聞いたら同じ反応をしているだろう。ただ、これがあいつに繋がっていることだけは事実だ。

 訝しげな表情をしたレシアラ姫は、ちらりと俺の方をみた。


「テオドール様も知っていましたか?」

「孤児院にいた時に実際に食べましたから、無害であることは実証できます。私は何の味もしませんでしたが」

「……不躾な質問でしたね」

「いえ、私に答えられることなら何でも聞いてください――リズヴェルト、続きを」


 ばつが悪そうなレシアラ姫からリズに視線を移すと、リズは大きく息を吐いた。そしてあげられた顔には、表情がなかった。


「一部の人は、この実に含まれるある成分を身体が吸収してしまうそうです。体質によって個人差がありますが、吸収するほど強い甘味を感じる。そして、ユラディスタ国には、これに良く似た成分を主成分とする薬が存在しています」


 薬、という言葉に思わず眉根を寄せた。視界に映った白銀を咄嗟に掴み、強く目を閉じる。俺がこの道を選ばなければ、今でもあいつの傍に――


「薬は希少らしく、むやみに使うことができなかったのでしょう。そのため、この実で薬が効く人間を選別していたと思われます。そしてここからが本題ですが、その薬の用途は主に洗脳です」

「――っ」


 漏れたそれは、レシアラ姫か、それとも俺か。それすらもわからなかった。リズの無感情な声だけが、無情に鼓膜を叩いた。


「ユラディスタの王城を護る絶対服従の僕〝ウィード〟。個でありながら群、決して欺くことはできない集合体。侍女も、従者も、兵士も、王を護る騎士さえも。貴族を除いて、王城で働く全員が〝ウィード〟であり、それ以外は許されません。

どれほど薬が効く体質かによって度合いは異なりますが、基本的に〝自分〟〝仕える者〟〝他人〟しか見分けられない、憐れな人間のなれの果て。記録や記憶といったものは、個人を個人たらしめるもの。それは、群れとして存在するものに必要ありません。故に、〝ウィード〟として選ばれた者は、全ての記録と関わった者の記憶から消されます。

そして、〝ウィード〟自身の記憶も全て。彼等が持っているのは、与えられた役職に関する知識のみ。それ以外、何も必要がないからです」

「だから……だから、何も残っていないというのですか!? そんな、酷過ぎる!」

「はじめに言いましたが、受け入れてください。これが真実です」


 口元を押さえたレシアラ姫が見えたような気がするが、そんなことはどうでもよかった。


「あいつはもう、フォリンじゃない?」

「違う、そうじゃない。〝ウィード〟に選ばれてしまった時点で〝フォリン〟という個人は消えた。テオの探している女の子は、どこにもいないんだ」


 首を振るリズの姿に、目の前が真っ暗に染まっていく。

 嘘だ……うそだ、嘘だうそだうそだウソだうそだウソダうそだうそだ嘘ダうそだうそだうそだ嘘だうそだウそダうそだウソダうソだうそだウソダウソダうそだうそだ――もう何も、聴きたくない


「……おかしくありませんか?」


 突然割り込んできたレシアラ姫の声が、僅かに意識を引き戻した。


「リズヴェルト様の内容では、〝ウィード〟の記憶は全てのものから消されるのですよね? では、なぜテオドール様は、フォリンという女性のことを憶えているのですか?」

「っ、フォリンは――」

「それはありえません」


 〝ウィード〟じゃないのでは、という推測は遮られた。


「事実から考えて、その子が〝ウィード〟になってしまったことはほぼ間違いないのです。だからこそ、解らない。なぜ、テオドールだけが憶えているのか。それに、テオドールに情報を渡した女性。彼女も『カトレア』という人物について憶えていました。それがどうしても説明できません」


 忌々しそうに顔を歪めたリズから視線を外し、虚空を仰いだ。


『テオ!』


 今でも鮮明に思い出せるフォリンの記憶。一度たりとも忘れたことのない――違う。

 だから、かもしれない。


「忘れないんじゃない、忘れられないんだ」

「忘れられない、ですか?」


 零れ落ちた言葉を、レシアラ姫が拾い上げる。それに答えるでもなく、独り言のように続けた。


「フォリンは俺の支えなんだ。あいつがいたから、今の俺がいる。フォリンを忘れて、生きようとは思わない。俺の生きる理由はあいつだから」


 フォリンが〝ウィード〟になったのは、俺が引き取られた一年後のはず。その時期は、今までの人生の中で最も辛い状態だった。それでも、いつ狂ってもおかしくないそれを乗り越えられた。それは、フォリンの存在があったからだ。

 事実を述べただけなのに声を失っているリズとレシアラ姫を一瞥し、過去の記憶に浸るように目を閉じる。


『今日は、木登りで競争しよう!』

『えっと、これは何? 食べ物? ……テオは、手伝わなくていいよ』

『怖い夢みたの……だから、一緒に寝てもいい……?』

『わ、笑わないでよ! しょうがないじゃない、身長が足りないんだから!』

『テオなんて大っ嫌い! ……ぁ、うそ、嘘! 大好きだよ!』


 喜んでいる顔、楽しんでいる顔、困惑している顔、脅えている顔、恥ずかしがっている顔。怒っていたのに俺の反応で狼狽えたり、泣いていたと思った瞬間には笑っていたり。

 くるくると変わる表情を、全て憶えている。そしてこれからも、忘れない。あの日のことも、絶対に。



『お父様も、お母様も、わたしを置いていったの。もう、独りは嫌だよ。独りは、怖い』



 そう言って泣くフォリンの幻を掻き抱き、大丈夫、と何度も繰り返した。


「お前を独りにはしない。ずっと一緒にいるから」


 それは、あまりに強い依存。

 自分が狂っているなんて、とうの昔に知っている。





次は過去話です。

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