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がまん、がまんですよ / 絶対に、見つけるから

関西弁っぽいのは適当です。

すみません。



 主様の少し後ろに控えていたわたしは、目の前の椅子に座っている幾つもの歪みに内心で顔を歪めました。

 ひと時も収まらずにぶれ続けるそれが〝ノイズ〟だと教えてくれたのは主様でした。ノイズは見ているだけで不快な気持ちになります。それどころか、奇声のようなものをあげるたび、切り殺してしまいたい衝動に駆られるのです。でも、ノイズは主様が施した印を持っているのですから、手を出してはいけません。がまん、がまんですよ、わたし。


 わたしには全く理解のできないノイズの声を、主様は理解することができるらしいと知ったのは、ノイズを知ってから三年後くらいでしょうか。このような見た目をしていても、主様にとっては大切なお客様らしいのです。だから殺してはいけないよ、と諭されてしまいました。

 でも、中には〝お客様〟を装って紛れ込もうとするノイズもいると聞いたので、主様にお願いして目印をつけてもらったのです。これを持っていないのは敵だから殺していい、との許可も戴いていますし、実際〝わたし〟に紛れて主様の自室に入り込もうとしていたノイズを排除したこともあります。

 でも、ここにいるのは全部〝お客様〟なので、殺してはいけません。こんなに不快なのに嫌になりますね。わたしは主様の護衛ですから御傍を離れることはありませんし、主様に何かしようとするなら〝お客様〟でも殺しますけれど――あれ? なんでしょう?


 周囲に視線を走らせていると、ふと、何かが目につきました。ある椅子に座っているノイズの後ろ。護衛の様なものでしょうか? 違和感を覚えたのは、そのノイズの印でした。

 脳が指示を出したのが先か、飛び出したのが先か。そんなこと、どうでもいいのです。毛の長い絨毯を強く蹴り、ノイズに接近します。ふっ、と息を吐き、勢いよく腰の剣を引き抜きました。キンッ、と響く音で防がれたことを理解します。でも、もう遅いですよ。

 剣を振り抜いた勢いを利用して、身を捻ります。そのまま、逆の手で持っていた短剣をノイズの上から少し下――人でいえば首のあたり――に突き刺しました。

 汚らしい奇声を出すノイズを蹴り飛ばし、絨毯の上に転がします。ノイズが立ち上がる前に剣を構え、先程短剣をさしたところを切り飛ばしました。

 切り口から噴き出す血は赤く、こいつらも血の色は同じなのかといつも思います。青色をしていてもおかしくないと思うのですけど。……ああ、服に血が付きました。不快です。すぐに洗濯してもらいましょう。


「ウィード」


 定位置に戻ると主様は、どうした、とわたしに問いかけてきました。それに小さく頷き、切り殺したノイズを指さしました。


「ノイズの印が偽物でした」


 印をつけていないのは敵。なら、偽物の印をつけているのも敵ですよね?


「そう。ウィードが印を見間違えるはずないからね――後で話を聴かせてもらおうか、グリンゼラム侯爵?」


 その瞬間、部屋の外に控えていた沢山のわたしが雪崩れるように入ってきて、わたしの殺したノイズの前の椅子に座っていたノイズを捕まえて引き摺っていきました。


「――さて、会議を続けよう」


 沈黙に支配されていた部屋の中に主様の声が響きます。まるで止まっていた時間が動き出す様な感覚に、やっぱり主様はすごいのです、と自慢したくなりました。

 わたしの護衛も少しは役にたっていればいいのですけれど。さて、これからも頑張りましょう。





―――――





 休暇を取って久しぶりに尋ねた孤児院は、最後に訪れた時から全く変わっていなかった。今の第二王女によって財政の手綱が取られ、環境が改善されたのは数年前だったか。

 いずれにせよ、あいつに繋がる手掛かりはどこにもなかった。


「どこにいるんだ、フォリン」


 はやく、と気持ちばかりが焦る。それを抑え込むように強く拳を握りしめて孤児院から出ると、敷地の外の壁に特徴のない服を纏った女が寄りかかっていた。

 その横を通り過ぎようとすると、「そこの兄ちゃん」と声がかけられた。


「良い情報があるんやけど、どう? 昼飯奢ってくれたら教えてあげてもいいんよ」


 背後から聞こえた軽い声。人を馬鹿にしたようなわざとらしいそれに、振り向くことなく止まっていた足を踏み出した。


「え、ちょっ!? ほんまに!? 無視すんの!? 今本当に金ないんよ!?」

「別の奴をあたれ」

「いやいや無理やって! だってこの情報、欲しい人めっちゃ限られるんや! 昼飯食いたい!」

「知らん」

「えー……――いいの、ほんとうに?」


 軽さが掻き消えた声音に、思わず足が止まる。ただの感だが、聴かなければいけない気がした。


「話が分かるな、兄ちゃん。じゃあ、昼飯よろしゅう」


 壁から背中を離した女は、軽そうな笑顔を浮かべて俺を追いこす。あまりの代わり様に溜息を吐いた。久しぶりに感を信じたが、外れたか?

 女はよく食べた。屋台を制覇するような勢いでひたすら食べ続ける。もちろん代金は全て俺持ち。何度か首を絞めてやろうかと思った。


「いやいや兄ちゃん!? 実際首絞まってますって! は、はなし……ぐぇ」

「あ、」


 目の前を走り抜けようとした女の襟を咄嗟に掴んでいたらしい。完全に無意識だった。しかも、そのまま持ち上げていたようだ。全く意識していないんだが。


「悪い」

「げほ! ごほ、がは! あ、ああ、……はー、……危う、く、戻してしまう、ところや、った――おぇ」

「口を押えながら言っても全く信じられない」

「……はぁ。マジでしんど。兄ちゃんも首絞めてみます?」

「そうか、もう一回絞めてほしいのか」

「あー! あんなところに美味しそうなクレープが!」

「まだ食べるのか……」


 額を押さえて、屋台に突撃した女の後を追う。代金の代わりに差し出されたクレープを受け取った女は、満面の笑みを浮かべてかぶりついた。


「やっぱ、甘いものは最高やんなぁ――あいつも、こんな気持ちだったのかな」

「あいつ……?」

「すっごい綺麗な黒髪の別嬪さんや。一人で甘いもん食って、口止めされてたのに黙ってられなくて、泣きながら教えてくれたんよ――わたしも、同じの食べてたってのに」


 これが女の言っていた情報か。何かに想いを馳せながら歩き続ける女の後を邪魔しないようについていくと、やがて辿り着いたのは孤児院の隣にある大きな樹の下だった。

 女は樹の幹を背にするように振り返った。


「兄ちゃん、これ、見覚えあるやろ?」


 女は服のポケットから何かを取り出すと、適当に放り投げる。咄嗟に掴んだのは、赤い宝石のような片手で掴める程度の大きさの小さな実。

 確かに、見覚えがある。たしか、孤児院で一度だけ食べたことのある味のしない果実、だったか?

 そう口に出すと、女は「正解」と頷いた。


「それな、あの孤児院で十歳を迎えると渡されるんや。それ以上の年齢で入った奴はその時なんやけどね」

「お前も、あの孤児院出身なのか……?」


 返されたのは無言。女は追求しようとした俺を制し、背を向けた。


「その実、食べたことあるならわかるやろ? 全く味しないんよ。食べても食べても、食感だけ。わたしも食べたけど、ある種の拷問だと思ったわ。見た目はこんなに美味そうなのに……でもな、カトレアは『甘かった』って」

「甘かった?」


 甘いどころか、味がした記憶がない。けれど女は、嘘やない、と首を振った。


「自分だけ甘いもん食べた、ごめんって。あれは絶対嘘やない。それに、マザーに口止めされたっていっとった。マザー曰く『時々甘いのが混ざってるから、カトレアは運がよかった。他の子も当たるとは限らないから言わないように』ってな……――なら、なんでなんやろうなぁ」


 振り向いた女は、静かに泣いていた。


「どうして、どこにもカトレアがいない?」

「っ!?」

「いない、どこにもいない。カトレアが引き取られたはずの家は存在しなかった。孤児院の記録にも残ってなかった。誰も、カトレアのことを憶えていなかった。なんで、なんでよ……! カトレアはどこにいった!?」


 わざとらしい口調をかなぐり捨てて顔を歪めた女の目は、憎悪に染まっていた。


「お前の知り合いも、見つからないのか……!?」


 呆然と告げたそれに返される、壊れそうな狂気。誰も憶えていない大切な人を探し続けて、見つからなくて、それでも諦められない。そんな、抑えきれない衝動。言葉はなくとも、理解できる。こいつは、俺と同類だ。

 俺にとってのフォリン。こいつにとってのカトレア。どこにもいない二人の共通点は同じ孤児院にいたこと。そして、十歳になると渡される赤い実を食べて『甘い』と感じたカトレアは、消えた。

 俺が今の家に引き取られたのは、フォリンが九歳のときだから、十歳のときにこの実を食べたフォリンが『甘い』と感じたなら、カトレアと同じ場所にいる可能性が高い。


「お前は、どこまで辿り着いた?」

「わたしが、行けるところまで」


 近くで膝を着いた俺の目を真っ直ぐ見つめ、女は口を開いた。


「その実の甘さは、運なんかじゃない。甘いと感じる人はどれを食べても甘く感じるし、感じない人は全く感じない。マザーはその実で何かを確認して、わたし達を選別していたんだ。そのことに、マザーは気付いてない。マザーの記憶も消されているから。そして、その実は……ユラディスタ国でしか生育できない」

「ユラディスタ……北にある小国か」

「わたしが調べられたのは、ここまで。これ以上は無理だった……ねえ、お願いよ」


 女は俺に縋りつくように手を伸ばした。


「カトレアがいなくなった原因も、マザーや皆の記憶がないも、おそらくユラディスタが関わってる。貴方は国の上層部に顔が効くんでしょう? わたしには無理だったことも、調べられる――カトレアを、見つけて」

「ああ、必ず」


 女の手を掴み、しっかりと頷く。今まで全く見つからなかった手掛かりを、ようやく手に入れた。

 孤児院に敵国のユラディスタが関わっているとは思いもしなかったが、それなら今までなかった、むしろなさ過ぎた情報にも納得がいく。でも、何もないわけじゃない。

 どんな手段をとったとしても、絶対に見つけるから。





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